第255話 4年目「エピローグ」

「魔導師マイ、コウの町へ出立しました」


 領主の執務室で宰相が報告する。

 領主は執務を止めること無くそれを聞く。


「貴族どもの動きはどうだ?」


「今の所、表だっての動きはありません。

 自分の手駒を送り込もうとしている者は居るようですが、正規の手順ですね」


「ふん、魔法学校側の人事にも注意しておけ、現在の窓口は誰だ?」


「はい、放棄された町の役場で働いていた庶民出の職員です。

 マイの担当になっていたのでそのまま窓口として就任させました。

 此方へは教頭が担当します」


「コウの町側は?」


「まだ決まっていません、助手ですが元視察団の魔術師になっています」


「冒険者出か、信頼できる貴族の子を送り込んでおけ」


「はい、すでに候補を絞っております。

 ただ、コウの町という領都の直轄地とはいえ僻地へ行きたい者が居るかどうか」


「急ぐ必要はないだろう、人選を誤るな」


「はい」


「兎も角、マイが権力欲が無い者で良かったな。

 非公式とはいえ先王様に元筆頭魔導師とも繋がりを持っている。

 この事を知られると厄介者どもが群がりかねない、注意しろ」


「勿論です、それにはかりごとにはうといですが、意味を考えて行動しているようです。

 その点でも魔導師になったのは偶然だけでは無いでしょう」


「先王様が来られなかったらマイの魔導師は無かったと思うが」


「はい、コウシャン領の魔法学校では魔導師の輩出は数十年ありませんでした、というよりも魔導師の輩出を考えても居なかったようですな。

 多くの魔術師の輩出を要請したことが裏目に出たようです」


「マイの実例があるのだ、今後は改善されるだろう。

 注視しておくように」


「はい、それと気になる報告が」


 宰相がお茶のお代わりを置きながら、領主の近くで小声で告げる。

 領主が怪訝な視線を送る。


「なんだ?」


「先王様とマイが遭遇した魔物の事を覚えていますでしょうか?

 その際、大地が黒く染まりその中では魔物が比較にならないほど強力になりました」


「……確かそうだったな。

 それが何だ?」


「視察団からの情報ですが、各地で同様の現象を確認しています。

 そして、その場所ですが、中型以上の黒い雫が落下した場所と一致しているようです」


「どこまで確実だ?」


「今の所は数が少ないので、偶然の可能性もあります。

 ですが、先王様が魔物に襲われた場所も中型の黒い雫が落ちた場所でした。

 各地の視察団を中型以上の黒い雫が発生した地域に向かわせています」


「判った、魔物の氾濫は終わっていなかったということか。

 だが発生することと対処が判っているのなら容易くないか?」


 宰相は更に小声で伝える。


「噂の段階ですが、黒い大地の中で魔物が増殖した、との報告があります」


「誠か?」


「定かではありません」


 宰相が離れる、話すことは話したということだ。

 魔物の繁殖に関しては未解明の事として伝わっている、動物のように生殖器官が存在しないからだ。

 だから、魔物は発生し続けるが、ダンジョンや黒い雫が壊れたらそれ以上は増えないというのが暗黙の了解になっててる。

 もし、この世界で増えるようなことがあったら?

 魔物の氾濫よりも危機的なことではないのか?


 領主は、眉間に皺を寄せて指示を下す。


「この情報は確定するまで領軍上層部にだけに留まるように、警戒と監視をさせろ。

 魔物の増殖する理由を調査させる者達を選出しろ」



■■■■



 コウの町に着いて最初にやったことは、魔導師になって戻ってきた事の発表だ、町長の館の正面2階にあるバルコニーから行う。

 魔術師に成って帰ってきた子は数年に数名は居る、中にはそのまま領都で就職や領軍に入隊する子もいる。

 なのでそれ自体は珍しい程度だけど、魔導師は前代未聞でコウの町では前例の記録が無い。

 殆どの住民は魔導師がどういうものなのか理解しておらず、単に魔術師より凄い程度の認識だった。

 私が紹介されて、マイという名前にヒソヒソとした会話が広がる、好意的な感じは少ない。

 コウの町の東に研究所が造られそこに就任する事が伝えられる。

 そして町長からの言葉で集まった町民に動揺が広がった。


「魔導師マイ様は、継承権は存在しないが領主に次ぐ爵位を持つ貴族として扱われる、失礼の無いように」


 ついさっきまで、コウの町に所属した壊滅した村の生き残りが、魔法学校を特別な卒業をして帰ってきた程度だと思っていたのが、貴族位をコウシャン領の最高位の領主様に近い爵位を持って戻ってきた。

 ざわめきが広がっていく、不安が大きい感じだ。

 魔導師の権限には制限があるとはいえ支配階級でも上位の人物への対応なんて知らないだろうね。


「静かに!」


 コウさんが強い言葉を使う。

 一瞬で静寂に包まれる、コウさんは町長でこの町の最高権力者だ、その言葉は重い。


「マイ様の目的は魔法の研究であり、この町の英雄マイの力の解明することにある。

 そして、コウの町の運営には直接関わらず、必要が有れば助力して頂けることも了承して頂いている。

 皆も敬意を持って協力するように」


 ホッとした感じが広がっていく。

 自分達に影響が無いのなら興味も薄れるのだろう。

 その後は、まばらに拍手が始まり、最後は全員が拍手で迎えてくれた。



 コウさんと研究所の運営について打ち合わせを行った。

 シーテさんを助手として紹介し、話を進める。

 話すのはシーテさんが多い、私が話すと英雄マイで有る可能性を推測されてしまう可能性があるとのこと。

 こちら側から特別な要求は無いので順調に進んでいく。



 それから数日後、私のために造られた研究所、時空魔術研究所が始動する日だ。

 研究所のホールに全員が集まる。

 所員の確認をする。

 所長の時空魔導師マイ。

 副所長 兼 助手の魔術師シーテさん

 元、領軍 遊撃部隊の視察団チームに所属していた実戦型魔術師だね。

 あと領都との窓口としても期待している。

 所員で主に身の周りの雑用をする女性、ナカオさん。

 50代でまだまだ現役で町の大きな宿屋で働いていたとのこと、人員に余裕があって後輩も育ってきたので指示する立場から現役に復帰したいとの希望で来てくれた。

 それとオリウさんからの伝の紹介でもあり人柄も問題ない、魔物の氾濫で子供達と死別して残されてしまったと内緒で教えて貰っている。

 警護はブラウンさんが主任となってくれた、コウの町の守衛に就職していたんだよ。

 北の村の町長の娘さんと結婚してコウの町で生活している、安定した職業と言うことで守衛になったそうで今は部隊長 兼 戦術顧問をしている、ギムさんの部下に再び戻った感じだ。

 普段はコウの町に居る、今日は特別に来てくれているけど。

 警備の守衛は、2名が朝来て1日警護して翌日の朝に別の人と交代する2交代制、コウの町との連絡や食材などの荷物を運ぶのも兼ねている。


 私は時空魔導師に成った、でも自分の力でなれたとは思っていない、偶然と人の巡りが私に魔導師の格を持ってきた感じだ。

 だったら自分の納得できる魔導師にこれから成らないといけない、自他共に胸を張って魔導師と言えるようになろう。

 不安も多い、けど道は開けている。






 さて、これから始まりだ。


「さ、皆さん今日から時空魔術研究所、稼働を開始します!」

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