第254話 4年目「コウの町」
魔法学校での入学式と私の魔導師として研究所長への任命が終わって数日後。
今度は貴族区画での式典が執り行われる、やることは同じで顔ぶれが違うだけだ。
式典用の大きな館で行われている。
色々な役職の人が任命されていく中、私の順番は一番後とのこと。
これは出発式を兼ねていること、それと式典の後のパーティを欠席するための言い訳にするためだと宰相様から聞いている。
最後ほど高い役職になるので私の扱いが破格というか異例ずくめなのが判る。
文官の人が名前を呼び上げ、その人が宰相様から任命状を受け取る、領主様はその様子を最上段から見守っている。
「時空魔導師マイ様。
時空魔術研究所 所長への就任となります」
私が呼び上げられる、服装はこの時用にしつらえたローブのような服に魔法学校で受け取ったマント。(杖は邪魔なので収納中)
中央の道を歩いて宰相様へ向かう、値踏みするような見下すような、ドロッとした視線を感じる。
事前に言われていたけど、正直凄い気持ち悪いね。
宰相様の前に着いて、任命状を受け取る。
「時空魔導師マイ殿、今後ともコウシャン領での活躍を期待する。
その手助けとして、時空魔術研究所の所長に任命する」
「拝命しました。
期待にそぐわぬよう、研鑽を積みコウシャン領への成果を出す所存です」
形式だけの拍手がパラパラと鳴る。
まともに拍手しているのは私の事を知っている領主様に近い一部の貴族だけだ。
その拍手を領主様が制する、少しのどよめきが広がる。
領主様が立ち上がり、宣言する。
「魔導師マイ殿は王都では無くコウシャン領に留まる事を選択してくださった。
研究所はその意思に対しての報償でもあり領都の直轄地コウの町に造った。
今より直ちに向かって貰いたい」
「はい、時空魔術師マイ直ちに出発いたします」
私は、領主様へ大きくお辞儀をすると、数歩後ろに下がってからドアに向かって歩き出す。
私が領都に留まらないこと、そのうえコウシャン領には所属することから、貴族にとってはメリットしか無い事に気が付いたんだろう。
今度は、大きな拍手に包まれて退室することになった。
現金なものだと思う。
で、馬車に乗って出発、行き先は貴族区画の来賓用の館で私が現在滞在している所だね、このままコウの町へ出発とはならない。
部屋に戻ると、楽な服装に着替える。
既にある程度は詳細を決めてあるし準備も終わっている、後は出発するだけだけど今はもう夕方に近い時間だ、出発は明日の朝。
今頃は式典用の館で就任パーティーが行われているはず。
宰相様曰く、人脈作りやら派閥への取り込み攻勢などドロドロしたことを笑顔で行う場所、だとのこと。
簡素だけど贅沢な味付けをしてある夕食を食べて、愛想の無いメイドさんにお礼を言い早めに寝た。
■■■■
翌日、朝食を食べた後でお茶を飲んでいると出発の準備が出来たとの連絡が来た。
私の方の準備は終わっている、侮られない様にと用意されている派手じゃ無いけどしっかりした旅服を用意して貰った、ぜんぶオーダーメイド品だよ。
今回、コウの町の私の研究所への移動に当たって、コウの町のギルドマスターの娘アンさんが同行する事になった。
昨年で無事卒業して町の管理者の資格を取得したとのことで、任命されればギルドマスターや町長に就任することが可能になる。
コウの町へ戻るのに私に帯同する形にしたそうだ。
町での受け入れも この方がスムーズだろうとの判断らしい。
「マイ様、おはようございます。
出立の準備はお済みでしょうか?
宜しければ出発したいと思います」
アンさんが胸に手を当てて礼をしながら聞いてくる。
もちろん、準備済みでこのまま出発するここは決まっているので、あくまでも儀礼にすぎない。
「おはようございます皆さん。
これからコウの町までの道中よろしくお願いします」
私が胸に手を当てて、礼をせず返答する。
これはこの中では私が一番立場が上であるためで、下手に頭を下げたり謙遜してはいけない。
作り笑いをしながら、目の前に居る人たちを観察する。
今回の移動に使われるのは人が乗ることを重視した箱馬車が一台。
あと荷物を載せた小型の荷馬車が随伴する、これは研究所への荷物と護衛の人達用の荷物を積んでいる。
その御者が各2人、護衛に乗馬した領軍の兵士が5名、ただ少し雰囲気が違う? なんだろ。
「「「よろしくお願いします」」」
領軍の兵士が揃って返礼する。
うん、やっぱり違和感を感じる、両軍の兵士は良くも悪くも意識が高いので若干庶民を見下す傾向がある。
よく言えば庇護対象として見ていて、悪く言えば戦えない弱者と見ている。
その感じが無い、あくまでも仕事として忠実に働いているように感じる。
まるで、そうだギムさん達 視察団のチームのようだ。
促されて、私とアンさんが箱馬車に乗ると、誰かの出発の合図でユックリと動き出す。
バネが効いた馬車は意識していないと動いていることに気がつけないほどだ。
貴族区画を出て、そのまま南の門に向かった進む。
領都に来て4年か、随分長居してしまった気がする。
でも、形だけだけど魔導師には成れた、胸を張っては無理だけどコウの町に帰れるのは嬉しい。
馬車は馬の蹄の音を軽快に鳴らしながら領都を後にした。
■■■■
移動は通常の荷馬車で平均15日、この馬車は軽量で移動速度が高いので3分の2程度、でも宿泊地の関係で12日を予定しているそうだ。
野営は無し、宿泊は町か大きな村を利用する、その宿泊する宿も事前に先触れが走っていて受け入れ準備済みだ。
淀みなく進む。
ある程度顔見知りになったところで夕食は私とアンさん、そして護衛のリーダーに同席してもらった。
「町長の娘さんも貴族院で勉強中なんですか?」
「はい、シイさんは町長の後を継ぐべく勉強中です。
私の後輩になるので、親しくさせて貰っています」
「では、アンさんは将来のギルドマスターですかな」
「さあ、それは領主様が決めることですから、私からは何とも」
町長のコウさんの娘、シイさんも現在 貴族院で勉強中とのこと町長の後を継ぐつもりみたい。
同じ町の出身で、ギルドマスターの後継者になりたいアンさんとは姉妹のような関係だそうだ。
年齢は、私が初めて会ったときに3歳、今は9歳か10歳位か英才教育だね。
護衛のリーダーの人、うん少し砕けてきた、でも町長やギルドマスターは領主様からの任命で自分から成るとは言えないんだよ。
もっとも、よっぽどの事が無いかぎり資格を取得し実務を経験していれば順当に任命されるはず。
「リーダーさん、少し伺いますが、領軍での所属は何処になりますか?」
「……なぜそんなことをお聞きに?」
あ、警戒モードに入っちゃった誤解を解かないと。
「そうですね、私の知っている領軍の遊撃部隊で視察団の方々に雰囲気が似ていますので、気になりまして」
警戒を解いてボリボリと頭をかく、うんそういうがさつな対応の方が似合っている。
「あー、視察団を知っているのでしたら話が早い、私達は視察団のチームです、今回はコウの町の方面を視察するチームと交代での移動も兼ねています」
「あ、でしたらいつも通りで構いません、冒険者として振る舞って貰っても良いですよ」
「いや、それは流石に失礼になりますけど、すいませんがコウの町の視察団を知っていると言うことはもしかして」
「はい、私はギムさんの視察団チームに助けられました。
私の魔術の師はシーテさんですよ」
「おおやっぱりギムの所ですか、シーテさんはこの辺じゃ一番の魔術師だしマイが魔導師なのも納得できるな」
「言葉遣いが不敬ですよ」
アンさんが釘をさす、が少し笑っているところを見ると怒ってはいないな。
リーダーさんも形だけの謝罪をしている。
「ギムさんたちはコウの町の住人として今は平穏に暮らしているそうです、会いたいのでしたら紹介しますが?」
「心遣いありがたいです、ですが馴れ合うような仲ではないので無事に生きているだけで十分です」
リーダーさんが優しく微笑む。
素の笑顔かな、たぶん一緒に戦ったことのある仲なのだろう、その目は遠くを見ているように感じた。
その後の移動も順調で問題は何も無かった。
領軍の兵士、それも武装しているのだから問題の方から逃げていくよね。
護衛の人たちとは休憩中に話す機会が増えた、私がコウの町の出身で庶民出ということで気を許してくれたのだろう、貴族様対応だった最初に比べて雰囲気が良くなった。
移動中に窓を開けて雑談もした。
護衛の5人、休憩の時に紹介して貰った。
ただ、名前は名乗らない現状は護衛が終わったら次に会うことはほぼ無いから。
リーダー、剣士だけど弓も使う前衛・中衛だそうだ。
副リーダーが魔法使いで火・水・風を得意としている後衛。
剣と盾を使う前衛の人。
槍と弓を使う中衛の人。
影を除く5属性を使う魔法使いの人。
この5人でチームを組んでいて、元々はコウシャン領の東部で冒険者をしていたところを領軍にスカウトされたとのこと。
あ、全員男性だ。
■■■
コウの町が近くなってきた、がその前に研究所に立ち寄る。
コウの町の守衛さんが警備してくれていた。
研究所以外にも日常生活するための家、来賓用の宿泊施設、それと護衛用の施設がある、そして、村1つを一回り小さくして2メートル程度塀も造られていた、これは獣対策だとのこと。
ある程度自給自足出来るように、畑や上水道も完備している。
今回は荷物だけ下ろして、コウの町へ向かう。
コウの町の外壁が見えてきた。
元は要塞都市だった外壁は町の規模よりも大きく頑丈に出来ている。
そして、東の門は私が何度も東の森に行くのに使った門だ、懐かしい。
東の門をフリーパスで入り、そのまま町長の館に向かう。
窓から見ると、不安げで疑心暗鬼に満ちた目で見つめているのが判る。
武装した領軍の兵士が護衛で付く偉い人が来たように見えるだろうね。
事前に先触れが出て居たためなのか、町長の館まで町中用の小型の馬車に乗り換えずに着いてしまった。
「ようこそお戻りになりました、魔導師マイ様。
コウの町一同歓迎いたします」
コウさんが片膝着いて出迎える。
他の職員さんも同様に片膝をついて頭を垂れている。
アンさんは私の後ろで控えてるね。
「出迎えご苦労様です。
魔導師マイ、時空魔術研究所への赴任のためコウの町へ参りました、今後ともよろしく」
精一杯威厳が出るように話したけど、今の私は10歳にも成っていない少女だ、大人達がひれ伏している中で威張っても滑稽にしか写らないだろうね。
迎賓室に通される。
私も入ったことが無い場所で、通常は領都からの使者や格上の人をもてなすための豪華な応接室だ、すこし疎外感を感じてしまう。
コウさんと、奥さん、それに幼児? 1~2歳の子供が家政婦さんの女性に抱かれて入ってくる。
「まずは紹介を。
改めて私はコウの町の町長をしているコウです。
妻のクリス、そして長男になるチイです。
長女のシイは現在 領都の貴族院にて勉学中です」
「お久しぶりです、町長。
あまり畏まらないでください、元々はコウの町に所属する村の出身者です、同郷の者が戻ってきたと思ってくださって良いです」
「はい、そう言ってくださって感謝いたします。
本日は、妻の手料理でもてなさせていただきます」
クリスさんの料理か、一度だけ町長と会食で食べたとき以来かな、楽しみだ。
「そうですか楽しみにしてます」
と、ドアをノックする音が聞こえる。
職員の人が誰かを連れてきた。
シーテさんだ!
私は顔が緩むのを必死に堪えて、堪えきれずに笑顔になってしまう。
「マイ様、ご立派に成られたことお祝いいたします」
シーテさんが畏まった礼をする、仕方が無いとは判っているけど寂しい。
今すぐ抱きつきたい衝動を抑える。
それから一通り話をした後、早めの夕食を頂く。
リーダー曰く護衛の人たちは明日の朝に本来の赴任地へ移動するそうだ。
私は、数日 町長の館で暮らしコウの町の人たちに顔を広めてから研究所へ移動する。
夜、窓に小石が当たる。
窓を開けると、フワリと体を浮かしてシーテさんが入ってくる。
私は、そのまま抱き留めるように抱きつく。
「シーテさん、お久しぶりです」
「マイちゃんも元気そうで良かった。
全然変わらないからビックリしたわ。
夢が叶ったわね、おめでとう」
シーテさんが私の頭を撫でながら褒めてくれる。
「さ、ちょっと抜け出しましょう、みんな待っているわよ」
シーテさんに促されて、窓から出る。
風の魔術を行使して人出の無くなった夜の町を駆け抜ける、見知った道だ鼓動が段々早くなるのが判る。
宿屋タナヤが見えてくる。
人目を避けて勝手口から入る。
狭い居間の中にギムさんジョムさんブラウンさんハリスさん、そして宿屋タナヤのタナヤさんオリウさん、フミが居る。
「「「お帰りマイ」」」
「ただいま!」
フミが抱きついてくる。
私も抱き返す、涙が止まらない、こんなに嬉しい事は無かった。
皆もそれぞれ肩を叩いたり頭を撫でたりする。
もみくちゃになっているけど、それすら幸せだ。
宿屋タナヤに帰ってきた、私はコウの町に帰って来られたとようやく実感できた。
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