第251話 4年目「4年生達」
暖かい日が少しずつ増えてきて、新しい季節が訪れる気配がしてきた。
今、魔法学校の4年生は私を入れて6人。
関係は良好だけど、最近は週に1度のゼミ以外では顔を合わす機会は無い。
委員長ポジションの真面目でクラスの中心に居る彼女は、その人柄を買われ魔法学校の教員として来年からは5年生兼、教育実習生として魔法学校に就職するそうだ。 来年の5年生は彼女1人だけになる。
委員長と仲が良い明るくてムードメーカの彼女は、実家の町へ帰ると言っていた。
故郷で魔法使いに正しい魔法の使い方を伝えたいそうだ、故郷で何があったのか知らないけど強い意志を感じた。
男子で一番元気がある彼、領軍に就職を決めている。
すでに休日は領軍の訓練に参加していて会うたびに見えて筋肉が増えていくのが判る。
コウシャン領を守るんだと意気込んでいる。
いつも変なウンチクを披露するのが好きで、クールキャラなのにからかわれることが多い彼。
領都の貴族院に編入するそうだ、上位貴族の次男で貴族位を習得する必要があると言っていた。
貴族であることを一度も鼻に掛ける事無く信頼されている。
最後、クラスで私と同じぐらい背が低い彼、人なつっこく皆から愛されている。
クラスで変な雰囲気になっても彼が話すと皆笑顔になる。
彼も貴族の子供だけど8男なので自由にしていいと家からは距離を取っているそうだ。
大学院に編入して将来は領都の役職に就くのが目的と言っていた。
筆記においては実は一番らしいが、それを表に出すことは無かった。
この5人とは適度な距離感で仲良く出来たと思う。
学校外で一緒に遊ぶようなことは無かったけど、勉強や雑談をする機会は多かった。
結局、皆で野外実習するというのは出来そうも無いかな。
不安が少しだけ湧く。
私は魔術の知識を当てにされていただけかもしれない。 違うと思いたい。
そうだったとしても、本当のことは知らないままでいたい。
卒業した後に会うことはほぼ無いだろうから。
すっかり馴染んだ研究棟の私の部屋。
椅子に座り、お茶を飲む。
ふと、窓から見える庭とその向こうの演習場を見る。
その先の学術区画の壁とその向こうの領都の壁が少し霞んでる。
日差しは暖かいけど入ってくる風はまだ少し冷たい。
同級生達とはもうすぐお別れだ。
みな自分の将来に向かって進んでいく。
私はどうなんだろう?
予定外だったけど、時空魔導師になることができた。
できてしまった。
王都以外での任命という例外だけど王都の魔導師に認められて一応 正規の手順で資格を得た。
ではこれから、どうすれば良いのだろうか?
研究はする、これまでもこれからも。
コウの町の英雄マイの力の究明、私が使った謎の攻撃魔術。
私自身も再現できていない、それらしい仮説は立てているけど、それだけだと足りていない。
何かが不足していて、その不足分はあのオーガ達の群れの中で私は理解していたはずだ。
何度も当時の戦闘を思い出そうとしたけど、ショートソードでオーガを切った所辺りから記憶が無い。
なんで切れたのだろうか?
理屈としては収納空間と現実空間の境目が空間の切断と同じ状況になった為と予想した。
おそらく間違ってはいないはず。
だけど実際に試してみても、木の葉を切るのが精一杯でとてもオーガの群れを蹂躙したとは思えない。
他にもある、私の体内に出来た魔石。
手を胸に当てる、探索魔術を行使する。
大きさも小さいし反応も微弱だけどダンジョンコアの反応がある。
この意味はなんだろうか。
そもそもダンジョンコアとは何か、判らない。
ダンジョンを形成する中心となる物、それが無くなるとダンジョンは消滅する。
ダンジョンとは何か?
以前ギムさん達と話した仮説は時空魔法が使える魔獣が何らかの条件を満たして死んだときに発生する物とした。
本当にそうだろうか?
人間の時空魔法使いや魔術師が死んだときは?
ダンジョンから魔物が生まれる理由も、魔物の居る世界と現実世界をダンジョンが繋いでしまうと仮定したけど、証明方法が無い。
このダンジョンの研究もしたい、自分自身に何が起きているかも知る必要が有る。
幾つかの問題の解明は私の魔術の切り札を公開する事に近くなる。
魔導師として魔術の探求者として成果を出さないといけないが、迂闊なことは出来ない。
私の時空魔術を改めて整理する必要も有る。
そして魔導師の価値。
宰相様から聞いた範囲になるけど、魔導師が居るこの事実だけで他の領に対して交渉上の有利に働くらしい。
現在、トサホウ王国に居る魔導師は数人で近いうちに私の名前が加わった名簿が配布される。
活動している魔導師は、ほぼ全員王都に居てそれぞれの役職に着いてる、なので王の直轄領を除く領で魔導師が居るのは珍しいことだ。
魔導師が中位貴族相当である事も大きい、貴族の格としては領主様と対等に話せる立場になるので、場合によっては領内に2つの頂点が居ることになってしまう。
領内の貴族としては困る事態だろうね。
私の場合は更に問題で庶民出の魔導師だ。
宰相様の話によると、通常 魔導師の素質がある子は各領の魔法学校から王都の魔法学校に転校して、王都で貴族の養子となって貴族の子供という扱いになる。
魔導師は実質、貴族しかなれない事になる。
だからこそ、王都の貴族の養子になっていない私は例外だそうだ。
他にも、各領の有力貴族の出だったりする場合などもあるそうだけど、庶民出のまま魔導師になった私の立場は非常に危ういのだそうだ。
だからこそ、コウの町という領都から離れた町の近くに研究所を用意して実質隠居させてしまうのが決まったらしい。
「コウの町の研究所へ隠居ねぇ」
ポツリと呟く。
自分にとってはむしろ有りがたい、コウの町では実質的に最高権力者になる、でも町の運営には関わることは無い、それは町長やギルドマスターの仕事だ。
自由になる、というか権力を与えずに自由に研究させようという事だろうね。
■■■■
「マイは研究所に行ったら何するの?」
「そうだな、俺たちはそれぞれ決まっているけど、マイが何するのか気になるし色々してくれたから、就職して協力できたらしたいな」
ん、今日のゼミが終わった後の雑談で聞かれる。
私の事を気にしてくれている、うん、嬉しい。
「私は時空魔術の研究と魔力の根本的な理論の再構築とかですね。
それ以外にはコウの町を救った英雄マイの力の解明でしょうか?」
「ああ、英雄マイかマイと同じ時空魔術を使っていたんだっけ?
どんな魔術師だったんだろう」
「何か必要になる物とか有る?
出来る範囲になるけど、マイには借りを返したいからね」
「うーん、魔物の情報とか欲しいですね。
各地の詳しい情報が中々入ってこなくて。
英雄マイに関しての詳しい情報は後日 宰相様から頂く予定で私もわかりません」
魔物の情報、これはほとんど入手できていない。
ある程度の対応方法などは共有されているけど、実際に何処でどんな魔物が現れてどんな被害が出てどのように対応したかは秘匿されてしまっている。
なので、当時実際に戦って生き残った人の証言を集めるしか無い。
それに手紙でのやり取りを続ける口実にも成る。
英雄マイの情報、当時 視察団だったギムさんの報告書の写しを既に宰相様から受け取っている。
取り扱いが極秘扱いなので話せないだけだ。
「うーん、そうだね魔物の氾濫で生き残った人は多いからその話は聞けると思うけど、統計的な情報は難しいかな?」
「そうね、報告書になるような情報は私も気になって調べたけど閲覧禁止で観られなかったよ」
「領軍の情報は内部情報になるから、俺は無理かなぁ?」
「良いんじゃない?
皆と連絡し合えれば良いし、マイは研究所に腰を据えるんでしょ?
だったら、連絡先が変わってもマイへ連絡すればいいわね」
「え、魔法学校の方が良くないですか?」
「え、私がどうなるのかは決まってないから、教師としての魔術師になれたら、また連絡するよ」
「そうだね、せっかく仲が良く出来ているんだから、この繋がりは大切にしたいね」
情報が入ってくるのは有りがたいけど、私が皆の取りまとめみたいな役割になってない?
良いけど。
でも、この繋がりがこれからも続いていきそうなのは嬉しい。
「魔法学校で得られた中で一番なのは皆と会えたことだね」
委員長の彼女が言った言葉に私は嬉しいと感じた。
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