第250話 4年目「魔道具」
コンコン
研究室の扉を叩く音がする。
色々手を広げすぎて、まとまりが無くなってきたメモをまとめていた手を止める。
「タニアです、マイ様はご在室ですか」
「はい、入室を許可します」
タニアさんが私を様付けで呼んだ、何だろうか?
ドアが開くと、タニアさんと誰だろう? 男性が1人入ってきた。
男性は両手で布に包まれた箱を丁重に持っている。
大きさはそんなに大きくない。
外向けの対応をするように頭を切り替える。
まずは2人へ椅子を勧める。
「こんにちは、時空魔術師のマイです、本日は何の用でしょうか?」
「マイ様、この方は領主様からのお使いです。
本日はマイ様への届け物があるとのことです」
「初めましてお目通りします。
本日は領主様より魔導師様への就任のお祝いの品を持参しました。
お納め下さい」
応接机の上に箱を置き、丁寧に布を取り、箱を開けて中の物を取り出す。
そして私の前に置く。
新品のランタンだ。
真鍮の簡素な作りだけどただのランタンじゃ無い、魔導具だね。
火を付ける所が魔石を加工した物になっている。
「貴重な魔導具を私にですか?」
「はい、これは我らが領で作られた一品です。
以前より功績のあった方々へ領主様から下賜されています。
一目で魔導具と看破されるのは流石に魔導師様です」
私が魔導具にそれなりに詳しいのは辺境師団に居たからだ、必要に応じて色々な魔導具を使っていた。
光を出す魔導具もわりと一般的に支給されている魔導具の一つだ。
明かりが必要で炎を付けることが出来ない場合は結構多い。
敵に見つからないようにする必要があったり密閉された室内だったり。
そして魔術師が居ない事も多い。
だから実用品としての魔導具はそれなりに見ている。
例えば、魔動車とよばれる魔石を動力に動く荷車とかもあるね。
士官用だと、冷暖房用とか食事を温めるための魔道具が用意されていたりする。
どれも高価なので自分で使ったことはほとんど無いけど。
「あの、魔導具を見るのは初めてなんですが、魔法とは関係があるんでしょうか?」
タニアさんが聞いてきた。
庶民の間では魔道具は殆ど使われていない、中心となる魔石が高価なのが一番の原因だけど、それ以上に貴族が魔道具の独占をしてしまっているのが原因だ。
その魔導具は魔力を使用しているけど、分類としては魔法ではなくて工業製品になる。
「魔導具は工業区画で作られています、魔石に魔力を蓄積して動しますが、それを除くと工業製品の分野になります」
男性が説明している。
タニアさんがそれを聞いて頷いているけど、もう一つ大きな違いがある。
「魔石は大きく2種類あるのは知っていますか?」
「いえ、魔石は魔獣から取れるのでは」
「1つはそれですね、その魔石は魔獣が持つ属性を持っているのでその属性以外に使うには不向きです。
その代わりですが純度が高く性能が良いです。
もう1つが鉱山から取れる鉱石としての魔石です。
こちらは属性をほとんど含んでいない無属性が多く加工が容易ですが純度が低いです。
そのため特殊な処理をして純度の高い魔石を作らないと実用的な力を引き出せません。
このランタンの魔石もそうして作られて光属性を付与した物でしょう」
感心したように私を見る2人。
この辺は興味を持って調べれば直ぐに判ることだけどね。
他の用途として魔石に魔力を貯めて魔力の予備として持たされていた。 辺境師団の魔術師の一部だけど。
私は魔力量が多かったので持っていなかった、戦闘系や回復系の魔術師、他に魔力切れになると困る魔術師に配布されていた。
貴重な品物なので、管理が厳密で一般の人は知らないだろうな。
「本当にお詳しい。
魔導師は博識な方だと聞いていましたがその通りですね」
「いえ、まだまだです。
魔石の特殊な処理というのも全く知りませんし」
「それはそうですとも、鉱石からの魔石の製造方法は機密であります。
関係者以外がそういうことを知っていると言うだけでも驚きです」
ハッとなって、タニアさんが私の顔を見る。
「タニアさん、詳しい製法はともかく、そういう物があると言うことは誰でも知ろうと思えば入手できる内容ですよ」
あからさまにホッとする様子。
うん、先王様の時から色々あったから知らなくてもいいことぶっちゃけられるのに少し警戒されている。
大丈夫だよ、そういうことは2人だけの時だけにしているから。
「ハッハッハッ失礼しました。
特殊な加工の内容は機密ですがそういうことは知っている人は知っている事です」
男性が笑っているけど、ちょっと形式上は目上の私がいるのに不遜じゃないかな。
多分、下位貴族なんだろう、庶民での私が中位貴族相当なのが気に食わないのかもしれない。
放っておこう。
それにまぁ、私は加工方法を知っている。
辺境師団に居た兵士の一人が鍛冶氏で魔石の加工方法を知っていた、そしてその兵士の最後の意思として自伝の加工方法を聞いたんだ。
鉱石の魔石の管理は各領で厳密に管理されているから入手したこともないし試したことも無いので出来るかは不明だけど。
「所で使い方の説明をして貰ってもいいでしょうか?」
話題を変える。
見た限り特別な機能は無い、つまみを調整すれば内蔵した魔力を使用して光る強さが変わるだけだ。
で、見る限りこのランタンの魔導具に魔力は蓄えられていない。
それを承知で聞いた。
「あ、はい。 非常に簡単ですよ。
このつまみを調整することで光が灯ります、あれ、光らないなんででしょう?」
男性が困っている。
不良品を持ってきたとあっては領主様の顔に泥を塗ることになる、だんだん慌て出す。
私はそれをじっと見る。
「あの、マイさん」
私の表情から察したのかな? タニアさんがこのへんにして欲しいと表情で訴える。
しょうがないなあ。
「質問していいですか?」
「は、はい、何ででしょうか?」
すっかり緊張して汗だくになっている。
顔色が悪い。
「この魔導具は蓄えられた魔力で光を放ちます。
では、魔力は事前に貯められてきていますか?」
ハッとなって、ランタンを見る。
けど、魔力が蓄えられているかどうかは、それを見る訓練をした魔法使いか魔術師しか出来ない。
そこまでバラす必要は無いか。
「で、では、今は魔力がカラであるということでしょうか?」
「それは確認しないと判りませんね」
「すいません、確かめて頂けないでしょうか?
使えない魔導具を持ってきたとあっては私の立場がありません」
私はランタンを受け取って軽く全体を見る、うん以前使った事の有る投光器の魔道具と構造は同じだ。
底の部分に手を当てて、手のひらと繋がるイメージをする、そうすると空っぽの魔石に私の魔力が流れ込んでいく。
少し流れ込んだ所で手を離して、つまみを回し光を灯す。
「はい、正常に動作しているようですね。
普通に使おうとしていたので気が付きませんでしたよ」
うん、嫌みというか少し嫌がらせしたのが伝わったのか、渋い顔をしている。
「はい、無知で申し訳ありませんでした」
どうやら調子に乗っていて私が不愉快に思っていることに気が付いたみたいだ。
そして、立場上 私が報告すれば領主様の使者としての役目を失敗したことになる、良くて爵位が落ちる悪ければ貴族で居られなくなる。
顔色を悪くして小さく縮こまる。
けど、私は支配階級の権力を振りかざすのは好きじゃない。
それにやり過ぎて禍根を残すのも悪手だろう。
「いえ、気にはしていませんよ。
ご領主様に良い品を下賜して頂いた感謝を伝えて下さい」
私が恭しく頭を下げると、ようやくホッとした感じだ。
簡単な受け答えをした後、2人は退室していった。
この後、タニアさんの愚痴をしばらく聞かされたのは補足しておこうかな。
「マイさん、心臓に良くないので相手をあおるようなことは辞めて下さいよ」
「向こうが調子に乗っていたので、止めただけですよ。 それに直ぐに辞めましたよ」
「それはそうですけど、はあ。
マイさんって、気が弱いようなのに いざと言う時には別人のようになるから行動が読めないんですよ。
何でですかね?」
大したことはしていない、論理的な思考と相手の行動予測、それに戦術や戦闘時のマインドセットを自分に施すだけなんだけどね。
これって誰だってやっていることだと思う。
一人だけの時の自分と、他人がいるときの自分、学校や仕事中の自分、そして戦闘や想定外の時の自分、それぞれを場面毎に使い分ける、当たり前の事だろう。
タニアさんが何を持って私の行動が読めないのか判らない、実際、コウの町の親しい人達からは判りやすいと言われていたし。
何が違うのかな、うーん?
「所で、魔道具のランタンですか、貴重な物なんでしょうか?」
タニアさんが話題を変えて、机の上に置いてあるランタンをしげしげと見つめる。
私も知らない、魔道具も基本的に軍の貸出品を使っていたので価値も不明だ。
「私も判りません、高価なのは間違いないです。
ですけど珍しい物では無いはずです、兵士の方に聞いた限りですが、前線では簡易的なランタンが小隊毎に複数支給されていたと言っていました。
数自体はそれなりに製造されていると思います」
「そうなんですね。
でしたら貴族の館には普通に使われているのかもしれませんね」
記憶を掘り起こしてみる、うーん、思い出せない。
貴族の館でも部屋や廊下中に魔道具のランタンを置くのは難しいのかな。
あ、魔力を補充する必要があるから最低限は魔力を補充できるだけの技術のある魔法使いが必要になる。
となると、重要な部屋か火気厳禁の場所で使われていると考えるのが正しいかな?
「そうですね、魔力を補充しないといけないので幾つも使うのは効率が悪いでしょう。
貴族でも富裕層でもそんなに沢山は、いえ、パーティーとかでは必要になるのかな、持っている数ならそれなりに有るかもしれません。
実動は必要最小限でしょうけど」
私は口元に手を当てて、考えを垂れ流す。
あ、いけない考えていることをそのまま口にするのは良くない。
気が付いて姿勢を正す。
「そうですか、マイさんの言うことは理にかなっています、きっとそうですね」
「それはそうと、お茶でも飲みませんか?」
「はい、喉が渇いてしまいました」
私は苦笑しながら席を立ち、台所へ向かった。
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