第249話 4年目「ゼミ」

 早馬を使った手紙のやり取りは数回に及んだけど、結果としてシーテさんが助手に付いてくれることになった。

 シーテさんが、コウの町で身の回りの世話をする家政婦さんを探してくれることも決まった。

 それと、魔導師に成れることを正式に伝えたので、かなり喜んでくれたようだ。

 今から会えるのが楽しみになってきた。



 そして4年目後半も過ぎた所。

 もう4年生で残りの5人の就職先も決まっている。

 週に1回のゼミ、全員が集まって課題に対して意見を出し合う場でもこれからの事を話す事が増えてきた。


「今日の話題はどうしましょう?」


 委員長という役割じゃ無いけど中心で4年生をまとめている女生徒が見渡しながら言う。

 そろそろ話題も尽きてきている。

 出てくる案もどれもピンとこない。


「身体強化魔法はどうかな」


 男子生徒の1人が提案してきた。

 身体強化の魔法は魔法学校では扱っていない、分類としては例外魔法になるのだけど、現実空間に対して何かする物では無い。

 自分自身に対して行使するもので、戦士など体を酷使する人達が体内の魔力を自然に使っている。

 だからこそ、能力の高い剣士とかは抜きん出た戦闘能力を有している。

 他にも、五感を高めるなど色々ある。

 とはいえ、自分自身に対して何となく身に付けて使えるようになるので、魔術としてというより武術とかそういう方面になっている。

 それをここで持ち出す理由は何だろう?


「なんで身体強化なんだい?

 魔法学校では扱っていない魔法だよ」


 他の生徒が確認する、当然の言葉だね。


「身体強化を自分自身では無く他人に対して行使できないかなって。

 その研究をしているんだけど、発動自体は上手くいくのだけどそれからが上手くいかなくてね」


 他の生徒たちが驚く、各自の研究テーマは特に発表していない。

 通常は自分の適性魔法の研究を行うので、発表する必要が無いから。

 彼を見て驚く、身体強化魔法を魔術として再定義しようとしているんだ、すごいや。


「では、その身体強化の魔法を他の人に行使してみてくれない」


「ああ、ただ慣れが必要だから、あ、頼むよ」


 近くに居た男子生徒に合図する、どうやら彼らは共同で研究しているのかな?

 軽くその場でジャンプする。

 10センチぐらいかな。

 その彼に魔法を行使している、その魔法の流れを見る。

 ん? 属性を感じ取れない、純粋な魔力に近い。


「ああ、魔法が掛かったよ」


 彼がそう言うと、同じようにジャンプする、1メートルは飛ぶ。

 みんな驚く、私もだ。

 頭をぶつけないように頭の上に手を上げて、天井に振れて降りる。

 それを何度か繰り返す、軽くジャンプしているのにその高さは明らかに異なる。


「凄い、確かにこれだけ身体機能が変化したら、その状態を認識できないと事故を起こしかねないね」


「ええ、場合によっては自分自身を傷つけてしまいかねません」


「身体強化に強度を上げる事も可能なはずだから、バランスかな」


「魔法を掛けるというより、魔力をまとわせるようにしていましたね」


 これは私。


「マイ、そうだねイメージとしては魔力の筋肉を追加する感じかな?」


「慣れる、とはどういう事でしょうか?」


「ああ、五感や距離感が変わるんだ。

 最初は目を回してしまってね、立つことも出来なかったよ」


 あ、遠隔視覚に近いのか、自分の感覚に別の感覚が加わるから混乱してしまうんだね。


「これは魔法を掛ける側も、魔法を受ける側も相当の訓練が必要になりますね。

 汎用性を求めるのは難しそうです」


「身体強化している分、武器も変える必要があるけど、そうなると普段との差異に困るね」


「この魔法を使うことで、兵士に身体強化の魔法を覚えさせることは出来るのでは?」


「ああ、身体強化を自分で行えるようになれば制御も容易かもしれない」


「それが上手くいかなくてね、俺が使っている身体強化の魔法は外から包むように使っている。

 体の中には働いていないんだ、体内の魔力に跳ね返されている感じかな」


「魔法を受け入れる、ということは出来ないのかい」


「ああ、何度か試しているけど、上手くいかないな」


「魔力に属性を付けなかったのは、受け入れやすくするためですか?」


 私が聞いてみた。


「その通り、属性を付けると受ける側の体内の魔力に強く反発してしまうんだ。

 属性を付けないようにしているけど、どうしても適性魔法の属性が僅かについてしまうんだよ。

 マイなら基本属性が平均的に持っているから上手くいくかも」


「残念ですけど、火と影が苦手ですね、平均的には使えないです」


「そうか、無属性の魔法を上手く使えれば可能性はありそだけどね」


 それからしばらく討論は続く。

 その中で、身体強化の魔法を体験させて貰った。

 威力を弱めた物だけど、確かに自分の体が一回り膨らんだような感じがして、どの動作も思うように動かない。

 けど、魔力の流れは掴んだ、身体強化の魔法を行使すること自体はそんなに難しくなさそうだ、自分で自分に使えるように練習しよう。


 パンパン


 クロガ先生が手を叩いて討論を止める。


「身体強化かね、随分と変わった課題での討論だったな。

 各自レポートを提出するように。

 それから実戦では魔術師も近接で戦うこともある、必ず後衛から安全に魔術が使えるとは思わないこと。

 身を守れるだけの技術は持っておいて損は無い。

 今回の身体強化の魔法を覚えるのも良いだろうな」


 クロガ先生がまとめる、自分のことは殆ど話さない先生なので噂程度だけど魔物の氾濫の時に何かあったらしい。


「皆ありがとう、なんか掴めそうだよ。

 あと、俺の失敗からだけど試すのならベッドの上で横になってから出来るだけ弱い身体強化の魔法を使って体に覚えさせるようにした方が良いぞ。

 慣れるまでは立たない方が良い」


「判った」

「ありがとう、やってみるよ」

「興味深いね、それに魔力で体力の無さを補える可能性があるのはうれしいな」

「俺も前衛に憧れてたからやってやるよ」


「魔力に余裕があるのなら移動速度も上げられるし応用範囲が広そうですね」


 最後に私が答えて、そして課題を出した生徒にみんなで拍手する。

 照れてる照れてる、可愛いな。


 身体強化、たぶん魔力のある人は誰でもある程度は無意識に使っている可能性は高い、意識して使えるようになれば大きな力になるだろうね。

 訓練は慎重にならないと、体験させて貰った時も椅子に座って行使して貰った、それでも立ち上がることが出来た生徒は共同研究している生徒以外は居なかった。

 それだけ感覚を強化するというのは難しいんだね。



 夜、寄宿舎の私の部屋ではなくて自分の収納空間に居る。

 周りには何も無い、空間に浮いている状態だ。

 目を閉じて自分自身の体内の魔力を全身に行き渡らせるようにイメージする。

 うん、今日のゼミで体験させて貰った事をイメージする。

 出来たかな?

 腕を軽く振ってみる。


 ブオン


 自分でもビックリするくらい腕が振り回される。

 うぉわぁ。

 反動で空間内をクルクル回る。

 少し肩や肘が痛い、これが反動か、危険だ意識して使った事で影響が強く出た。

 これを実用で使うには難しい、おそらく魔術を使えるほどの使い手ほど体に影響を与えかねない。

 それに視覚や聴覚なども変だ五感が過敏になっている、着ている服の感触が酷く煩わしく感じる。

 彼が忠告したように弱い身体強化の魔法から体を慣らしていかないと駄目だ。

 でも、これを実用化出来たら兵士の実力が数段上がる、一騎当千とは言わないけど数十人分の力を持つ兵士の軍隊を組織できてしまう。

 とはいえ欠点も多い。

 弱く使っても消費魔力が多い、おそらくだけど使いこなすには魔法学校で3年に進める程度の魔力操作の実力と、魔力量を多く持っていないと制御できずに魔力切れを簡単に起こしてしまうだろう。

 いやその前に体が壊れる可能性が高い。


 もしかしたら学校側から制限が掛けられるかもしれない。

 未熟な魔法使いが迂闊に使ったら死人が出かねないよ。

 兵士や剣士でも無意識に使っているからこそ自壊しないけど意識して使ったらどうなるのか?


 水属性の魔法を使って冷えた水を出して肩と肘に纏わせる、すこし赤くなっている。

 身体強化、耐久性も底上げしたとしても難しいね。

 あの2人がそれなりに使いこなしているのは凄いしどれほどの研鑽を積んだんだろう。



 翌日、4年生をクロガ先生が集めて身体強化の魔法については口外しないように言われた。

 それと使うときには細心の注意をするようにとも。

 3人が腕に包帯を巻いて 吊しているんだもん、それは言うわ。 私も湿布を貼っているし。

 ただ、2人の研究自体は特に禁止されなかったのは良かった。

 ついでに身体強化の魔法の問題点とかも話し合った、ゼミの延長戦だね、楽しかった。






 何となくだけど、集まって話すことが増えた。

 皆、分かれの日が近いのを感じ取っているんだね。

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