第248話 4年目「研究室」

 私は、魔法学校の研究棟に割り振られた自分の研究室で、一人考え込んでいる。

 4年生と5年生は人数が少ないこと、基本的に自分の魔法を魔術と言えるまで習熟させる作業になるので個室が与えられている。


 ナルちゃんから言われた言葉を反芻する。

『英雄マイの偽物って、マイの事を見ている人が多いみたいなのよ』

 どうやら私の研究所を作る上で、魔導師マイの話が伝わったようで、それと英雄マイと相まってしまったらしい。

 ナルちゃんが手紙で知った内容は限られているけど、どうも私が英雄マイの功績を受け継ぐ、とういか掠め取って自分の功績にするためなんじゃないかと邪推されてしまっているらしい。

 コウの町に居るフミやシーテさんと手紙のやり取りを続けているけど、そんな話は書かれていなかった。

 私に心配させない為かもしれない、けどちょっと寂しい。


 英雄マイと私が同一人物である事を知っているのは、宿屋タナヤと元視察団のチームの人達だけだ。

 名前が同じでコウの町の近くの村の生き残りとなっている私は、コウの町の人たちにとっては殆ど他人なんだろうね。

 その名前が同じ私が英雄マイの場所を荒らそうとしているように感じているのかもしれない、何とも言えないけど、複雑な気分だ。

 今の私に対して不満を持っている人たちは、昔の私に対して好意を持っていると言うことなんだから、どう接したら良いのか判らない。

 この辺は元視察団のチームの皆に相談した方が良いかな。


 一息つく。

 私の割り振られた研究室は、他の4年生の部屋と違って教師が使う部屋を使わせて貰っている。

 魔導師の格を持っていると言うことからかな?

 研究を行う部屋の他に、簡単な台所と寝室が用意されていて泊まり込みも可能になっている。

 専用のトイレと沐浴する部屋まである。

 お茶を入れながら、考えを整理する。

 既に4年目も後半だ、私は元々物を持たないというか収納してしまうので部屋に物は少ないけど、雑然とした雰囲気は有る。

 その原因は、検証中の魔術に関してのメモ書きなんだけどね。

 最近はこの研究室に閉じこもっていることが多くなった。

 私の担当の職員タニアさんも他の生徒の面倒を見ることが多くなっている。

 学術図書館での資料を調べるのも一段落し集まった資料を基にして、時空魔術の研究と他の基本魔法や例外魔法も少し手を伸ばしている。

 4年目での卒業は既定している、卒業に必要な成果も英雄マイの収納爆破を解明したことで認められている。

 収納爆発に関しては、宰相様が直々に来て領主様からのお褒めの言葉を伝えてくれた。

 これも魔法学校としては異例のことだったそうだ。

 部屋の中をお茶を飲み考えをまとめながらフラフラ歩く。

 さてと。

 お茶を台所に片付けて椅子に座る。

 何人もの魔術師候補に使い込まれてきた椅子に座る、しっかりとした作りで背中を預けてもきしみ音一つしない。

 机の上に乱雑に集まった資料のメモ、それらを眺めながら改めて考える。


 魔力とは何か?


 この世界の理に干渉する力、そう定義されている。

 この定義に関しては今のところ否定も肯定も出来ない、ただ矛盾無く説明できるというだけだ。

 私が気になっているのは、そもそも基本属性というのが自然界の現象の模倣となっていることにある。

 矛盾していないか?

 魔法がこの世界の理をねじ曲げているのなら、その結果は自然現象の模倣になる必要は無いのでは。

 以前、基本6属性を物質の状態としたけど、純粋な光を生み出したりしているのは矛盾している。

 状態に関しては、あくまでも基本6属性を使いこなす上で便利な理論であって、魔力を説明する上では穴だらけの理論だ。

 それを指摘してきた人は居ないけど。


 そして例外魔法。

 聖、闇、錬金、そして時空など。

 これらこそ この世界の理を無視している。

 そこに何かヒントが隠されていないだろうか?

 何だろう、もう判っているのに思い出せない、そんな感覚がする。

 判っているはずが無いのに何だろうか、モヤモヤする気持ちが止まらない。


 コンコン


 ドアを叩く音、誰だろう?


「こんにちは、マイさんはご在室でしょうか?」


 タニアさんだ、部屋のドアの横には在室していると札を掛けてあるのに律儀だなあ。


「はい、どうぞ」


 私の返事で、タニアさんが何かの資料を持って入ってくる。

 私は立ち上がり、応接用の椅子を勧める、ついでにお茶も入れよう。


「座っていて下さい、お茶を入れてきます」


「あ、マイさん、ありがとう。

 すいません」


 すいません? なにか厄介事の予感がする。

 気にしてもしょうがないので、お茶を入れる方に集中する。

 お茶っ葉はさっき入れた葉っぱをそのまま使おう、もう1回は問題ないはず。

 沸騰水を魔術で作り出す、純粋な水で作ると美味しくないので、空気中の水分を取り込むアレンジをしている、領都の水道水はあんまり美味しくないのでこっちの方がまし程度。

 茶器一式をトレーに乗せて応接用の机に置く。

 タニアさんが書類をまとめているのを横目に見ながらお茶をカップに注ぐ、うん色は出ているけど味は薄いかも?

 お茶菓子があれば良いんだけど、私の収納には乾燥パンか携帯食が入っているだけだよ、ちょっとは日持ちするお菓子を買って置いた方が良いかな?


「2回目なので薄いかもしれませんがどうぞ」


「ありがとうございます」


 タニアさんがユックリとお茶を一口だけ飲む。

 ふう、という息が聞こえた気がした。


「何か話しにくい事なんですか?」


 私の方から話題を振る、


「いえ、マイさんの研究所がほぼ出来たのでその連絡です」


 あ、コウの町の近くに研究所を作るという話だったけど、詳しい所までは聞いてなかった。

 ただ、シーテさんからの手紙でコウの町の東側で作業していると聞いている。


「場所ですが、コウの町と東の村から徒歩で約1日、東の町との中間付近から北に入った所。

 その、マイさんの故郷の村の跡地です。

 廃棄された村の資材を再利用する形で研究所が作られました」


 すまなそうな顔をしている。 故郷に手を加えてしまった事を気にしているのかな。

 私の故郷と言うことになっている村は中位種の魔物に囲まれて籠城して結局そのまま壊滅した村だ、その村の生存者が村の外にも居ない事を確認して、私の戸籍が作られた。

 村自体は、住人が少なく重要度が低かったためコウの町は復興を放棄している。


「そうですか、村は放棄されたと聞いていたので再利用して貰えるのなら嬉しいです。

 それに故郷に戻れるのですから、むしろ感謝しかありません」


 ニッコリと笑って答える、けど内心は複雑だ無関係の人達が住んでいた場所を私だけの場所にしてしまうのだ、せめてお墓を用意してあげたい。

 そう思って研究所の敷地の地図を見ると、裏手に墓地と書かれた一画が用意されていた。

 村の痕跡は無い、村の建物の資材を再利用しているのだろうね。

 広い更地にポツンと研究所があるだけだ。


「判りました、あと助手は何人必要でしょうか」


 え、助手?

 どうしよう、考えてなかったよ、元々1人で研究するつもりだったんだけど、どうしよう?


「タニアさん、助手は必要なんでしょうか?」


「必要ですね、身の回りの世話とか買い物とか、他にも領都と魔術関係の連絡とか。

 マイさんが研究に集中するためには2~4人は雇っても不思議じゃ無いですし、雇用した人への給金も研究資金とは別に出ます」


「魔導師と言っても庶民出の私の世話をして、そして領都の多分貴族様ですよね連絡の相手は。

 そうなると、人選は限られてくのではないでしょうか?」


「そうですね、コウの町で雇えれば良いのですが、領都から離れて町から離れた所で暮らしたいと思う人は少ないでしょうね。

 いざとなれば領主様から配属指示が出るかと思います」


 うん、それは良くない。

 領主様からの指示を断れる人はいない、それに、そうだシーテさんにお願いしてみようか。

 彼女なら私の事を知っているし、視察団として領都の偉い人達との折衝もしたことがあるはず。


「あの、私を保護してくれた元視察団のチームの人に魔術師の方が居ます、その人に頼んでみるのは駄目でしょうか?」


「えっと……シーテさんでしたか、はい彼女でしたら適任でしょう。

 魔術師でかつ マイさんと知り合いというのも良いですね。

 あとは町で身の周りの世話をする人を雇えば良いかと思います」


 タニアさんが幾つかの資料をめくって、私が元視察団のチームに保護されたことの記述を見つけたのだろう、そこを読んで頷く。

 シーテさんと魔術の研究をする、良い案だ。

 もちろん、シーテさんの了承を得る必要があるけど、一緒に研究できたら楽しいだろうな。


「マイさん、助手の任命に関してはこちらから行う事になりますが、その前に確認を取って貰って良いでしょうか?

 早馬の使用許可を取ってきますので」


 早馬、この国では一番早い連絡手段だ、馬を走らせて町や村間で中継して荷物を運ぶ。

 普通に馬車や馬を使って移動するのに比較にならないくらい早い。

 コウの町へは荷馬車で約15日掛かる、早馬だと5日なのでその速さは段違いだ。

 そして、早馬は頻繁に使われている。

 主に領都と各都市や別の領、そして王都とのやり取りの為に。

 コウの町のように特に重要性の無い町へ早馬というのは、かなりの例外だ。


「判りました、手紙を書いておきます。

 シーテさんなら信頼できますけど、恩人ですので無理矢理だけはしたくありません」


「はい、領都側でも窓口となる人員の選抜が行われるはずです。

 私になる可能性も高いのですが、領主様へは貴族位を持っている方が居た方が良いですね」


 そうか、領都側でも私とやり取りをする必要がある、その相手として私の担当をしている職員のタニアさんに白羽の矢を立てる事は容易に想像できる。

 私のせいで魔法学校の職員という安定した職業を変えざるえないのは申し訳ない。


「あ、たぶん魔法学校がマイさんの窓口になるので私はその担当ということに成りそうと言うことです。

 ですので普段の業務は変わらないですね、生徒の担当からは外れるかもしれませんが。

 あと、魔法学校の職員で貴族位がある教頭か副教頭辺りが領主様との連絡役になると思いますよ」


 私の表情を読んだのだろうか?

 タニアさんが補足してくれた、というか何で私の思っていることが判るののだろうか?

 そんなに判りやすい表情をしていたのかな。


「あの、そんなに私の表情って読みやすいですか?」


 その問いかけに、タニアさんが満面の笑みで答えた。






「ええ、ものすごく判りやすいです」

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