第246話 4年目「貴族教育」

「マイさん、魔導師は中位貴族相当の格があるのはご存じですよね」


「はい、それが何か?」


 職員室の打ち合わせスペースで次の野外実習の相談をしようと思っていたら、タニアさんから詰め寄られた。

 うん、知っているけどそれが何だろう?


「貴族としてのモラル道徳ルール法律マナー配慮を最低限 習得して頂く必要があります」


「げっ」


 変な声が出た。

 貴族が持たなくてはいけない物なんて知らない。

 せいぜい、支配する権力とそれに相当する義務と責任がある程度だそれも町長レベルの範囲で。

 中位貴族が持つべき義務と責任は何なんだろう?


「そういう訳でしてマイさんには週に1日、貴族院で基礎の授業を受けて貰います」


「仕方が無いとはいえ、どの程度まで身に付けないといけないのでしょうか?」


「詳しくは私にも判りません。

 ですが、領主様や宰相様と会う機会が増えると思われますので、その際の手順や守らないといけないルールは必須だと思います」


 困った、とはいえやらないわけにはいかない。

 正直、魔術の研究以外の事をしないといけないのは不満だけど、今後の自分の立場を確実にするのには必要だろうね。


「判りました。

 魔導師の仕事の一つとして割り切りたいと思います」


「お願いします、私達も魔導師様が生まれるなんて初めてなので、試行錯誤しています。

 マイさんからも相談して欲しいですし、相談させて頂くことが多くなると思います」


「その、タニアさん。

 少し他人行儀なのも、そのせいですか?」


 タニアさんがギクリとなる。

 そうだ、私が先王ディアス様と歓談した後から態度が一歩引いた感じになっている。

 最初は、職員と生徒の距離感だと思っていたけど、何度か一緒に行っている野外実習でも私に距離を置くような言葉が増えてきた。


「ええ、実のところマイさんと親しくしすぎないようにと指示が。

 それにその、魔導師様は中位貴族相当です貴族様と同じですので本来それ相応の対応をするのが正しいのですが」


「それは、そうかもしれませんが生徒でもありますから。

 少なくても生徒で居る間はもう少し砕けて接して欲しいですね」


 私の顔を見ていたタニアさんが、済まなそうな顔をしている。

 やっぱり支配階級という貴族は好きになれない、でも魔導師に成ると言うことはそういう立場になることなのかな。

 あ、そうか。


「タニアさん、私からの要望です。

 魔法学校の職員と生徒である限り、その立場に見合った対応を希望します」


 少し胸が痛む。

 これは、貴族が庶民のタニアさんに対して遠回しに命令しているようなものだ。


「はい、判りました。

 すいません、気を使わせちゃいましたね」


 やっと見ることが出来たタニアさんの笑顔にホッとした。



■■■■



 数日後に、貴族院に行く。 最初の授業だ。

 前回同様に、横の建物に入ろうとしたら貴族院の職員さんが真正面の建物から入って欲しいと案内してくれた。

 曰く、私は中位貴族相当の格を所有してるのだからとのこと。

 通された部屋は、少人数用の応接室のような装飾がされた教室だった、だよね?

 椅子もフカフカだし、机が書き物が出来るように少し高いのと教壇らしい所があるのを除くと応接室と変わらない。


 座って待っていると、少しふくよかな中年女性が入ってきた。

 装飾が少なく品の良いドレスを着ている。

 立って出迎える。

 相手の立場が判らないので、どうすれば良いのか判らない。

 女性がスカートをつまんで広ろげ軽く膝を折り無言で挨拶する。

 カーテシーと言うんだっけ?

 つまるところ、目の前の女性は下位貴族か庶民なのだろう。

 こういう挨拶は格が上位の方から話しかけないといけない。


「初めまして、本日より貴族のマナーについて学ばさせて頂きます。

 魔法学校 魔術師のマイです、魔導師の候補になっています」


「初めまして、魔導師様にお目に掛かり光栄です。

 マナー教師をしております、男爵家の3女ジュリエッタと申します。

 本日よりよろしくお願いします」


 教師の方が下手に出ているのでやりにくい。

 魔導師の格を持っていることも知っている様だ。

 まず、爵位について教えて貰おう。

 私が座り直し、ジュリエッタさんがその前の普通の装飾が入った椅子に座る。


「ジュリエッタ先生、まずは爵位と私の立場を教えて頂けませんか?」


「そうですね、その後にこれから覚えて頂くことも話しましょう」


 人懐っこくニッコリと笑いながら、手元のノート類を机に置く。


「まず、国王様が国の最高権力となります、そして王位継承権のある王族の皆様方が王家となります。

 そして、王族の血縁関係があるのが公爵の方々。

 次が侯爵で、領主様や王国の重鎮の方々になります。

 伯爵、マイ様はここに当たります、王国が管理する領地の領主などです、ここまでが上位貴族ですね。

 上位貴族は基本的に国王様から任命されます。

 次に下位貴族です。

 子爵、男爵があり領内にある都市や領内の重鎮の方々が領主様から任命されます。

 あと、騎士階級があり準貴族扱いで継承権がありません、軍や組織で庶民の方が管理職に就く都合や功績が認められた方が任命される爵位ですね。

 ここまでで判らない所は有りますか?」


「はい、大丈夫ですが、私は中位貴族相当と聞いています。

 違いは何でしょうか?」


「マイ様の格は特別でして、魔導師様に与えられる貴族格で伯爵と同等の扱いとなります。

 継承権がない高位貴族でして特例として与えられる爵位になりますね。

 そのため、中位貴族相当と言われていますが、発言権自体は高位貴族として扱われます。

 準伯爵と同等と言っても良いでしょう」


「準というのは?」


「貴族位で準が付くのは、後継者として認められて公務を行うようになった方、もしくは功績を挙げて上位の爵位が内定されていますが、席に空きが無い場合です。

 爵位は与えられる数に制限があるので、そういう扱いになります。

 後は特例で一時的に爵位された場合になり、マイ様は特例で伯爵の爵位を特別に賜ったということになります」


 うーん。

 立ち位置がよく判らない、どの程度のことが出来るのだろうか?

 私が頭を捻っているのを見て、ジュリエッタ先生が説明を続ける。


「マイ様は領地の運営には関わる事はできません、魔術や学術研究以外の組織に対して命令も出来ません。

 その代わりですが、領主様に対等に意見を言うことや魔術の研究と教育に関しては強い権限が有るそうです」


「そうですか、詳細については後でお願いします。

 私は何処まで貴族のマナーを習得する必要が有りますか」


 一時保留、出来る範囲が正直明確に判断できない。 整理して質問し直そう。

 マナー、貴族としての常識はどうなのだろうか、こっちは本当に全く知らない。


「はい、マイ様は庶民の出なので貴族のパーティ等に出席する事はまず有りません、派閥関係や人脈作りとかは距離を置いて欲しいと領主様から希望が出ています。

 学んで頂いたいのは、式典での立ち振る舞いが中心になります。

 お茶会などの小さい集まりでのマナーも出来るだけ。

 後は、最低限の貴族とのやり取りでしょうか」


「貴族とのやり取りですか?」


「貴族というのは言葉で優劣を付ける事があります。

 そうですね、商人が売買交渉する様なものですね、自分の有利なる様に会話を誘導していくんです」


 凄い面倒くさい。

 こういう会話での優劣を付けようとするのは苦手だ。


「領主様より干渉しないように布告されているはずですが、取り込もうとする勢力は有るかと思います。

 実際、友人からと近づいている貴族の子供とかいますよね」


「はい、居ますね。

 今のところは断っています」


「はい、それが宜しいかと。

 約束事はしないようにして下さい」


 はあ。

 考えただけでも、面倒事が増えた気がする。

 でも、何とかしないといけない。

 知らないことだらけで、知恵熱が出そうだったけど、ジュリエッタ先生の丁寧な説明で何とか理解できた気がする。

 確実に理解するようにしないと。



■■■■



 それから貴族教育は週に1日で進んでいった。

 面倒な貴族間の派閥争いとかを気にしなければ、思っていたより面白い事が多い。

 貴族側から見た領内の運営方法とか知ることが出来たのは良かった。

 それに、貴族の義務というのも。


 この間、宰相様と話す機会があった。

 宰相様は子爵で立場上は私の方が格上になってしまうので戸惑ったけど、これも貴族教育の一環だった。

 格上の者がへりくだった話し方をしてはいけないこと。

 何でも返答するのでは無く、むしろ無言で対応することの大切さとか。

 コウシャン領の内部事情も幾つか教えて貰えた。

 今の領主様は先王様と同じ現状維持に才能があるタイプで魔物の氾濫 以降の復興に苦労しているそうだ。

 その復興の利権争いが酷く、私が魔導師に成ったときも魔導師としての格を利用しようとした貴族が数人咎められている。

 王国との関係は元々良かったが私のおかげでより良くなったと喜んでいた。

 コウシャン領は東の商工業国家から王都へ続く主要街道があるので双方に重要度が高い関係だそうだ。


「して、マイ様。

 魔法学校を卒業してからの予定ですが、私共は領都に居ますと貴族からの接触が多く魔導師としての研究に支障が出ると考えています。

 そこで、コウの町の近くにマイ様の研究所ラボを作っています。

 マイ様の希望にも添えますし、領都の直轄の町でかつ適度に離れているので宜しいかと」


「えっ、コウの町に私の研究所が出来るんですか!?」


 宰相様が敬語で接してくる違和感がすさまじい。

 むず痒さを感じながらも、その提案に喜びが隠せない。

 ただ、何でそういう事になった理由は、私が庶民出の魔導師になるからというのも皮肉なものだね。

 領主様が期待しているのは、コウの町の英雄マイの力の謎を解明すること。

 確かに先王様にそういう事を言った記憶があるが、皮肉なことに、本人もよく覚えていなかったりするのだから困ったものだ。






「私にとっては有り難い提案です、よろしくお願いします」

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