第243話 3年目「歓談」

 先王ディアス様との歓談の場も窓が一切無い豪奢な応接室に案内された。

 既にディアス様は座って待っている。

 その両脇には、魔導師オーエングラム様、護衛のダグラス様。

 後ろにはセバス様とオーエングラム様の弟子のクェスさんが立っている。

 そして左横側には、領主様と宰相様。


 私は案内してくれた執事の方に従って、椅子の側に立つ。

 歓談の場とはいえ勝手に座って良い訳じゃ無い。

 タニアさんも同じく椅子の横に案内されていて緊張してるようだ。

 今度は、貴族院の職員さんとアンが壁際で立っている。


 まずは深く礼をする。


「ふむ、マイ、タニア、これよりは多少の無礼は容認される。

 椅子に掛けたまえ」


「はい」


 短く返事をして椅子に座る、ふっかふかで、思っていた以上に沈み込んだので少し焦った。

 メイドがこの人もベテランで普段は指示をしている人だろうな、そういう人が菓子とお茶を私達の前に用意してくれる。

 とはいえ、ここでも勝手に手を付けてはいけない。

 面倒くさい、が教えて貰ったことを必死に思い出す。


「いや、堅苦しいのは辞めにしようか、せっかくの場なのにマナーを守っていては楽しくない」


 あ、セバスさんが手を頭に当ててる、次の展開が読めてきたよ。

 ディアス様が立ち上がって、興奮しているのが判る。


「ああ、マイ、君は本当に興味深い、面白い。

 時空魔導師も歴史上、初めてじゃないかな?」


「はい、魔導師では30年ほどまえに聖属性の魔導師が例外属性で居ただけですじゃ」


 私が確認したのと同じだ、例外魔法を使う魔術師が魔導師になまで成れたのは、一番近いので、28年前に聖属性が、それ以前では70年前に闇属性が居たらしくそれ以前は不明だった。

 闇属性はその言葉から一般に印象は悪いが、結界や防御に関してはどの属性よりも強力で部隊に1人闇属性の魔術師が居るだけで被害率が格段に下がると言われている。

 貴族でも側に闇属性の魔術師を抱え込みたいと願っているらしい。

 実際に闇属性の魔法使い・魔術師に会ったことが無いので判らないけど。


「しかし先王様、今回の魔導師の認定は驚きました、彼女はそれほどなのでしょうか?」


「うむ、聞いていたコウの町の英雄、時空魔法使いマイの再来かと思ったぞ」


 領主様の言葉にディアス様が応える。

 心臓がドクンとはねる、冷静になれ同一人物とバレるのだけは避ける必要がある。

 外見年齢が全く違うのだから判る可能性は少ない、慎重になれ。


「そうですか……マイ、聞きたい。

 時空魔術師で特種のジャイアントを含む数千にも及ぶ魔物をたった1人で討伐は可能か?」


 領主様には詳細な報告は行っているはずだ、迂闊な返答は出来ない。


「私の私見ですが、不可能のはずです。

 英雄マイと一緒に居た視察団の方々からどのような人物であるのか聞いています。

 彼女の攻撃の主力である収納爆発と呼ばれている魔術は私でも再現できました。

 近距離ですが強力な攻撃手段であります。

 戦闘の有った場所の地形を旨く利用することで上位種までなら運が良ければ百体程度は討伐可能かと。

 しかし、超上位種や特種への攻撃手段については全く判りません。

 現地を見たことがありますが、明らかに遠距離で切り裂く攻撃と推測されますが、時空魔術ではこのような魔術は確認できていません」


 領主様や宰相様がホウと驚いている。


「ほうほう、マイは収納爆発を行うことが可能なのか?

 どのような物なのか、見せることは可能か」


 ディアス様が食いついてきた、セバスさんが耳元で何か話しているが、よいよい、と気にもしていない。


「魔術を使うことになりますがよろしいでしょうか?」


「うむ、許そう、危険が無いようにな」


 以前、視察団のチームに説明した内容を再現すれば良い。


「タニアさん、此方に手のひらを向けて下さい。

 はい、少し肘を曲げて。

 収納爆発の原理は非常に簡単です、時空魔術で物を取り出すとき、取り出した物を置く場所が必要になります」


 私が手のひらの上に水袋を取り出す。

 そして、収納する。

 その速度に驚いているクェスさん。

 次にタニアさんと手のひらを合わせユックリ取り出す。


「取り出そうとした場所に障害物が有ると、それを押し退けるように働きます。

 ゆっくり取り出そうとすると手を押し返す感じですね」


 取り出した水袋でタニアさんの手を押す。

 また水袋を収納する。


「時空魔術師、それも高度な使い手ほど一瞬で取り出します。

 そうすると、障害物と取り出そうとする空間の間に瞬間的に容量の大きな物が現れます。

 この時に強力な爆発に近い現象が生まれます」


 次は、少し早めに取り出す、ポッ、と音がしてタニアさんの手が弾かれる。

 タニアさんには収納爆発の練習を見せているから、驚いている様子は無い。


「今のでもゆっくり取り出しました、取り出す速度が速いほど、そしてその質量が大きいほど強力になります。

 聞いていた限り、英雄マイは周囲の岩を収納して崖を崩すという方法を利用した収納爆発を行っていたと推測できます」


 ん、ダグラス様が少し浅く椅子を座り直している。

 収納爆発が先王様の方に向くのを警戒しているのかな、いらない警戒だよ。


「ですが、致命的な欠点があります、収納爆発は ほとんど触れるほど近い位置でないと威力が爆発現象が発生しません。

 使用するためには対象に触れる必要があるでしょう」


 今度はタニアさんの方向から少しずらして、水袋を何時もの速度で取り出す、普通に手のひらの前に現れるだけだ。


「多少の空間があれば、収納爆発は爆発が起きずに只の収納物の取り出しの失敗と変わりません。

 一般的に時空魔法であれば、取り出す場所を確認してから行うので、収納爆発は意図的に失敗させているとも言えます」


 オーエングラム様が感心している。


「ふむ、マイよ資料で読んでいたが、実際に見るとよく判るし説明も適切じゃ。

 さて、収納爆発で遠距離攻撃は無理かの?」


「例えば岩に対して収納爆発を行い破壊すれば、その破片で間接的に攻撃を加える事は可能かと思います。

 しかし、これでも数メートルの範囲で威力も散らばってしまい効果は低くなります。

 小さい物で行い距離を得ようとすると、収納爆発を起こすための収納物もそれに合わせた小さい物にする必要があり、手で投げた方がまし程度の威力しか出せませんでした。

 収納爆発での遠距離攻撃は、私の検証では実現できていません」


「ほう、つまり軽く小さい物に収納爆発を行うのは難しい、か、使い所が難しい魔術であるな。

 英雄マイが使っていた、謎の切り裂く攻撃についてはどう思うかの?」


「それについては、判らないとしか。

 ただ、似たような現象として、風属性や水属性の切り裂く魔術、あと達人の剣士が行う空間の切断と言われる物などがあります。

 他の属性での魔術も考慮するべきかと思います」


 この現象については、実のところ再現が上手くいっていない。

 自分が使っていたのは確かだけど、その時の記憶が曖昧で5回に2回は失敗するし、威力も低い。

 何かを忘れている。

 そして、領都に来てからは実際に試すことが出来ないので検証と練習が停滞してしまっている。



「あははは、うん、どうだい?

 こんな少女がうちの魔導師の問いに淀みなく答える、それも私が理解できないほどだ。

 魔導師への推薦も当然だろ」


「はい、実際に見てみて判りました、年に見合わない見識を持ち、しかも探求を忘れない。

 魔導師としての素質は十分ありますね」


 ディアス様と領主様の間で、私とオーエングラム様の討論と言えるほどの事でも無い事で感心している。

 試されていた?

 というよりは、私とオーエングラム様で楽しんでいた感じかな。


「さて、そうしますと魔導師マイを今後どのようにするかになりますかな?

 魔法学校の職員のタニアであったな、魔法学校ではどのように考えている」


 宰相様が言う。

 どうって、現実的には魔法学校で勉強して魔術師として卒業、そしてコウの町へ戻るつもりで居た。

 でも、魔導師の格を貰ってしまった、コウの町に戻るにはどうしよう。

 タニアさんが発言を求められた、聞かないと。

 タニアさんの様子を見る、混乱している様子は無い、ということは魔法学校としての対応は決まっているのかな。


「はい、魔法学校としては3年目で魔術師として卒業して頂く予定でした。

 今回、魔導師として格を持ったことにより、魔導師の素質の有る生徒として4年目を過ごして頂く方向でおります。

 4年目が終わる所で正式に魔導師として発表しようかと」


 4年目か、フミとの手紙のやり取りでは3年目が終わったら帰れるかもと伝えている。

 また1年延びてしまうのは心苦しい。


「大筋ではそれで良いだろうな、その後が問題だ。

 魔導師とはいえ時空魔導師であるうえ、立場が確立できない。

 王都へ行くにしても領都で生活するにしても、難しいであろう」


 これは領主様。

 今の私では、魔導師といっても強力な魔術を行使できるわけじゃない。

 領軍に所属することも時空魔術師なら兎も角、魔導師ではそれなりの立場にしないといけない、が庶民出の私が入ることを是とすることは少ないだろう。

 研究に関しても、基本的には高等教育を受けた貴族出の魔術師が幅をきかせている、庶民の魔導師なんて居場所が無い。

 王都へ行く、どうなのだろうか?


「王都への招集ですがじゃ、他の魔導師達がいい顔をしないじゃろうな。

 時空魔導師として見下す可能性が高いですじゃ、嘆かわしいことに」


 オーエングラム様が嘆く、実力主義が基本であっても500年の歴史の中、貴族の権威主義がはびこってきてしまっている。

 それは魔術師でもそうだ、能力があっても貴族であれば従軍を免れることが多い。

 能力が低い貴族出の魔術師が上司になることもある、管理能力があれば良いが只のプライドだけで動く為に使い潰された魔術師も多い。


「マイ、お前に希望はあるか?」


 宰相様が私に聞いてきた。


「コウの町に戻り、時空魔術師として生活するつもりで居ました。

 魔導師となった今は、一つ希望があります」


 先王ディアス様を含む全員が私を見る。

 そうだ、私は私が理想とする魔導師に成りたいんだ。


「英雄マイの力を追いたいと考えています。

 時空魔術師としては規格外の活躍をしています、その人となり、そして謎の遠距離攻撃の解明。

 それに私自身が研究している、魔力のこの世界の理への干渉する力の法則。

 それには、コウの町で自身の施設を持ち、研究に赴きたいです」






 私を見る先王ディアス様を見つめて言った。


「私は時空魔術師、英雄マイを超えていきたいです」

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