第241話 3年目「アン」

 私アンは、コウの町のギルドマスター、ゴシュの一人娘として生まれた。

 今思い起こすと、随分とワガママな子供だったと思う。

 それに無知で無謀だった。


 それを変えたのは一人の少女だ。

 時空魔術師のマイ、今ではコウの町の英雄として語られる事が多い。

 彼女の事を始めて知ったのは父からだ、1人で冒険者として活動しダンジョンの発見をしたりした。

 私と変わらない年齢なのに、だから私にも出来ると思い込んで森に入ったりした。

 結果は酷いものだ、マイや他の冒険者が居なかったら何度か死んでいた。

 マイと違う事を思い知ったのは熊の魔獣がコウの町を襲ったとき。

 その後の活躍も自分とは違う事を思い知らされた。


 マイの様になりたい、そう思って努力をしてきた、冒険者の才能は無いならギルドマスターの父の後継者に、せめて役場やギルドで働ける様になろうと勉強や実務の手伝いもした。

 そしてマイとの差が、圧倒的に埋めがたい知識と経験があることに気が付いた。

 それでも、努力を続けた。


 マイの様になりたい、その思いは魔物の氾濫の時に突然途切れた。

 マイは巨人が率いる大量のオーガと戦って死んだ。

 片腕と片足だけが残っていたそうだ。

 マイが死んだ場所には何度も通った、町の人たちが道を作り花を植えて凄惨な場所が花々に囲まれた場に変わっていった。


 私の中で何かが変わったのを自覚したのはその頃だと思う。

 自分はマイには成れない、でもマイが守ったコウの町を守る、私達の町だ。

 そんな中、コウの町の町長のコウさんから領都の貴族院へ行くことを勧められた。

 ギルドマスターの後継者として学んできて欲しいと言う物だ。

 私はそれを受けて領都の貴族院での勉強を始めた。


 貴族院は表向きは格を持っていない子の学習機関であり全員平等を唄っているが、実質は貴族と庶民で別れている。

 別に気にならない、私はコウの町のギルドマスターの後を継ぐ事が目的なのだから、他の貴族の子たちとも衝突しなかったし、何人かの親しい友人も出来た。

 成人を迎え、何人かの男性からも交際の申し込みを受けたけど、私がギルドマスターの後継者と知ると、ほとんどの子は辞退した。

 庶民の子も基本的には出身地の何かしらの後継者になるために来ているので、友人関係以上は誰も望んでない。

 忙しくも充実した学生生活が続き、私は念願のギルドマスターの資格を得る事が出来た。

 あとは、父が引退するときに次期ギルドマスターとして領主様から認定されればコウの町のギルドマスターに成ることが出来る。

 それまでは父の片腕として働くことになると思う。


 卒業を間近にした年に、領都に先王様が訪問されることを聞かされた。

 友人に貴族の子が居たので情報は早く手に入った、人脈の大切さを噛みしめる。

 もっとも、貴族格を持っていない者が先王様の近くに行けるわけも無く、貴族院の自室で待機を命じられている。

 寄宿舎では先王様がどんな方なのかの噂が飛び交っている。


 そんな時、院長様から呼び出しを受けた。

 何でも魔法学校の生徒の付き添いを行うために私が選ばれたとのこと。

 理由を伺ったら、出身の町が一緒だったからだ、なるほど。

 庶民の付き添いに貴族の子供ではよほどのことが無いと敬遠される。


 名前を聞いて心臓が止まるかと思った。


 マイ。


 魔法学校で魔術師の認定を受けている才女だそうだ。

 心臓が早鐘を打つのを感じながら確認して、現実を知った。

 8歳の少女だった。

 当たり前過ぎる事だ、私の知っているマイなら私と同じ年齢だし魔術師でもある、今更 魔法学校に通う理由が無い。

 マイと言う名前もよくある名前だし、コウの町では英雄マイのげんを担いでマイと名付けるのが流行ったりもした。


 顔合わせをするとき、宰相様がいらした。

 一体何のための付き添いをするのだろう?

 それはマイにあったときに話すそうだ。

 応接室でマイとあった第一印象は、まるであのマイが居るかのように感じた。

 年齢に合わず落ち着いた雰囲気、華奢な体躯に強さと弱さを湛えた不思議な瞳。

 背中近くまで伸ばされた髪。

 でも8歳の少女だ、別人なのは明確だ。


 驚いたのは、マイが面会する相手が先王様である事だ。

 通常はあり得ない。

 それにマイが準・魔導師の資格を認定されるとのこと。

 凄い、魔導師様なら国内に数名しか居ない魔術師の最高峰だ、こんな子供が貰える格ではない、なんで?


 院長様が理由を尋ねられたが、詳細はぼかされていた。

 退席を命じられて、応接室を出る。


 応接室を出て、職員室の待合室で院長様が戻られるのを待つ。

 しばらくして、疲れた顔をした院長様が戻られ、簡単な説明を受けた。



■■■■



 先王様との面会は、非公式で記録上は面会ではく、資格認定式になる、んだそう。

 あれから、最低限のマナーを1日で叩き込まれた。

 貴族院の講師も焦っているようだ。


 そして、アンとの打ち合わせ。

 貴族院の講師と、魔法学校の職員のタニアさんを交えて、手順や想定される会話の受け答えを考える。


「え、席に座るのですか?」


 私が驚いて聞き返す。

 一般的に王族が居る場所では、数段下がった場所に立つか、同じ場所なら膝をつくのが正式な対応だ。

 同席するなんて、ましてや庶民の私の場合はあり得ない対応だ。


「驚きましたが、マイさんは魔導師の格を受領されます、この時点で中位貴族と見なされます。

 非公式の場での歓談ですので、特別に許可されたようです」


 講師の人も通常あり得ない事態に混乱しているようだ。

 タニアさんに至っては、「私は壁のシミになる……」を繰り返して呟いている。

 実際に着席するのは私だけで、付き添いのアンはその横に。

 講師の人とタニアさんは壁際で立ってるとのこと。


「判りました。

 まずお目通りが出来る事の感謝、そして自分の紹介。

 先王様からのお言葉と、魔導師格の授与。

 ここまでは、全員が平伏する。

 一旦退室して別室で歓談。

 先王様が満足されたら、お会いできた事の感謝と魔導師として王国に忠誠を誓って退席。

 で、合っていますか?」


 明日はもう面会の日だ、少ない情報と日数で必死に考えた手順を思い出す。

 模擬面会の練習も何度もして、一応の合格は貰った、もっとも実際にどう進むのか判らないので、気休めというか慌てないための練習だ。


「はい、マイさん。

 当日は私達が手助けすることは出来ません、くれぐれも失礼の無いようにお願いします。

 手助けは、アンさんが側に控えていますが、あてにしないよう」


「すいません、マイさん。

 私では先王様との会話でお手伝いできることは無いようです。

 勿論、可能なことがあれば手伝わせて頂きます」


 職員さんとアンが恐縮しているが、仕方が無いと思う。

 私だって、この展開は予想していなかった。

 でも、私はそんなに不安を持っていない、先王ディアス様の気質を見れば、よほどのことをしない限り大丈夫だ。

 むしろ、型どおりの対応の方が、つまらないと感じられてしまう危険がある。

 改めて、アンを見る。

 確かにアンだ、だけど一人の女性としての魅力もあり、落ち着いた物腰も以前の面影が全くない。

 それにギルドマスターの資格を得たという、人格面でも評価されたと言うことだ。

 一体何が切っ掛けでここまで変わったのかな?


「宰相様から聞いていますが、先王様は大らかな方だそうで、むしろ恐縮してしまう方が失礼になってしまう可能性が高いです。

 礼儀知らずの庶民である事を前面に出したほうがいいかもしれませんね」


 私は当日の対応でディアス様がきっと何かしでかすだろうなぁ、と思いながら言う。


「マイさん、魔導師様は中位貴族相当なのはご存じですよね。

 最低限のマナーは受けて貰うことになりますよ」


 講師の人が言う、うげ。

 マナーの煩雑さは辺境師団に居たときに貴族出身の兵士から笑い話で聞かされている、面倒くさい。

 その感情が顔に出ていたのかな? タニアさんが頭を撫でる、なぜに撫でる?


「マイさんは、何方かというと研究と探求をする魔導師様ですね。

 前線で強力な魔術を行使したり、逆に宮廷で権威を振るうのも想像できません」


 クスクス笑う。

 その様子に、みんなの緊張が少しほぐれた感じだ、仕方が無いかな。


「それはまあ、そうですけど。

 それに未だ未熟なのは理解しています、魔導師と言われても実感がありませんよ」


 私は魔導師に成りたかった、それが目の前にある。

 だけど、私が目指している魔導師って何なんだろう?

 判らなくなってきた。






「兎も角、明日はお目通りの日です、気を引き締めていきましょう」


 タニアさんの言葉に私は気持ちを切り替えようと思った。

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