第239話 3年目「元国王の来訪」

 タニアさんと私は、魔法学校の応接室で2人してだらけています。

 時間的には夕方近く、精神的に疲弊して動く気力が湧かない。


 タニアさんと領都へ戻るまでには、何度もの聴取が行われた。

 領都からも魔物の発生は見えていたようで、私達を乗せた馬車が戻ってきたときには領軍の1中隊が完全武装で待機していたほどだ。

 そして、討伐していた様子も見ていたらしい。


 まず、領軍の隊長と思われる人たちに説明する、ディさん一行が何者かは知っていたようなので、出来るだけ彼らが活躍したように話した。

 黒い大地と呼ばれている、黒い地面の状態は知っていたようだけどその中では魔物が強力になるまでは知らなかったようだ。

 戦いの様子を事細かに説明する事になった。


 次に守衛だ、領軍が領都を外敵から守るのなら、守衛は領都を内側から守る。

 こちらは困った、両軍の隊長らしい人からディさん一行の事と黒い大地の件は口止めされてしまった、なので話すときにどうしても矛盾が発生してしまう。

 その矛盾を見逃してくれるほど守衛も甘くない、おそらく諜報活動もしている部隊の人たちも加わって、あれこれと聞いてくる。

 詳しくは領軍に問い合わせて欲しいと言ってもなかなか納得してくれない。


 聴取が終わったのは、お昼も食べられずに夕方近くなってから。

 魔法学校に戻った私達は、ヘトヘトになって応接室で休んでいる所です。


 でも、まだ終わりじゃ無い。


「マイさん、魔法学校への報告書、どうしましょうか?

 書けない事が多すぎる気がします」


「タニアさん、私の実習の報告書、どうしましょうか?

 実習だけなら、大したことしていませんし、魔物の戦闘は書けないですよね」


「「はあ~」」


 2人して、大きく溜息を付く。

 夜の鐘が鳴ったので、解散となった。


 野外実習もそうだけど、実習をしました、ハイお終いではない。

 その成果をまとめて報告書として提出し、内容を認めて貰わないといけない。

 それは生徒の私もそうだけど、引率をしたタニアさんにも当てはまる。

 困ったあげく、魔法学校のかなり上の人と調整して、報告書の内容に関わらず無難に実習を行ったことにしてくれる事になった。

 魔法学校へディさん一行から何か話が合ったらしく、アッサリ認められたよ。

 でも、教師陣が慌てているのは何だろう?

 ディさん一行と魔物の発生については、改めて学校側からも口止めがされた。



■■■■



 それから数日、平穏な魔術の習熟に取り組んでいく日が続いた。

 今は、週に2回ある3年生が全員集まる授業時間だ。

 生徒の数は12人から減っていない。

 3ヶ月目で行われた試験でも皆優秀な結果を出したと聞いている。

 成績上位の2人も順調で次回は魔術師の認定試験を受けることになったと喜んでいた。


 カミガ先生が私達を見渡す。


「皆、守衛の警備だがこれからしばらくの間、更に厳しくなる。

 校門で身分証を提示してから入るように。

 理由だが、トサホウ王国の元国王ディアス様が表敬訪問のため領都に入られる。

 近いうちに、パレードが実施されて、貴族区画で式典などが行われる。

 パレードは中央通りを使われる、お迎えする沿道の人員も既に選定済みだ。

 当日は我々は学術区画から出ない、寄宿舎からの外出も控えるように」


 門番をしている守衛さんの様子が少し違っていたのはこのせいか。

 でも、もう領内に入っているんだよね、非公式の折衝せっしょうはすでに開始されているのだろうな。

 カミガ先生から歓迎のパレードは遠目でも見ることは禁止されていると注意を受けた。

 以前、要人が来たときも区画の塀から外を見る人は一定数居たそうだ。

 このときの要人は今回の先触れで事前調整だったから特に問題にはならなかったと思う。


 職員室に情報を仕入れに行く。

 タニアさんが対応しててくれた。


「表敬訪問に来られていたんですね」


 タニアさんの表情からは気疲れが感じられるよ、お茶を飲んだ後の長いため息も判る。


「そのようで、具体的なパレードの日程とかは判りますか?

 出来れば野外実習をやり直したいんですけど」


「すいません、マイさん。

 野外実習は当面禁止です、今回の件で学校側が過敏になってしまって。

 先王様が少なくても領都から別の領へ出発されるまでは学生が野外実習や依頼で領都を出るのは無理です」


 うん、おおよそ予想された返答だね。

 野外実習をやり直したいのはやまやまだけど、仕方が無い。


「あと、パレードの日程は近日中としか。

 流石に先王様の予定は回ってきませんね」


 パレードや式典の日ぐらいは公開してもおかしくないと思うのだけど、それだけ慎重になっているのかな。

 コウシャン領とトサホウ王国との関係も判らないので、なんとも言えないけど。


 ただ、嬉しい情報が回ってきた。


「一つ、マイさんに良い情報がありますよ。

 今回の表敬訪問に合わせて、国内の各施設の無償公開が行われます。

 学術図書館を明後日からしばらくの間、無料で利用できますね」


「本当ですか、これは嬉しいですね。

 調べたい事が溜まっていたんです」


「ふふ、マイさんは本当に研究好きなんですね。

 誰かの言葉では無いですが、魔導師様も夢じゃ無いかもしれません」


 私の興奮を見て微笑むタニアさん。

 うーん、そんなに分かり易いかなぁ。

 ともかく、学術図書館を無償で利用できるのは大きい、色々と調べたいことがある。


「このことを3年の他の生徒に言っても良いですか?」


「うーん出来れば、こまめに職員室に来て情報収集して貰いたいのですけど。

 そうですね、話すのは良いですが学術図書館へ一緒に行くのは禁止で。

 3年にも成って他の生徒に頼ってしまうのは良くないですから」


「判りました、では明後日から各施設で無償で使える事を伝えてその中に学術図書館があると言う感じで伝えます」


「それと、情報収集の大切さもそれとなくお願いしますね、マイさん」


 ニッコリと笑うタニアさん。

 良いように使われている気がしなくともないけど、まあ良いかな。

 3年生の皆、自分の魔法の研究と習熟に夢中になって周りが見えなくなっている傾向はあったからね。

 翌日、何人かの3年生に情報を伝えた、全員が集まるのは数日先なので他の生徒へ広めて欲しいと言い含めて。

 だけど、どうも今ひとつ盛り上がらない。

 魔法学校の図書館で事足りてしまっているようだ。

 行くことを勧めておいたけど、どうするかは判らない。


 私は、その翌日の無償公開が始まった日から、午前中の授業が終わると学術図書館に向かう日々が続いた。

 私が利用する五番目の棟の図書館に居る司書の人とも顔なじみになった、名前はお互い知らないけど。


 数日後、魔法学校の授業が終わり学術図書館に向かおうと思っていた所、魔法学校の正門で寄宿舎に戻るように守衛から指示された。


「生徒は全員、寄宿舎に戻るように。

 寄り道も禁止だ、詳細は寄宿舎で聞くように」


 同じ3年生の子と話しながら寄宿舎に向かう。


「ね、マイ、これってもしかして?」


「たぶん、先王様のパレードが始まるでしょうね」


「やっぱりかぁ、午前中に商業区域の商店で営業禁止の案内があったのよ」


 寄宿舎に戻ると、パレードのため、午後は終日 寄宿舎に居るように通達が来た。

 みんな思い思いにまとまって勉強したり、自室に籠もっていたりしている。

 遠くから音楽隊かなパレードの音が聞こえてくる、音が反響してヘンテコだけど。


 寄宿舎の事務員さんの話だと、これから数日掛けて歓迎式典が開催されるので貴族区画への接近も禁止されるとのこと。

 元々行く用も無いのでどうでもいいかな。



■■■■



 トサホウ王国の元国王ディアスは事前の打ち合わせ通りに西の門から豪奢な馬車に揺られて中央通りを進む。

 音楽隊と領軍の兵士、それに東方辺境師団の精鋭部隊がそして王国近衛騎士団が厳重に警護をしている。

 手を振るが、その先に居る人々は皆似たような服装をしていて、事前に選抜された人員であることは直ぐに判った。

 まったく意味が無いこのパレードに内心 苛立ちがつのる。

 しかし必要な行為であることも理解できる、コウシャン領が王国に対して好意的であることを行動で示すのに必要だからだ。


「しかし、どこの領でも道化のような振る舞いをしないといけないのは、うんざりするな」


 ディアスはぼやく。

 馬車の中に居るのは、護衛のダグラス、魔導師のオーエングラム、側近のセバスを含む4人だけ。

 ディアスを囲むように座り、遮蔽物の無い馬車の最後の守りとなっている。


「しかたがないのですじゃ、それにディアス様のおかげで各領との関係も改善に向かっていますぞ」


「世辞はいい。

 表面上の友好関係だけでも構築しておけばあとは息子が上手くやるだろう」


 笑顔を貼り付けて、道具のように手を振りながら、口では側近達に愚痴をこぼす。

 ふと、先日の事を思い出す。


「しかし、マイという学生は面白かった。

 いや不思議な力を持っているな、実に興味深かった。 是非もう一度会いたいな、何とかならぬか?」


 セバスがピクリとこめかみを震わせてから、頭を下げて話す。


「難しいかと、一介の魔法学校の生徒が先王様にお目通りする理由がありません」


 オーエングラムが顎髭をさすりながら、セバスを見る。

 こう言うときのセバスは他に方法が有ったとしても、先王のためにならないのなら話さない選択をする。


「セバスよ、マイを魔導師に認定するのであれば、先王様に面会の機会があるのではないか?」


「あの者に魔導師の資格があるか判りませんが、若すぎます。

 機会を与えるのでしたら成人してからがよろしいかと」


「ふむ、どちらにせよ我は現王ではない。

 しかし、そうだな魔導師の資質が有るとして推薦するのはありだろう」


「それにつきましてですが、私の方から魔法学校に魔導師の素質ありと申しつけてありますじゃ」


「ならば、それを理由にマイを召喚するのは可能では無いか?」


「……はい、可能かと。

 平民故、順序としては最後にする必要がありますが」


 セバスはオーエングラムに余計なことを言うなと睨みをきかすが、気にもしないことに苛立ちを感じる。


「ダグラス殿はどう考えるかの?」


「時空魔術師には戦闘能力が無い、ですので興味はありません」


 外の様子を伺いながら言い捨てる。

 補給部隊の重要性は理解している、そして時空魔導師の有用性も、だが近衛部隊の隊長としては純粋な戦力が最も優先される。

 マイを見た、虚弱な体躯に戦闘には向かない適正の魔術。

 関心を持つに値しない。


「うむ、さっそく領主にマイの召喚を伝えよう。

 なに、公式の場である必要は無い、むしろ非公式の方が楽しめよう」


 ディアスは楽しげな顔を一瞬する。

 私が元国王と知ったらどんな対応をするのだろうか、今から楽しみだ。


 パレードも終盤に入ってきた。






「さて、あの先を曲がれば貴族区画への道になります」

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