第238話 3年目「本来の魔物」

 黒い雫が現れた。

 何で? 少なくても私がコウの町と領都コウシャンに居る間に発生したと言う事は聞いた事が無い。

 それとも、聞いていないだけで現れていた?


 探索魔術を行使する、他に現れたら対応しきれない。

 他には反応が無い、けど、黒く染まった大地からは嫌な反応がする。

 大地に広がった黒い物は私と2人の剣士の足元を覆う。

 が、なんだ? 私の足の周りだけ黒い物が避けている。

 兎も角、黒く染まった大地から離れて、タニアさんの側まで下がる。

 ナイフを収納から取り出す。 今の私の腕力ではショートソードだと重い。

 何だろう、凄い嫌な予感が止まらない。

 タニアさんが私の横に来て、2本のショートソードを抜いている。

 そして私を庇うように立つ。


「マイさん、私が前衛をするので魔法での攻撃に集中してください」


「タニアさん、嫌な感じがします。

 あの黒くなっている地面には近寄らないで下さい」


「判りました」


 と、黒く染まった大地の中に居る、弓を使っていた剣士が剣を抜いて突っ込んでいく。


「待って! 迂闊に踏み込まないで!」


 私が叫ぶが聞き入れられない。

 黒くなった地面の中を走って魔物に向かっていく。

 ゴブリンがすくりと立つ、長く太い両腕で。

 そしてその腕でドスドスと移動する、私の知っているゴブリンの動きじゃ無い。

 兵士も驚いたのだろう、立ち止まって受ける態勢を取る。

 近づいたゴブリンを叩き切る様に剣を振り下ろすが、それより別のゴブリンの方が早かった。

 ゴブリンが、両腕を足のように使い、回し蹴り? を打つ。


 ゴシャ


 鈍い音と共に剣士が宙を舞う、そして落ちる。

 遠目で腕が折れているようだけど動いている、死んではいないみたいだ、でも立ち上がれないで居る。


 キーキーキー。


 不愉快なゴブリンの泣き声がする。

 もう1人の剣士が距離を取りながら剣を振るう。

 腕で簡単に止められる。

 やはり私の知っているゴブリンの動きでも強さでも無い。


「うそ、ゴブリンってあんなに強いの?」


 タニアさんが驚いている。

 共有されている情報では、ゴブリンは掴む力が強いだけで非常に脆弱な魔物となっているはずだ。


「マイ、あれをどう見る?」


 オーエンさんが何時の間にか私の横に来ていた、え、良いの?


「オーエンさん、ここに居て良いんですか?

 私も初めて見る現象です、ゴブリンの強さは異常です、いや動きがむしろ自然ですねあれが本当のゴブリンでしょうか。

 となると、オークはもっと警戒が必要です」


「あちらは任せてあるから大丈夫じゃ。

 うむ、そうじゃな。

 しかし如何しようか、あの強さでは迂闊に攻められないぞ」


 さっきから黒い地面が気になってしょうがない。

 そうだ、黒い地面じゃ無い、あれは黒い雫が地面に張り付いてる、あそこは黒い雫の影響下と考えられるか?

 だったら。


「オーエンさん、範囲攻撃は可能ですか?

 あの黒くなっている地面を攻撃して下さい」


「ぬ?

 魔物じゃなく地面じゃと、なんでそこを攻撃しようと思うのかの」


「確証はありません、ただ、あの黒い地面をそのままにしておくのは酷く危険だと感じます」


 探索魔術でも黒い地面から弱いけど黒い雫と同じ反応がある。


「試してみようかの。

 おい、黒い地面から離れろ!」


 剣士はゴブリンに何とか剣を当てているが、攻撃が通っていない、オーエンさんの言葉を聞いて下がる。

 オーエンさんの近くに来てタニアさんと並んで剣を構える。

 オーエンさんが両手を向けて土属性の攻撃魔術を放つ。

 岩が雨のように降り注ぐ、凄い規模だ、だけとゴブリンとオークはそれを器用に弾きダメージが無い。


「駄目じゃの」


 オーエンさんが呟いたとき。


 パキャ


 黒い雫が割れたときと同じ音がする、そして地面が元の草原に戻る。

 ゴブリンが突然倒れて両手両足で体を支え出す。


「タニアさん、ゴブリンに一撃入れて直ぐに離脱してみてください」


「はい!」


 タニアさんが素早い動きでゴブリンに接近して首を狙う。

 ゴブリンの動きは緩慢だ、私の見た事のあるゴブリンと同じ。


 サクッ、そんな音が聞こえた。

 タニアさんの鋭い一撃はゴブリンの首を易々と切り飛ばし、首の無くなったゴブリンはゆっくりと倒れる。

 行ける。

 それを見ていた剣士が2人切り込んでいく、今度はアッサリと残りのゴブリン2匹を切り落とすと、オークもアッという間に倒してしまった。

 強いよ剣士さんたち。



■■■■



 戦いが終わって、剣士の方々が後処理をしている。

 私は久し振りの実戦での意識の切り替えに戸惑っている。


 混乱の元の戦いの考察をしてみよう。

 一番の問題点は、魔物がゴブリンが異常に強かった事だ。

 と、同時に腑に落ちた事が有る。

 500年前の魔物の氾濫、この時は今と違い戦争をしていたぐらい国の力も強く人口も多かった。

 規模が大きかったとしても、5年前の魔物の氾濫の魔物の強さならもっと被害が少なくて済んだんじゃないかと思っていた。

 人口が100分の1になるまで消耗する戦いが想像できていなかったが、もし黒い大地で地面が染まり、本来と思われる強力な力で襲いかかっていたのだったら。

 オーエンさんからの言葉で施行が中断される。


「マイ、あの黒い地面が魔物を本来の強さにしているとなると、厄介じゃぞ。

 あの黒い地面じゃが、幾つか報告がある」


 私はオーエンさんを思わず見る。


「魔物は黒い雫は、魔物の反乱 以降も発生していたんですか?」


「ああ、数は少ないが発生している。

 このことは今は内密じゃぞ、余計な混乱をうみかねん」


「判りました。 あの黒い地面は何なんでしょうか?

 探索魔術では黒い雫に近い反応でした、それに強い魔力反応も」


「判らん、というしか無いな、この事も公言は禁止にする」


 タニアさんが私の隣で聞いていたけと、それに反発する。


「すいません、箝口令を敷くのでしたら、お立場をお教え願えますか」


 あ、そうたった。

 ディさん一行は表向きは冒険者一行になっている。

 なので、現状は命令を行える立場じゃ無い。


「そうじゃった、魔導師オーエングラムじゃ、ワシの権限で箝口令を敷かせて貰う」


 オーエンさんが、懐からなにかの紋章エンブレムを取り出して見せる。


 魔導師! 私の心臓がドクンと鳴る、本物だ。

 立場で言えば中位貴族相当で領主様でも命令する事は出来ない。

 そして存命しているトサホウ王国の魔導師は数名しか居ないはずで、全員王都に居るはず、その1人がここに居ると言う事は、一体どういう事なんだろうか?

 考える、そうだ要人が領都に来る予定だった、そしてブラウンさんからの情報がある。

 なら、ディさん一行は。

 私がディさんを見る。


「判りました、魔導師様のご指示であれば了承します」


 タニアさんが話しているけど、私は別の理由で緊張している。

 ディさんが両手を広げてやってくる。


「素晴らしい戦いだったぞ、うん、何があったのか判らないが不思議だ、うん、マイ! 君は不思議だね!」


 ディさんが私の肩を掴み軽く揺する、でも私はそれどころじゃ無い、だって目の前に居る人物は、トサホウ王国の元国王 ディアス様なんだから。


「は、はい」


「あはは、緊張しなくても良い、うん、戦闘の指示もオーエンと並び素晴らしかった。

 うんうん、君は魔導師に成るべきだね」


 盛大に汗が流れる、愛想笑いしか出来ない。

 その後、ディさんは魔物を見に行ってしまった。


 時空魔法が使える剣士が居るみたいで、倒した魔物の魔石を取り出すと収納していく。

 テントとか椅子とか収納しているのかな。

 側に控えているクェスさんも私を尊敬するような目で見ているし居心地が悪い。

 セバスさんは変わらないな。

 大剣を持っているダグラスさんは、他の剣士へ指示を出しながら、負傷した剣士の様子を確認している。

 どうやら命は助かったみたいだけど、立ち上がれないで居る。


 その様子を見ながら、自分が酷く混乱している事を自覚している。

 冷静になろうとしているけど、上手くいかない。


「マイさん、大丈夫ですか顔色が悪いですが」


「タニアさん、色々ありすぎて混乱しています、すいませんが少し休ませて貰えませんか」


「ええ、もちろん。

 お茶を入れましょう」


 私達が休んでいた場所に戻る。

 タニアさんがお茶を入れてくれている間、私は空を見上げながら情報を整理する事に集中した。


「魔物の脅威は去っていなかった、コウの町はどうなっているんだろう?」


 私が目覚めてから魔法学校に向かうまでの間、ギムさん達は魔物の脅威が続いている事を話していなかった。

 単純にコウの町で魔物が出現していないのか、私の事を考えて黙っていたのか、それは判らない。

 でも、コウの町へ戻って守りたい。 大切な人たちを。

 冷静になれ、情報を再度確認しよう。


 今も黒い雫は発生している、魔物がダンジョン以外からも発生し脅威となっている。

 だけど、魔物の脅威を乗り越えた人たちだ、普通なら何とかなるはずだ、普通なら。

 あの黒い地面、大地を黒く染めた中では魔物の力は桁違いに上がる、そしてその動きから本来の力は強力であることが推測される。

 黒い大地は黒い雫と同様に攻撃する事で破壊することが可能だ、破壊してしまえば魔物は弱体化する。

 弱体化?

 私が戦った、オーガやその上位種、それに巨人、本来の力は一体どれほどなんだろう?

 想像したくない。

 動きが限定的だったのは、この世界で弱体化したせいか、理由は判らない。 検討課題だ。


 そして、ディさん一行だ。

 トサホウ王国 元国王ディアス様とその一行、魔導師オーエングラム様、ならセバスさんは側近だろうし、ダグラスさんとその部下の剣士は王国近衛騎士団になる。

 こんな所で何しているのだろうか。

 私が、ディさんが元国王であることを知っていることは気が付かれてはいけない。

 その情報は本来私が持っているような物じゃ無いから。


 そんな事を考えていたら、立派な馬車が2台と、人を乗せていない騎馬6頭を連れた剣士が来る。



「魔術師マイさん、貴方に会えて何か判った気がします、もし会えたまたご教示してください」


「ええ、是非」


 クェスさんがすっかり人懐っこく挨拶してくる。

 両手を握る、顔が近いよ。

 おかげで私は少し冷静になれたかな、別れの挨拶をする。


「うむ、マイ。 今回の魔物との戦い見事じゃった、また会おうな」


「はい、魔導師様にも是非お言葉を頂きたいです」


「はっはっはっ、ただの爺じゃよ、普通に接してくれ」


「えっと、はい。 オーエンさん」


 ニコリと笑う。

 と、頭を撫でられた、何故に?

 そして、魔王もとい元国王が来る。


「マイ! 君との冒険は実に刺激的で興味深く不思議だった、是非ともまた一緒に冒険しよう」


「はい、機会がありましたら」


 少し緊張しながら返答する。

 終始ご機嫌だ、うーん、この人が王様だったのかぁ。


「ご苦労でした、最後は不可抗力でしたが、お見事です」


 そう言うと、セバスさんは直ぐに馬車に行ってしまった。

 褒められたのかな?

 ダグラスさんは結局話す機会は無かった。


 彼らを乗せた馬車が領都へ向かっていく。

 それを見送る。

 その後、私達も撤収の準備を終えて、街道沿いの停車場で馬車を待つ。

 会話する気力も尽きてしまって、2人でボーッとたたずむ。



「マイさん、どうかしたんですか。

 魔導師様に会えて緊張したとか?」


 あ、タニアさんは気が付いて居ないのか。

 ある程度は話しておかないと不味いかな。


「タニアさん、ディさんですが、魔導師様を同行させているほどの人物なんですよ」


「え、ええ凄いですね、さすが上位貴族です」


「違います、上位貴族でも中位貴族相当の魔導師様を同行させる権限はありません。

 出来るのは、その、おそらく王族です」


「え、冗談ですよね?」


「冗談抜きです。

 魔導師様は国内に数名しか居ません、そしてその魔導師様に指示が出せるのは国王か血縁関係が近い王族に限られます。

 多分ですけど」


「は、はは、えっとどうしましょうか?」


 今頃になって、タニアさんが盛大に冷や汗を流している。

 気持ちは判るけど、元国王と知ったら、もっと大事だろうね。






 タニアさんが涙目になって私に言った。


「マイさん、知らなかった方が良かったという言葉がありますよ」

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