第236話 3年目「散策たぶん」
朝食を終えて移動の準備をしていると、ディさんが供のオーエンさんとセバスさん、あと剣士を2人を連れてやって来た。
別れの挨拶であって欲しいと思っていたら。
「やあ、お嬢様方、本日は一緒に行動しましょう」
と、ディさんが言った。
予想通りというか、もっと遠回しに来ると思っていたので呆れてしまう。
「ご提案には感謝しますが、これは魔法学校の授業の一環での野外実習です、皆様方と一緒では授業になりません」
タニアさんが丁重にお断りする。
しかし、ディさんは大げさな身振りで悲観に暮れているように振る舞う。
「例えそうだとしても、可憐な女性方が森に入るのを見過ごす事は出来ません。
授業を進めてください、我々はそれを見守りましょう。
直ぐに我々も準備しますので、少々お待ちください」
そう言って、ディさんが剣士と一緒に戻っていく。
けど、オーエンさんとセバスさんは残ったままだ。
無言で立ってる、正直怖い。
一番話しやすいのはオーエンさんか、兎に角 話そう。
「オーエンさん、私達は森の中に入る予定なんですが」
「すまんなマイ、森の中は浅い所だけにしてくれ。
具体的には平原が見える範囲じゃ」
それ、森に入るとは言わないから。
頭を抱える。
セバスさんは私達を見下ろしながら続ける。
「旦那様のご意向は絶対です。
また、危険に晒すようなまねは絶対に控えてください」
異論を許さない、有無を言わさない感じだ。
危険に晒したくなければそっちで何とかしてよ、個人的には好きになれないな。
とはいえ、今のところできる事は限られている。
「タニアさん、昨日言っていた湧き水がある所はどの程度 森に入った所ですか?」
「湧き水ですか、100mも無いですよ。
岩の隙間から湧き水が湧いていて、平原からも木の隙間から見えます」
「では、今日の目的地はそこにしましょう、近すぎますが。
で、湧き水の所で休息。
その後は平原に出て魔術の訓練と昼食をする。
昼過ぎに移動をして午後の早い時間に街道近くの野営地に着いて野営準備、でどうでしょうか?」
「ぜんぜん授業になっていませんが、仕方が無いですね」
「で、問題ありませんか?」
私はオーエンさんとセバスさんを見る。
「まあ、良いじゃないかな?」
「はい、あと旦那様を楽しませてください」
また無茶振りだよ、こちらが断れない事を知っていて好き勝手言っている。
「何をしろと言うのでしょうか?」
「それを考えるのもあなた方の仕事です」
「私は魔術の実習をしに来ています」
「旦那様のご意向の方が優先されます」
埒が明かない、これだから支配階級の人間は好きになれないんだ。
タニアさんが私の前にでてセバスさんに対峙する。
「こちらは、ここまで譲歩しました、後の事はそちらでやってください」
タニアさんが食って掛かった。
セバスさんの眉が不愉快そうにピクリと動く。
「不遜ですね」
「私達はあなた方の本当の身分を全く知りません。
冒険者という事になっていますよね、なら今は対等の立場として対応して頂かないと納得できません」
「むっ、察しているのなら……」
「やめんかセバス。
こちらのワガママに付き合わせてしまっているのに誠意も見せんとは、お主の方が礼儀知らずであるぞ。
ワシらは旦那様と旅をしている護衛の冒険者じゃて、身分を笠に着るのは愚かな行為じゃぞ」
「そう言いますが、旦那様のご意向を考えますと」
「それ以上、我を通すというのならワシはこの旅から抜けさせて貰うぞ」
「……申し訳ありません」
「謝る相手すら間違えるかのう」
オーエンさんが割り込んできて、セバスさんをたしなめる、立場としてはオーエンさんの方が上か、ん?
セバスさんはディさんの側近だよね、それよりも立場が上って魔術師じゃ考えられない、別の役職かもしかして。
あ、セバスさんがこちらを向いて頭を下げた。
「ご不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。
出来ましたら、旦那様のご意向を可能な限り汲み取ってください」
キッチリとした謝罪だけど、目は不愉快である事を隠していない。 こめかみがピクピクしてる。
セバスさんも可能な限りの謝罪なのだろう、これ以上は争っても無駄だ。
「判りました、しかし私達の何が旦那様ですか? の興味を引いたのか判りません。
意向を汲むにしても、何をどうしたら良いのでしょうか?」
私がオーエンさんに聞く、蓄えた白い髭を撫でながら考え込む。
「そうさな、強いて言えばマイが不思議で面白い人物であるから、じゃな。
その年でワシも驚くほどの魔術の造詣が深い、それに魔術の精度じゃ、これだけ精度が高い魔術を行使できるのに どれだけの研鑽を積んだのか、ワシも興味がある」
考え込む、今日やろうとしている事は、見た目には非常に地味だ探索魔術を行使しても普通の人からは何しているのか判らない。
平原で試す魔術も、距離や影響範囲を確認するだけで威力や派手な効果は目指していない。
野外実習で使用する魔術に関してはタニアさんも知っている、タニアさんを見るけど首を振るだけだ、そうだよねえ。
結局、良い方法も見つからないまま移動する事になった。
今日の行動予定は、セバスさんから全員に情報共有されている模様だ。
■■■■
川沿いをタニアさんと歩く、時折 探索魔術を行って周囲の確認をする。
うん、私達の後ろをゾロゾロとディさん一行が付いてくる。
「やりにくいですね、居心地が悪いです」
「仕方が無いとはいえ、本当にそうですね。 あ、鹿です親子でしょうか?」
タニアさんが鹿の親子を見つけ指を指して教えてくれる、向こうも親が気が付いてこちらを注視している。
子鹿は水を飲むのに夢中だ。
私の探索魔術でも一応反応はあったけど、脅威では無いと無視してしまっていた。
後ろから、鹿を狩ろうかとか話をしているけど、オーエンさんかな? 親子の鹿は狩猟してはいけないと釘を刺している。
ある程度近づいた所で鹿の親子は森の中に入っていった。
ほんの数時間で湧き水の所まで到達する。
小さい湧き水が数カ所から出て居る、1カ所でコップ一杯を溜めるのに1分くらい掛かる。
染み出ていると言った方が良いのかな?
大きめのフキの葉を使ってまとめて水を汲み、水袋に溜めていく。
野外実習なので水の確保も必要な作業だ、もちろん水属性の魔術で水を作れるけど、魔力の消耗を控えたり理由はある、けど単純に魔術で作った水は美味しくない。
「ではマイさん、ここで小休止をします。
足が疲れていたらマッサージとかしてください」
「はい、周囲の探索魔術の結果は大きな動物は反応無し、目視でも大丈夫そうですね」
周囲をキョロキョロ見渡しながら答える。
魔術師の悪い癖に、探索魔術に依存してしまい、目視や音での注意や視線を感じるというような感覚的な注意を忘れてしまう事がある。
小さい蛇や昆虫など毒を持っている危険な生物を見落としたりするので普段から自分の五感を使っての注意はするようにしている。
その様子をみて満足そうに頷くタニアさん。
私達が湧き水の所から離れて休息していると、ディさんが湧き水を興味深く見ている、どれだけ自然を知らないのだろうか、ただの湧き水を面白がっている。
毒見をしないと、とか聞こえてくるけど湧き水に毒が入っているかは周囲を見れば判るんだけどな。
あ、私達が毒を忍ばしている可能性も加味しているのか。
はあ、溜息を付いてしまう。
周囲を更に念入りに探索魔術で確認する。
目一杯広げても人の反応は無い、それにオーエンさんの探索魔術も時々感じ取れる。
護衛の剣士達も隙なく周囲を探索している。
ディさんが満足したのだろう、その様子を見て今度はそのまま平原へ移動する。
私達の行動の説明をセバスさんがしているのかな、ディさんの側で何か話している。
森を抜けて、川を渡り平原に出る。
見通しが良いので、遠くに領都コウシャンの外壁が小さく見える。
幾つかの魔術を試していく、どれも魔法学校の実習で行っている基本的な魔法を魔術レベルまで引き上げた物だ。
チラリとディさん一行を見ると、椅子とか出して何か飲んで寛いでいる。
見ていて面白い物じゃ無いからね。
少しだけ驚かそうか。
小さめの氷の槍を作り出す、それを回転させて安定させる、そして打ち出すときにお尻の部分の氷を昇華させて気化させる。
ボッ!
瞬間的に爆発的な推進力が生まれて500m先の地面を
うん、良い感じだ。 私の魔術でもここまでの威力があれば十分遠距離攻撃として使える。
ただ、打ち出すまでに氷の生成、回転の付与、照準と氷の一部を昇華させる、と手順が多すぎる。
砲台としてならそこそこ使えるかもしれないけど、相手に見られてしまっては簡単に避けられそうだ。
まだまだ改良の余地がある。
「マイさん、今のは?」
「氷の槍と言った所ですか?
小型のバリスタほどの威力は出て居ないですね。
あと、発動までの手順と時間が掛かりすぎです、魔力もそれなりに使いましたし、連発は難しいですね」
腰に手をやって、ヤレヤレと息を吐く。
シーテさんならこれぐらい移動しながら連発していただろうな、自分の未熟さを思い知るよ。
「今の何!
どうやったのよ!」
えっと、クェスさんだったっけ、が私の今の魔術を問いただしてくる。
当然だけど律儀に答える気は無い。
オーエンさんがのんびり後ろから歩いてくる。
「どうって、見た通り氷を飛ばしただけですが」
「飛ばしただけって、何でどうすればそんなに威力が出るのよ?」
私はオーエンさんを見る、呆れているようだ。
「失礼ですが、魔術師を目指しているのですよね、でしたらまず何が起きているのか分析して自分なりに検討してみてはいかがですか?」
カッと顔を真っ赤にしている。 馬鹿にされたと思っているのかな? うんそうです。
昨日、水の状態変化を見て説明を聞いているよね、それを覚えていれば答えにたどり着くのは容易のはず。
「判らないから聞いているでしょう!
庶民のくせに生意気よ、良いから答えなさい!」
「クェス」
オーエンさんの声にビクッとなって振り返るクェスさん。
オーエンさんの声には怒りが含まれている、正直私も怖い。
「まず、お前の考えを聞かせて貰おうか。
何も考えていない様なら、少し考えねば成らん」
何を考えるのか判らないけど、クェスさんが盛大に狼狽えているのが判る。
あと、クェスさんも貴族だったのか。
「し、師匠、それはそのえっとですね。
水をから氷を生成して、それからその、何かしたら急に飛び出してですね、えと」
そこで黙り込んでしまう。
最初から間違えてる、氷は直接生成してるし、回転させるのは土属性の攻撃魔術では定番の手法だ、それを見逃している。
昇華させた所は判らなくても仕方が無いかも知れない、でも氷を気化させると約6000倍以上になると文献にあった、その威力を知っていれば打ち出したときの威力に気付けたと思う。
「クェス、お前は魔法を使う能力は高いが、考察する力に欠ける。
魔術師は書籍に書かれている魔術をそのまま使えば良いという物では無い、それでは魔法と同じだ。
状況に合わせて最適な魔術を選択し行使するための応用力とそれを支える知識と技術が必要なのは判っているな。
何が起きているのか、状況を正確に分析するのも大切な能力じゃぞ」
クェスさんは何も言わず俯いている。
「クェス、今マイがやった魔術がどんな物なのか今日中に考察しなさい、夜にその結果を聞く。
マイ、済まないが何発か行使してくれないかな?」
オーエンさんが私に頼んでくる。
クェスさんが涙目になって私を睨むけど、だから自分の責任をこっちのせいにしないで。
「判りました、少しユックリめに行使します。
2回で良いですか? 一度に消費する魔力量が多いので負荷を考えるとこれ以上は使いたくないです」
「良いともじゃ」
今度は、クェスさんとオーエンさんが並んで……ディさんも後ろに居るよ何時の間に?
氷の槍をユックリ生成して回転、狙いはさっきの場所、正直 命中率は低い昇華させたときに照準がブレてしまう。
昇華させて打ち出す、さっきの場所から数メートル離れた所に着弾する、うーん、何か打ち出す時に安定させる方法はないかな?
少しタニアさんの感想を聞いて改善点を考える、それからもう一度行使する。
打ち出すときに氷の槍を回転させている場を維持する時間を長くしてみた、けどやっばり狙った位置に着弾しない。
「タニアさん、実用にはまだ課題が多いですね。
行使するのに掛かる時間と手順に必要魔力量、それに命中率が悪すぎです」
「それでも、これだけの威力を適性が無い属性で行使できるのですから凄いですよ。
マイさん、これ教科書に載っていない魔術ですよね」
「え、ええ、でも学術図書館の書籍には、このままでは無いですが載っていますよ」
「あ、そうでした。 マイさんは学術図書館にも通っているんでしたね」
「通えませんよ、お金が掛かりすぎて、どうしても判らないときにやむを得ずです」
クェスさんを見る、口元に手を当てて何か必死に考えているようだ、そっちに夢中になってくれていれば実害は無いかな。
ディさんが盛大に喜んでいて、オーエンさんに色々聞いている。
そんなに面白かったのだろうか?
それから昼食をディさん一行に誘われて一緒に食べた。
機嫌の良いディさんにセバスさんも満足そうだ。
こちらとしては、気を使いすぎて美味しい昼食を味わえないのですけどね。
食後は、結界魔術の行使を実習した、土属性でも確実に発動できるのが100m程度かな?
結界と言うには狭い、実用は森の中でなら何とかかな。
適当な所で切り上げて野営地へ移動をする。
「マイ、すまんの、タニアが迷惑掛けるようなら言ってくれ」
「いえ、オーエンさん、魔術の考察に夢中になってくれていれば大丈夫だと思います」
「ふむ、そうじゃな、何か私に聞きたい事があれば答えるぞ。
もちろん答えられるような内容になるがな」
ほう、オーエンさんは相当な魔術師で知識も多分凄い、何を聞こうか。
少し考えて、聞く。
「魔力とは何でしょうか?」
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