第235話 3年目「散々な野営」

 統一された冒険者の服装、どれも高級な素材でそれっぽく作られていて、違和感ばかりだ。

 あげくに、腰に下げている剣はつかの飾りだけ見ても高級品なのが判る。

 私の心の中には面倒くさい、と何度もリピートしている。


「さて、招いた以上は挨拶をせねばな、私はディさんとでも呼んでくれ。

 横に居る爺がオーエンだな、その孫でクェスちゃんだ」


 ディさん……きっと本当の名前はもっと長いのだろうね。

 オーエンさんは杖をついているが足腰はしっかりしている。

 クェスちゃんと呼ばれた女性があからさまに嫌そうな顔をしている、血縁関係があるかは知らないが面影が無いので、そういうことにしておくと言う事だろう。


「横に居るのがセバスだ、怒らせると怖いぞ。

 大剣を持っているのが、ダグラスだな。

 他のはダグラスの部下、いやチームメンバーだな」


 セバスという人、戦闘系に見えないのに強そうな印象がある。

 先ほどから、お茶を配ったり簡単な焼き菓子まで手渡されてしまった。

 ダグラスという人は見た目通りだ、屈強な体格にそれに見合う大剣、ギムさんを思い出すギムさんよりも一回りは大きい。


「私たちは各地を旅をしていてね、見聞を広めるというやつだ。

 隠居の道楽という所だね。

 して、君たちの事を知りたいのだけど良いかな」


 ここまで紹介されてしまっては答えないのは失礼に当たる、貴族である可能性も高いので対応は慎重にしないと。


「私はタニア、魔法学校で職員をしています、今回は彼女の野外実習の引率として同行しています」


「私はマイ、魔法学校の3年生です。 今回は探察などの広範囲に影響する魔法を使うので人が少ない場所まで来ました」


 私達は簡単な自己紹介をして頭を下げる。

 あんまり興味を持たれなかった様だ、うん良い感じ、ではない。

 ディさんが明らかに興味深そうな顔をしている。


「ふむ、マイさんや3年と言う事は魔術師候補なのかな?」


 オーエンさんが聞いてくる。

 答えるべきか逡巡し、タニアさんを見る。


「マイさんは魔術師の認定試験に合格しています。

 ですから、今回のような野外実習が認められているんです」


 タニアさんが言葉を選びながら言う。

 オーエンさんの弟子? のクェスさんが私を見る目が厳しくなる、嫌だなぁ。


「ほおほお、その年で魔術師とな。 オーエン、お前から見てどうだ?」


「素晴らしい才能ですな、是非とも魔術に関して話をしたい所ですじゃ」


 あ、セバスさんが何かの紙をオーエンさんに手渡した。

 それを見たオーエンの目が開く。


「おお、基本属性を状態と定義しその実証を試験で行ったのか!

 この事はワシらでも理解しているのは少ないというのに、本当に素晴らしいじゃ」


 私の進級試験か魔術師の認定試験の内容なの?

 なんでそんな物を持っているのか判らない、タニアさんを見るが首を振る、知らないようだ。

 警戒度が引き上がる、他の領だけどコウシャン領の領都の内部事情を詳細に知る事が出来る、しかも魔法学校の一生徒の情報まで入手している。

 何者達なんだろう。

 知りたい気持ちもあるけど、それ以上に関わる危険性の方が高い。


「師匠、その状態というのは何でしょうか?」


「お主は少しは考えると言う事をせぬのか、だから準・魔術師のままなんじゃよ」


 あ、嫌な予感。 と思ったら案の定、クェスさんから睨まれる。

 だから、自分の事の原因と責任を他人の性にしたら駄目なんだって。


「すまないが、私には意味が判らない、是非とも見せてくれないかな。

 少ないが報酬も出そう」


「ワシからもお願いしますじゃ」


 凄く嫌だけどな、タニアさんを見る。

 タニアさんも微妙な顔をしている、学生ギルトを経由しない依頼を受ける事は推奨されていない。

 でも目の前に居るのは、よく判らないが他の領の上位貴族だ、ここで不遜を買って領同士の関係が悪くなるのも避けたい。


「すいません、マイさん。 進級試験で行ったのを実演して貰えませんか」


「しょうがないですね」


 セバスさんがこちらが乗る気ではないのを責める目をしているけど、初対面でしかも囲まれた状況で不快なの位はくみ取って欲しい。


「では、水を使った基本魔法の6属性の状態変化に関して実演します」



 私は3年への進級試験で行った水の状態変化の実技を再現した。

 一通りやって見せた第一声が。


「水が燃えるなんて信じられない!」


 クェスさんの反論だった。

 でも燃える理由も水自体は燃えた結果としての産物である事も説明した、これ以上は説明のしようがない。


「クェスよ、説明を聞いておらなかったのか?

 理解できなかったからと言って反射的に否定するのは良くないぞ」


 オーエンさん、弟子の教育頑張ってください。


「しかしの、水が分解して可燃性の気体になる事も、水が燃えた結果の生成物というのは驚きじゃ、ここまで研究している魔術師も少ないじゃろうな」


 そうだろうか?

 元視察団チームの魔術師シーテさんだって火と土の属性の造詣は深かった、可燃性の土と火と風を組み合わせた複合魔術なんてオリジナル魔術を開発するほどだった。


「しかし師匠、時空魔法使いなんですよ。 おかしいですよ」


「あのな、時空魔法に適性があるだけで、他の属性が使えないという理由にはならんじゃろ。

 現実に、彼女は6属性全てを使いこなしておる」


「私より子供なのに、なんでよ」


 クェスさんが立ち上がると、テントの方に向かって行ってしまった。


「いやはや、素晴らしい不思議だ、実に興味深い。

 普段ただの水だと思っていたが、こう改めて見ると不思議な特性を持っている物なのだな」


 ディさんがまた大きなリアクションで話す、上機嫌だ。


「マイ、お主はまるで魔導師だな、いっそうのこと魔導師を目指してはどうかな?」


 ビクッと体が反応する。

 何を言っているんだこの人は。


「オーエンよ、魔導師の資格はあると思うか?」


「ええ、この年でここまでの考察をし実証しているのです、十分に資格はあるでしょうな」


「魔法学校のマイ、覚えておくぞ。

 いや今日は久し振りに楽しい、是非食事も食べていってくれ」


 有無を言わさず、というより言う雰囲気じゃ無かった。

 周囲の警護をしている剣士の方からも、是非にとお願いされてしまった。

 どうも、ここしばらくは機嫌が悪かったらしい、なので私達という興味深い存在が居てくれないと困ると、タニアさんが最初は「これでは野外実習にならない」と、ごねてくれたけど駄目だった。


 食事中も、オーエンさんやディさんから色々な質問が投げかけられる、何とか答えるが疲れる。

 なお、料理は野営食とは思えない絶品だった、ゆっくり食べたかったよ。



 日が沈んで ようやく解放されたので、収納空間に入れてあった川魚を処理する。

 腹開きにして、魔術で乾燥させて保存が効くようにした、本当は天日で干した方が美味しいんだけどね。

 場所は、何とか交渉して野営地の隅にテントを張る事が出来た。


「タニアさん、なんか妙な事になりましたね」


「ええマイさん。 彼らは貴族様なんでしょうか、しかも他領の」


「でしょうね、しかも ここに来る可能性のあった私達の情報まで持っていました、上位貴族なのは間違いないですね」


 小型の焚き火台で薪を燃やして、お茶を入れて飲む。

 離れた所には、大型のテント1つと小型のテントが幾つか見える、そして焚き火がそれらを照らしている。


「出来るだけ関わらない方向で良いですか? マイさん」


「同意です、他の領の上位貴族様なんて一緒に居たら胃に穴が開きそうです」


「そうですね、とはいえあちらがどうするか判らないのが不安です」


 結局、ディさん一行は森で冒険者の真似事をしているらしい、というのが判った程度だ。

 そして領都でも東西南北の門に近い森は肉食獣は刈り尽くされている安全な森だ。

 冒険者という響きに憧れて真似事しても、ただの森の散策になってしまう、つまらないのだろうな。

 護衛の人にとっては、肉食獣とか危険に直面するのは回避したいだろうから何ともだけど。

 だからこそ、私達みたいな無害で興味を引きそうな存在は有り難いと言うところかな?


「明日は、1日掛けて森の中を採取して回る予定ですが、どうなるのでしょうか?」


 疑問点だ、ディさん一行は森の中のような場所に入るのは避けたいだろうから、森の周辺を移動するだけだと思う。

 上手く別行動できるのなら有り難いのだけど、ディさんから妙に気に入られている、一緒に行動したいと言いかねない。


「判らないわね、マイさんが魔術の行使のために野外実習しに来ている、と言う事を言うつもりだけど、相手はワガママな貴族様だからね」


 タニアさんも判らないようだ。

 夜も遅くなってきた、夜番を行うつもりだったけど、ディさん一行の人たちがやってくれると言ってくれた。

 でも、信用はしていないので2人で交代して夜番をすることにした。


 あ、土属性の結界魔術が行使された感じがした、オーエンさんが行使したのかな?

 範囲は判らないけど、かなり広い。 相当な使い手なのだろうな。

 結界の効果は、侵入防止と侵入者検知の両方が付与されている、大した物だと思う。


 夜番は必要ないかもしれないな。

 夜番は最初にタニアさん、そして私の順番。

 テントに入って直ぐに横になる、出来るだけ長く寝よう。

 その前に、遠隔視覚を行使して、ディさん一行の様子を確認する。

 護衛の人が3人、夜番しているだけで後は全員寝ているようだね、不審な感じは無い。


 では寝てしまおう、お休みなさい。


 深夜、タニアさんに起こされて夜番を交代する。

 十分寝た感じがするので、タニアさんがどれだけ起きていたのか心配になるけど、本人は大丈夫と言っていたので信じよう。

 焚き火台へ薪を追加する。

 燃やしすぎず、かといって小さすぎて消えないように、適度な火の強さが結構難しいんだよね。


 しばらくして空が明るくなってくる。

 タニアさん頑張りすぎだよ、まだ虫除けの香が1つ燃え尽きたぐらいだ、一晩で大体4個だから夜の3/4をタニアさんが夜番をしていた事になる。

 テントの方を見て溜息を付く。 随分と生徒に甘い職員さんだ。

 朝食の準備をしてしまおう、焚き火台に鍋を置いて、2人分のスープを作る、昨日取った魚を骨を取って身を大雑把にほぐす、最初に骨を炙ってから鍋に入れて出汁を取る、これだけでも大分味が変わる。それから野菜と魚の身を入れて塩で味を調えて軽く煮る。 味見したけど普通だ、うん。

 後は、パンとお茶。


 遠くから朝の鐘の音が聞こえてきた、でももう一寸寝て貰っても良いかな?

 元々は気分転換を兼ねた野外実習だし無理する必要は全くない。


 鐘の音が成ってからしばらくしてタニアさんが起きてきた。

 タニアさんは朝食の準備を任せてしまった事を謝罪してきたけど、役割分担だしこれも経験だと言って納得して貰った。

 朝食の味に関しては、美味しいと言ってくれたけど、これはお世辞だろうね。


 テントをまとめて収納して、移動の準備をする。

 今日は森に入って薬草採取、それと森の中での探索魔術の行使。

 他にも基本魔術の攻撃魔術などで長距離の行使を試す、やりたい事は色々ある。

 それを、一言で打ち砕かれた。






「やあ、お嬢様方、本日は一緒に行動しましょう」

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