第227話 2年目「エピローグ」

 領都コウシャン、その貴族区間にある領軍の一室。


「全く、諜報部は人材を何だと思っているのだ?

 しかも魔法の素質が有る人材だぞ」


 まとめられた資料を机の上に放りながら、呆れたとばかりに両腕を広げる。


「帝国の情報がそれほど魅力的なのでしょう。

 とはいえ、国民が奴隷のごとく連れられていくのを天秤に掛けるとは愚かしいですね」


 数人の部下の会話が飛び交う。


「全くだ、帝国の情報がそんなに欲しければ、自分達で帝国に行って見聞きしてこいと言いたいよ」


「諜報部もそうだが、内部監査部は何しているのだ、領都の治安維持が全く出来ていないではないか」


「あの貴族が国民を拉致して洗脳していたのは、内定が済んでいたのに動かないのは幾ら何でもおかしい、もっと上部の不正が有った可能性も疑うべきでは?」


 領軍といっても1枚岩ではない、役割に応じて幾つもの部隊がありそれらが連携して活動している。

 ただ、部隊毎の思惑はそれぞれ異なる。


「それで、領主様はどうなされたのだ?」


「元国王と同じだよ、問題があるのを適当な理由で自主的に退職させて別の人間を登用。

 その登用された人員も何処まで信頼できるのやら」


「商工業国家へ行ってしまった国民の救出は何処まで進んでいるのですか?」


「全く駄目だ、書類上は養子縁組、孤児の行方不明、もしくは国外逃亡、更に出国の記録も無い、こちらから帰せと言える状況に無い。 正式に申し入れすら出来ていない」


「なら、それこそ諜報部の出番では? 非正規に連れ出されたのなら非正規に取り返せば良い」


「貴族なら兎も角、町や村の平民では動かないでしょうな。 全く不快な」


「帝国と繋がっていた貴族はどうなったのです、情報が回ってきていませんが」


「牢獄の中で死んだだと。 自害となっているが食べ物に毒が仕込まれていたらしい、口封じだな。

 尋問の記録も閲覧禁止だそうだ。

 もっとも、無事に商工業国家へ行けたとしても、資料にあった移住先の場所はタダの未開の地だったけどね」


 その会話を聞いていた上座に座る人物が手を上げる。

 全員が沈黙し傾注する。


「我々は我々ができる事を完遂するのみだ。

 この領を守護する我々は、各町村へ失踪した人員の把握、国境だけでは無い、都市間の検問も強化する、大規模な商隊や貴族の馬車への検閲もだ、その為には人員が必要だ。

 目処は立っているのか?」


「はい、魔法学校に探索魔術が使える人物の要請を申し入れている所です、また、退学した者でも探索魔法が使える人材の確保に動いています。

 今のところ数名に留まっていますが」


「遊撃部隊として冒険者からの勧誘を進めていますが、魔物の氾濫で有力なチームが少なくなっており困難な状態です。

 こちらも、数チームに留まっています」


「判った。 貴族の思惑も関係ない、我々はコウシャン領の平和を守るために動く、その為により一層の尽力を求む」


「「「はっ!」」」



■■■■



 魔法学校の会議室、熱気のあふれる討論が交わされていた。


「魔力! そうです、魔力とは何か、我々はそれと向き合ってこなかった!

 魔力とは何か、この世界の理に干渉する力、ただそれだけを盲信していた、疑う事なく」


「重力も大地に満ちる魔力が物を引き寄せる作用をしている、としていたのを考え直さなければいけない。

 光もそうだ、光にある魔力がどんな作用をしているのか、純粋な光との比較もやり直さなければ。

 魔力と自然現象は切り分けて考えるべきでしょう」


「今の基本魔法の6属性、彼女は状態とキッパリと言い切っていました、そしてそれは納得の出来る説明です。

 なら例外魔法とは何か? そして魔力とは何かと推測した。

 実に興味深い」


 パンパン


 手を叩いて、場を納める。

 魔法学校の校長だ、小さい体格に深い皺をたたえたその容姿からは感情が読み取れない。


「皆さんがやる気に満ちるている事は、とても嬉しいことです。

 ですが、今は進級する生徒についての話し合いの場ですよ、討論は別の機会を設けましょう」


「失礼しました」

「申し訳ありません」


 口々に謝罪の言葉が出る。


「では、まず新入生からお願いします」


「はい、人数は例年より減っています、100名に届かないかと。

 それは、町村で適合者に初等教育から可能なら中等教育までを習得させるように公布した事が大きいです。

 教会の協力も得られています、来年以降は平均的な数に戻れるかと。

 領都の生徒は例年通り、入学試験を受けた生徒も比較的優秀ですね」


「1年生から2年生に進級できた者は、全体の6割程度、1組が22名、2組が14名、3組が5名。

 やはり3組は中等教育で時間が取られすぎているのが響いています。

 また、魔力を使う事が出来ない生徒に魔力の使い方を教える方法が上手くいっていないですね。

 何か方法があれば良いのですが、国からの指導要綱とは別の方法を検討する必要があると思います」


「2年から3年です、12名です。 25名から3名が領軍に徴集され、また10名が退学しました。

 しかしながら、退学した生徒も魔法使いとしてはかなり有益な力を持っている者も多いです、その生徒達の身分については何とかなりませんか?」


「魔法使いに関しては、領主様より上級と中級、そして平級の3段階で表す事が提案されているそうです、ただその区分けは難航しているそうですね」


「それは、行使できる魔法と制御できる能力との違いですか?」


「ええ、魔力量でゴリ押しできる魔法使いと、繊細な制御が可能な魔法使いを一緒に比較することはそもそも無理です。

 かといって、細かく分類しすぎても庶民には伝わらないでしょう。

 続きを」


「はい、3年から4年です。 4名です、うち2名は魔術師の認定試験に合格済み、予定通り習熟期間に入れそうです。

 残り2名も知識に関しては問題ありません、教育者としての道を考えているそうです」


「最後ですね、5年になる生徒は今年は3名、2名は教育者としての魔術師を目指しています。

 1名は、魔術師の認定試験の結果次第ですね。

 魔導師になれる人材はいません」


「ほぼ例年通りですか。

 さて、先ほどの討論の元になった生徒、彼女については?」


「はい、資料にある通り、魔法の行使に関しては既に魔術といっても良い段階まで来ています、4年生になる生徒よりも実技において技術は上回っていると言って良いでしょう。

 惜しむべきは、適正属性が例外魔法の時空魔法であることですか。

 知識に関しては、調べないと何とも言えませんが、学術図書館にすでに5回通っているそうです、ならば其相応の知識を持っていると思って良いですね。

 状態という概念もそこから得たようです」


「では、3年に入って3ヶ月目までに魔術師の認定試験を行うで良いですかね?」


「はい、現時点でも合格できると思います、魔導師の認定試験も視野に入れるべきでしょう」


「それは早計です、ですが備えておくように」


「はい」


「次です。

 把握できていなかった我々の力不足を悔やみますが、退学した生徒が特に町村の出身者が拉致監禁され何処かに連れ出されていた件です。

 何か領軍と守衛から情報は得られていますか?」


「残念ながら、貴族から救出した生徒のうち数名が復帰して帰郷出来たこと以外は何も」


「教会で治療中の子達も、大半は回復に向かってはいますが、絶望的な子も居るそうです」


「領軍からは、行方不明の捜索はするが、事件そのものは終わった、今後は問い合わせは無用と、全く」


「守衛の方は、協力を取り付けています。 今後、学術区画での監視を強化して頂けます。

 こちらも退学時期をバラバラではなく、期間を区切ってまとめて退学する方向で調整しています。

 帰省するときには少なくても領都内では帰郷するための馬車に乗るまで警護して貰える予定です。

 むろん、問題行動を起こした生徒は別ですが」


 一通りの報告を受けた後、少しの沈黙が流れる。

 校長がまとめの言葉を告げる。


「判りました、出来ることを粛々と進めましょう。

 最後になります、これは口外を禁止します。

 近日中に、王都からの領主様への表敬訪問があります、どんな方が来るのかは知らせれていませんが、先日の先触れが来たことから、それなりに高位の人物でしょう。

 魔法学校が関わる事は無いと思いますが、失礼が起きないように注意してください」


「「「はい」」」






 領都コウシャンでは新年度を迎えようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る