第223話 2年目「退学」

 ナルちゃんステラちゃんとの勉強は、クロマ先生の勧めを無視して続けた。

 最低限、魔術の基本を身につけて欲しい、そういう気持ちを止められなかった。


「ねえ、マイ。

 退学する話はしたよね、何で魔法の勉強を続けないと行けないのかな?」


「退学した後、魔法の勉強は多分出来ません、商業の勉強が中心になるのでしょうから。

 なので、今できる事は出来るだけやりましょう」


「そうですか、マイさんの負担にならなければ良いのですが。

 教えて頂いた、時空魔法だけでも感謝しきれないのですよ」


「負担ではないです、ただ後で後悔したくないからでしょうか?

 それから、実用的な魔法の使い方を中心にしていきましょう。

 具体的には探索魔法と時空魔法、それと多重行使と並列行使ですね」


「どれも難易度が高いんじゃ?」


「そうですね、探索魔法もそうですが、多重行使と並列行使は全くなれていません」


「探索魔法は2人なら十分使えます、多重行使も多分、並列行使はかなり慣れが必要です」


 私が使ってきた魔術で一番使用頻度が高いのが探索系の魔術だった、周囲の状況を把握できるかどうかはとても重要だ。

 そして、多重行使はそんなに難しくない、同じ魔法を同時に使うだけだ、例えるなら両腕を同じ動きで動かすかな?

 並列行使は難易度が高い、別属性の魔法を行使する必要がある、頭で考えていては身につかない、例えるなら左右の腕が別々の動きをする、かな?

 私は並列行使は2つが限界だ、でもシーテさんは4属性を並列で行使できた、その並列行使のおかげで強力な魔術を使いこなしていた。


「そういう訳ですので、これから暫くは実習を中心に行います」


 私の自己満足なのは判っている、ここまでする必要があるのかというと無いだろうね。

 2人は商人になる、旅商人でもなければ魔法を使う機会は少ないだろう、でも、もしもを考えると気になってしまう。


「うん、判った」

「はい、判りました」


 それから約1ヶ月の実習の成果として、2人は基本的な探索魔法と多重行使を未熟ながら習得する事が出来た。



■■■■



 休日。

 商業区域の始めてステラちゃんに紹介してくれた喫茶店に来ている。

 ここは庶民がたまに贅沢するお店で、ケーキという甘味と紅茶を楽しむお店だ。

 軽食なのに1食分のお金が掛かるので、利用する人はそれなりに生活に余裕のある人が多い。


 ナルちゃんステラちゃんと、生徒としては最後の日を迎えてここでお祝いをすることにした。

 2人の荷物は既に商業区域にある商会の支店の住み込み用の寮への移動は済ませている。


 私が利用するのは2回目、主に学術図書館の利用のためにお金に余裕が無いから。

 ナルちゃんは何度か有るようだ、ステラちゃんと一緒に新作メニューの話をしている。


「マイさん、新作のケーキですがココアという物をまぶした黒いケーキなのです。

 小さいホール、丸い形状のままでの提供なので3人で分けられます。

 けど、私も味が判りませんどうしましょうか?」


「マイ、私も気には成っているけど色がね、どんなのだろう?」


 ココア? 私も聞いた事が無い。


「私も判らないです、でもこのお店で出す以上は不味い物では無いでしょう。

 何事も挑戦です、試してみましょうか」


「はい」

「うん!」


 ステラちゃんとナルちゃんの返答を待っていたかのように店員さんがやってくる。


「では、このココアを使ったケーキのセットをお願いします。

 3人で食べたいので切り分けて貰えますか?」


「かしこまりました、6等分させて頂きます、それと飲み物ですが、ココアを使った飲み物も提供できます、いかがなさいますか?」


 私達は顔を見合わせてうなずき合う。


「では、是非お願いします」


「はい、ではココアケーキの小ホール1つとココアドリンクを3人分。

 ケーキは6等分でお出しします、少々お待ちください」


 店員さんが奥に入っていく。

 それを見送ってから2人に向き合う。

 2人とも明日からは商会の見習いとして働くことになる、暫くは手伝いをしながら仕事を覚えるのだそうだ。

 その2人の顔に退学する事による後ろめたさは無い、ホッとする。


「3組の生徒で残ったのは、結局、マイだけだったね。

 2年目に入った所で大体判っていたけど」


「そうですね、魔術師というのが本当に一握りの人しか慣れないと判りました」


「ですが、魔法使いでも2人は魔術師に近い能力を持っています、それに基礎魔法の知識は高等教育や大学院でも学ぶ内容です。

 ナルさんステラさんに必ず力になると思いますよ」


「うん、それを私達に教えてくれたマイには感謝だよ」


「はい、マイさんが居なかったら基礎魔法を習得する事も基本魔法の6属性の初歩も習得できなかったです」


 少し照れる。


「いえ、適正な対価を受け取っていますので。

 えと、その、そんなに感謝されても困ります」


 盛大に狼狽えています。

 その様子をニコニコしながら見る2人、ワザとかな、ワザとだよね?


「マイは不思議だよね、普段は理屈と損得で動いているようで、面倒見が良いし。

 いざという時には凄い冷静に動ける。

 なのに、時々こんなに可愛くなるんだもん」


「本当です、時には先生方より判りやすく教えて頂いたり、何と言っても属性の状態という説明が無ければ適性属性以外の魔法が使えたかも判りません。

 なのに何でしょう、つい抱きしめてしまいたくなりますね」


「!!!」


 多分、今の私の顔は真っ赤になっているだろう、両手で必死に隠す位の事しか出来ない。


「ですから、その見ないでください」


 ステラちゃんが、椅子を立って私を抱きしめる。

 あの、困ります。


「本当に可愛いです」

「あ、私も!」


 ナルちゃんまで、ここ喫茶店だよ、人前だよ、くわぁぁぁ。

 周囲の温かい目が更に恥ずかしくて顔に血が上る。

 結局、ケーキが来るまで2人に撫でくり回されました。


 ココアジュースを飲んで一息つく。

 とろみが強い、粉っぽい飲み物だ甘さと少しの苦み牛乳の風味が美味しい。

 暖かいので、体が温まるけど、顔の火照りはなかなか収まらない。


 ココアケーキは、以前食べたショートケーキに比べるとどっしりとして食べ応えがある、同じココアを使っているのだけど、こっちは苦みがやや強めだ。

 表面にクリームが飾り付けで盛り付けてあり、茶色い粉が掛かっている。


「ココアというのがこの濃茶色の色の粉でしょうか?

 ケーキの中にも練り込んで有る感じですが。

 不思議な感じですが美味しいです」


「うん、そうみたい。

 ココアジュースもそうだけど、独特の風味が面白いね」


「ええ、寒い中で飲むと体が温まりそうです、値段次第ですけど自分用に買いたいですね」


 それぞれココアケーキとココアジュースの感想を言い合う。

 ココアというのは知らないけど植物学の書籍を調べれは判るかな?


「なんか実感が無いよ、明日からは私達は別の場所で別の仕事をするんだね」


 ナルちゃんが少し目線を外しながら言う。

 うん、そうだね、いつかは来ると判っていたけど、その日が来ると何とも言えない感情が湧いてくる。


「でも私達はこれからも会えます、離ればなれになる訳じゃ無いですよ」


 ステラちゃんの言う事は正しい、退学していった生徒たちと再び会う事は多分無い。

 同じコウの町の出身の生徒とも町での接点が無ければ会う事も無いだろう。

 あ、ナルちゃんはその接点となる繋がりを沢山作っていたんだっけ?

 その伝となる子も今は領都の教会で治療中なんだけどね。


「ええ、生きていれば同じ領地で暮らしているのですから、連絡を取り合っていれば会える事もあります。

 商会のおかげで領都とコウの町との繋がりも出来ましたから」


 お互いの顔を見合わせる。

 笑い合う。

 ナルちゃんもステラちゃんも、自分の生き方を考えてる。

 ナルちゃんは将来コウの町の父親の商店を継いで行く、そして領都の商会との繋がりで商店を大きくする夢を持っている。

 ステラちゃんも、父親と一緒に商会の店員となる。


 私も感傷に浸っている暇は無い、魔導師へ成るために必要な資格を調べて行く。

 魔術師になるための資格の延長では足りない。


「私も頑張りますよ、そういえば2人には話して居ませんでしたね。

 私の夢を」


 2人は、私の真剣な顔を見て姿勢を正して見てくれた。


「私は、魔導師になりたいです」


 ギョッとする2人。

 それはそうだ、国内でも十数人しか居ないエリート中のエリート、領主の次ぐらいに偉い貴族位を得られる特権を持つ。

 そして、ここ数年で1人も生まれていない。

 無謀すぎる夢。


「……うん、マイならきっと叶うと思う」

「はい、マイさんが魔導師に成れるなら、損得抜きで助力は惜しみません」


 2人が応援してくれる。

 助力は、どうすれば魔導師に成れるのか判らないので今は気持ちだけで十分だ。


「ありがとうございます。

 今は、どうすれば魔導師になれるのか調べている所ですね」


 ニッコリと笑ってみせる。

 今までの方法では駄目、それが判っているだけで十分だ。


 それから夜の鐘が鳴る前、喫茶店が閉まる時間まで沢山話をした。

 入学した時、出会った時の事からいっぱい。


 喫茶店を出た所で2人と別れる。

 これからは2人は私と違う道を進む。


「じゃ、元気で。 時間が取れるようになったら会いましょう」


「うん、マイも元気で無理しすぎないでね」

「マイさん、これからもいっぱい会いましょう」






 私達は、何度も振り返って手を振りながら別れた。

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