第218話 2年目「手紙」

 暖かいから、少し暑い日が多くなってきた。

 2年生の授業の進捗は、見た目には順調に見える。

 私達も基本属性の魔法を習熟するために研鑽を続けている。


 そんなある日、寄宿舎に帰ると、事務員さんに呼びだされた。

 私に面会を希望する人が居るとの事。

 何だろう? 寄宿舎の面会室に入る。


 ブラウンさんが居る、何で?

 疑問はあるが、それよりも再会できた方のうれしさの方が勝る。


「ブラウンさん、お久しぶりです、お元気そうで良かったです」


「やあ、マイちゃんも元気そうで何より。

 領都までの護衛依頼で来てね、それで様子を見に来たんだよ」


 ブラウンさんは相変わらず、柔らかい笑顔で話す。

 ジョムさんの奧さんが働いている衣料品店が仕入れのために領都まで買い出しに来たそうだ、その護衛として同伴してきたとの事。

 元視察団の皆さんの今の様子を教えて貰う。

 皆さん町になじんでいるようで良かった。


「はい、マイちゃん。

 皆からの手紙だよ」


 封筒を数枚受け取る、差出人を見る、フミの名を見て胸が熱くなり、涙がこぼれる。

 フミ、元気で居るかな? 会いたいよ。


「仕入れが終わったら、また来る。

 三日後の予定だね、それまでに手紙を出したいなら受け取るよ。

 詳しい話はそこでしよう」


「はい、ブラウンさんよろしくお願いします」


 ブラウンさんは私の様子に触れずに居てくれる。

 私は、封筒をしっかり胸に抱いて頷く。


 その日の夜は、封書の中の手紙を何度も読み返した。


 あ、コウの町から来ている他の子供への手紙も預かっていた。



■■■■



 通学中、魔法学校の前の道路を渡ろうとしたときいつもと違うのに気が付く、門で守衛さんが警備している。

 何だろう、いつもは詰め所から様子を伺っている程度だったのに?

 兎も角、挨拶をして入っていく。


「おはようございます」


「ああ、おはよう」


 他の生徒も少し困惑しながら挨拶して学校に入っていく。


 教室で最初の授業を待っていると、クロマ先生が入ってくる。


「やあ、おはよう。

 授業の前に、気が付いたと思うが守衛がしばらくの間、門番をしてくれる。

 また、寄宿舎街の巡回も増える予定だ。

 理由については、要人が領都に来る為だな。

 時期や誰が来るのかは、私も知らない。

 当面の間、窮屈な思いをするかもしれないが、基本的に学術区画の中に居れば関わる事は無い。

 では、授業をはじめる」


 生徒間で時折どんな人物が来るのか話題が出たけど、その程度だった。

 そして、私の関心は、フミを含むコウの町への手紙の返信をどうしようかにあって、なおのことどうでも良い事だった。

 ナルちゃんも実家への手紙を送りたいとの事で、便乗して送付する事になった。


「マイ、手紙が来たって聞いたけど、返信もするんだよね。

 もし良かったら、私のも実家へ送りたいんだけど、良いかな?」


「頼んではみます、断られたら諦めてください。

 あと、コウの町から来ている子達へのも有りますので、渡す手伝いをお願いします。

 もちろん、返信の話をしても良いですよ」


 こういう手紙のやり取りに便乗して相乗りするのは、割とよくあることらしい。

 過去には支配階級が手紙を都市間や町へ送り届ける仕組みを構築して、誰でも利用できるように運用していたらしいけど、それも500年前の魔物の氾濫から途絶えている。


 帰りにナルちゃんと、文具屋に行って、少しおしゃれな便せんを購入する。

 インクも買い足し、それと購入したペンのペン先が傷んできたので交換してもらい、また、色違いで同じ形のペンも予備で購入した。


 寄宿舎に戻ると、さっそくナルちゃんはコウの町の出身の子達に手紙を届けに行った、便乗するお礼だからと、それに繋がりはナルちゃんの方が上だ。

 ただ、何通かは届けられなかった、教会で治療しているか行方不明になっている子供の分だ。


 私は部屋に戻ると、早速返信を書く、書きたい事は一杯ある、なにより私が元気な事も伝えたい。

 書きたい事を、メモ書きの紙に書き出す、このまま書いていったら何枚になるのか判らなくなったので、まとめよう。

 箇条書きにしていった所で、ペンが止まる。

 貴族が町・村からの出身の、退学した生徒をさらって帝国に人身売買をしていた事。

 箝口令ほどではないけど、言いふらして良い内容では無い、少し考えて、ブラウンさんに伝えて信頼の置ける人にだけ伝えて貰うことにしよう。


 夜遅くまで掛かって、書き終えた。

 予定より多くなってしまったのは、仕方が無い事だと思う。


 翌日、予想より多い封筒がナルちゃんから渡された。

 うん、自重しようよ。



■■■■



 ブラウンさんとの約束の日。

 寄宿舎の面会室。


「ブラウンさん、こんにちは。

 すいません、コウの町の出身者から頼まれてしまって」


 多い封筒を机の上に乗せる。


「いいですよ、こうなる事は予想していましたし。

 マイさんの分も有りますね」


「それと、これは届けられなかった分です、すいません」


「うん、在校生じゃ無い分だ、これは仕方が無いね」


 治療を受けている生徒の分は、守衛さん経由で届けて貰っている。

 つまるとこ、ここにある分は確実に行方不明になっている子供が居る。

 口止めされているので話せないけど。


 ブラウンさんと軽く雑談する、探索魔術で反応がある、うん聞かれているね。


 私は身振りで耳を指さして、扉の方を指さす。

 ブラウンさんはそれを見て頷く。

 何でそこまでするのか判らないけど、会話の内容を確認しているようだ。


 収納空間から、1枚のメモ書きを取り出す。


『ブラウンさん、杞憂に終われば良いですが情報です。

 このメモを見てください、収納して後で焼却します……』


 私は、メモ書きに、領都のある貴族が帝国へ人身売買を行っていた事。

 そのために、町や村の子供が狙われている可能性があること。

 コウの町の子供も何人か捕まっているが全容は判らないこと。

 救われ治療中の子供は”教育”されていて、元に戻るには長い日数が掛かる事。

 領都でも冒険者の人手が足りず、治安が悪くなっている事。

 魔法学校への入学は少なくても初等教育・中等教育が済んだ人に限定した方が良い事。

 また、近く貴族でも高位の人物と思われる人が領都に来るらしい事、を記載したメモを見せる。


 当然だけど、会話は当たり障りの無い勉強の事とか寄宿舎の生活の話をしながらだ。

 ブラウンさんはそれを見て、頷く。

 メモを返却して貰い、収納空間に納める。


「そういえば、守衛が頻繁に巡回しているけど、何か知ってる?」


「なんでも偉い人が来るとか? 誰でしょうね」


「まぁ、僕らには関係ない話だね」


「そうですね」


 とぼけた話をしながら、ブラウンさんがペンを持って書く仕草をする。

 私は収納空間から、ペンと紙を取り出して渡す。

 サラサラと綺麗な字を書いていく。


『国王が交代して元国王が国内を遊説している、おそらくこの警備は元国王が来る前の準備だろう。

 目的は、各領主との関係改善と思われる。

 元国王が来るのは、まだ数ヶ月先だと思う。

 それから、コウの町でのダンジョンや黒い雫は今のところ発生していない。

 ただ、魔物の発生はあるから、油断はしないようにね』


 その紙を受け取って、目を通し直ぐに筆記具と一緒に収納する。

 国王が替わる事は、以前聞いた。 でも、その元国王が国内を遊説なんて想像していなかった。

 となると、実際に領都コウシャンに来るときは歓迎とか色々ありそうだ。


「名残惜しいけど、護衛の商人達との打ち合わせがあるから、ここで失礼するよ」


「はい、お気を付けて、コウの町の皆さんによろしく伝えてください」


「ああ、必ず伝えよう」


 ブラウンさんと握手をする。

 ん? 話が終わったのに、探索魔術での人の反応が消えない。


 扉を開けると、生徒の一人が聞き見を立てている状態で固まっていた。


「何をしているんですか?」


「え、ええっと、その何と言いますか。

 ゴメンナサイ」


 片言での酷い言い訳だ。

 確か3年生だ、何度か話した事がある、けど親しい訳でもないし私達の会話を聞く理由が判らない。


「そのね、かっこいい男性が会いに来た訳じゃない、もしかしたら、色々有るかもと思ったら、その、我慢できなくて」


 後ろから寄宿舎の事務員さんが来て、状況を見る。

 大きくため息をつく。


「またですか、流石に見逃せません、こっちに来て貰います」


「反省してます、謝ったから良いじゃ無いですか、ごめんなさいですって」


「マイさん、この子についてはキツく叱っておきます。

 面会の方を送って差し上げてください」


 事務員さんが、彼女の耳を掴んで事務室の方へ移動していく。

 痛みに悲鳴を上げる生徒を見送る。


「ただの噂好きの好奇心だった、なら良いんですが」


「だね、話が終わってから回収に来るのもタイミングが良すぎる、偶然を装うにもすこし稚拙だね」


 ただの生徒に何処まで監視するのか、というのもある、寄宿舎への面会もそれなりの数で行われている、私だけが特別ではないのだろう。

 今まで面会の無かった私だからか?

 ブラウンさんは私を”保護”してくれた人の一人であることは資料に記載されているはずだけど、うんよく判らない。


 魔術師になるのに当たって、人格も評価の中にある、強力な魔術を使う人が問題がある場合、出身の魔法学校へ責任が問われることになるらしい。

 具体的な審査方法は知らないけど、もしかしたら、生徒の中に生徒の様子を観察している人が居るのかもしれないな。


「まあ、そこまで気にしなくても良いだろうね。

 気にすると、隠し事があると思われかねないし」


「ですね」


 苦笑し合う。

 寄宿舎の玄関で、ブラウンさんを見送る。

 明日からコウの町へ商人の護衛をしながら移動する、次に会うのは何時になるのだろう。

 後ろ姿が建物の影に消えるまで見送った。



■■■■



 事務員室の中にある小部屋。

 生徒と事務員、お説教をしている感じでは無い、お茶を飲みながら会話をしている。


「で、今回の面会、変な所有った?」


「いえ、普通に手紙を渡した後、世間話してそれでお終いです。

 少しは、逢い引きを期待したんですけどね~。

 年の差のある恋、良いですよねぇ」


「はぁ、商工業国家の方から魔術師の引き抜きがあるから、生徒の面会も注意するように言われているけど、気にしすぎだね」


「とも言い切れないですね、何人か甘味をご馳走して貰う代わりに、学校内の特に才能のある生徒について聞かれたという話を聞きましたし」


「報告は?」


「もちろん報告済みで、その人物も生徒も特定も出来ているそうです」


「了解、しっかし、あなた本当に私と同じ年?」


「いいえ、年上です、外見が幼いせいでなかなか職が決まらなくてね。

 給料が良いので構わないですけど」


 改めてみると、お茶を飲む仕草が年相応に見える、さっきまでの噂話が好きな子供とは思えない。






「今回は成績最優の生徒への面会だからですけど、気にしすぎでしたね」

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