第210話 1年目「恐喝」

「ほう、中々筋が良いじゃないか」


 そう声を掛けてきたのは、護衛をしている少し柄が悪い冒険者だ。

 装備は、剣士かな? 山賊という方が似合っている風貌だ。



「どうも」

「ありがとうございます」

「そうですか」


 ナルちゃんステラちゃん、そして私の順番で返答する。

 基本的に関わってこないはずなのに何だろう?

 探索魔術を行使して周囲を確認する。

 一番近いチームもちょっと離れている、クロマ先生も姿が見えない、少し嫌な予感がする。



「将来の魔術師様か、まぁ、接近されたらお終いだけどな」


 魔法使いや魔術師が近接戦闘が苦手かどうかは、個人差がある、前衛で剣で戦いながら魔法を使う人も多い。

 それよりも、何の意図で声を掛けてきた?


「と言う訳でな、近接での戦い方を教えてあげようじゃないか。

 ちょっとこっちに来な」


 ペロリと舌なめずりして、ナルちゃんとステラちゃんの体を舐めるように見る、私は眼中に無いようだ。

 うん、近接での戦い方と言いながら、体を触ったりするのが目的か。

 ちゃんと教えていると言えば、誤魔化せると思っている。

 遠目に、クロマ先生が見えたが、こちらに気が付いていない。


 ナルちゃんもステラちゃんも、その冒険者の雰囲気を感じ取って、一歩下がる。

 逆に私が一歩前に出る。

 私が2人を守る形になるが、うん、機嫌が悪くなった感じだ。


 風魔術を行使しておく。


「貧相なガキには用がないんだよ、引っ込んでな。

 ちょっと良い思いさせてやるだけだから、言う通りにしてな」


 私が魔術を行使しているのには気が付いていない。

 後は時間を稼ぐだけかな。


「魔法の演習なので、結構です。

 それより仕事をしてください」


「だから、チビガキは黙ってろ!

 このガキが痛めつけられたくなければ、こっちに来い」


「マイ、どうしよう」


「あれの言う通りにしないように。

 断れば済む話です」


「ちっ、邪魔なガキだな、近接戦闘の大切さを体に判らせてやる」


 殴りかかってきた、流石に剣は抜かなかったか。

 私は数歩前に出て、迎え撃つ。

 軽く背を低くする、身長差からそれだけで相手の拳は振り下ろしになる、それに合わせて避けながら腕を取り投げる。

 身長差があるので、頭から地面に叩きつける形になる。

 地面が柔らかいので、たいしたダメージは通っていない。


「このガキゃ!」


 頭に血が上って、掴みかかってくる。

 3歩下がって、距離を取るフリをして、1歩踏み込む。

 左手をお腹に当てて、小規模の収納爆発を行使する。


 ドッ!


 小規模それでも冒険者の体が少し浮く。 遠目には殴っているようにしか見えないはず。

 私は腕を打ち抜く感じで振り上げる。


「ぐげっ、ぐぁぁ、畜生舐めやがって! ぶっ殺す!」


 お腹を押さえて、憎しめに私を睨む、まぁ、ここまでか。 距離を取る。

 ナルちゃんとステラちゃんもちゃんと距離を取っているね。

 冒険者が腰の剣に手を添えて、剣を抜いた。

 けど手遅れだ。


 冒険者の足下に、火属性の魔法が当たる。


「貴様、何をしているのか判っているのか」


 クロマ先生が怒りの表情で見下ろしている。

 それに他の冒険者と職員もいる。


 状況が悪いことに気が付いたのだろう、いきなり卑屈になった。


「いや、ちょっと近接戦闘について教えていただけですよ。

 別に危害を加えようなんて思っていませんですって」


「全部聞こえていたぞ。

 ここに居る者全員がな」


 他の冒険者が剣を抜いて、対峙する。


「聞こえる訳がねぇ」


「風の魔法で話し声は全て聞こえていたよ、貴様は何度か護衛に参加していたな、毎回やっていたのか、じっくり調べさせて貰う」


 脂汗を流して、キョロキョロしだした、逃げる気かな。

 あ、ナルちゃんステラちゃんを見た、人質か!

 位置が悪い、クロマ先生達と柄の悪い冒険者、そして2人が一直線にある、魔法を使うには難しい。


 2人に向かって走り出した、が、私は既に風魔術で体を打ち出すように接近し、背後から頭に向けて2度目の小規模の収納爆発を行使する。


「あ、まず、マイ!?」


 ドッ!


 クロマ先生の言葉が出たときには、後頭部を打ち抜いて綺麗に前方に一回転して倒れる所だ。

 私は2人の前で体を捻ってフワリと止まる。

 うん、近接戦闘の実践はさせて貰ったよ。

 体力は無いけど、技術と魔術で上手く対応できたと思う。

 今度は、気を失って、は居なかったけど、フラフラして体を起こすことも出来ないで居る。


 他の冒険者と職員が、武器を取り上げて縛り上げていく。 目隠しに猿ぐつわ、耳栓までしている。


「大丈夫かお前達」


 クロマ先生が心配してくれる。

 雇った護衛がわいせつ行為をしようとしたんだ、当然だろうね。


「私たちは大丈夫です。

 マイも大丈夫?」


「私も特に」


「先生達、気が付いてくださったんですね。

 ありがとうございます」


「いや、礼はマイに言うんだな」


 2人が何で? という顔をしている。


「風の魔法を使って、ここの会話を先生達の所へ送ったんですよ」


 私が種明かしする。


「え、いつの間に?」


「割と最初の所から」


 クロマ先生が私の頭に手を置く。


「良い判断だ、時間稼ぎも上手いし、風魔法もたいしたもんだ。 近接戦闘も出来るんだな」


「まぁ、冒険者の方に護身術を教えて貰いましたから。

 でも、なんでこんな程度の悪い冒険者が居るんですか?」


 それについては疑問だ、ギルドが本人の素質を見抜けないとは思えない。


「すまんな、人材不足で人数合わせに採用したんだ。

 多少素行が悪くても、魔法学校の生徒に手を出すような馬鹿なまねはしないと思ったのが失敗だったか」


 2年前の魔物の氾濫から人材不足は深刻だ。

 特に、戦える人に関しては。

 そうなると、領都の外の危険性は人材という面で不安要素になるなぁ。


「しかし、マイの風魔法は魔術と言ってもいい完成度だな。

 これも冒険者から学んだのか?」


 うっ、時空魔術の収納爆発は気が付いていなかったようだけど、風魔術は隠しきれないよね。


「使い勝手の良い属性の基礎魔法について教えて貰ったので、それなりに使えているとは思います。

 ただ、使い方だけなので知識の方はまだまだだと思います」


 ちょっと苦しい。

 試験で基礎魔法の知識に関しても1組の上位に居るはず、順位を出していないので何とも言えないけど。


「ふーん、よほど良い魔術師に習ったのだな。

 ん? コウの町の出身だったな、というと元・視察団のシーテ殿が居る所か」


 シーテさんを知っている?

 いや、私の経歴に視察団のチームによって壊滅した村の生き残りとして救助された事は書かれているはず、それを思い出したのかな。


「ええ、視察団の方々に救助されてしばらく一緒に行動していました」


「ああ、凄い魔術師として聞いている。 冒険者でなければ領軍の魔術師として選抜されていたはずだともね。

 彼女に師事されていたのか、ならその実力も判るかもな」


 シーテさんの魔術は本当に凄い。

 と、同時に領軍や国軍が高い地位に冒険者出身者が就くのを好ましく思っていないというのも不快だ。

 実力主義であるべきという前提があるけど、その実、支配階級はその特権を維持するのに必死だ。



「さて、実習を再開だ、各自、基礎魔法を意識して魔法を行使するように」


「はい」

「判りました」

「はいです」






 今回の屋外授業は、ちょっとしたトラブルがあったけど無事終わった。

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