第190話 入学「散策」

 次の日。 入学まであと2日。

 いつもの運動をして沐浴をする。

 朝の沐浴は人気が無いのか、洗面所で身だしなみを整える人は居るけど、沐浴する人は会ったことが無い。

 みんな夜に沐浴をしているようだね。


 部屋で洗濯物を干しながら今日の予定を考える。


 うーん、復習は順調だ。

 学校が始まって最初の試験には十分対応できると思う、ここの魔法学校の内容しだいだけど。

 そういえば、魔法学校の全体を把握していない、入学してからでも良いけど、気分転換に魔法学校を一周してみよう。


 朝の鐘が鳴るのに合わせて朝食を食べに食堂に行く。

 うん、人が増えている、急いで食べている子も居る。


 私は隅の方で、朝食を食べながら様子を伺う。

 どうも、お金を使いすぎて必要な勉強道具を買えなくて困っている子が多いようだね。

 遊ぶために手当が出ているわけじゃ無いことに、ようやく気が付いた所かな?


 中古屋という単語が何度か聞こえる、中古で安く済ませようというのかな、でも、使える物を探すのは難しいし、インクやノート用の紙の様に新品の方が良い場合もある。

 あ、お金を貸して欲しいと泣きついている子も居るよ。


 ナルちゃんの所へ助けを求める子が結構居る。

 対応に苦慮している感じだ、あ、事務員さんが割って入っていった。

 何か言っているけど、離れていてよく聞こえない。

 ただ、不満を口にしている子の感じから、ナルちゃんに頼るのはダメだと伝えていることは判る。

 そうなると、ナルちゃんが今日まで面倒を見ていた子への批判も出る。

 ずっと面倒を見て貰っていたのはズルいという主張だ。


 多分、落し所はナルちゃんに誰も頼らないこと、自分のことは自分で考えて行動するように、とする所かな?


 食事を終えて、部屋に戻り外出の準備をする。

 今日はちょっと歩くので、しっかりとした靴にする。

 鞄に地図とペンとインク、あと紙束。


 階段を降りて、ホールから食堂の方を見ると、喧噪が無くなっていた、どうやら解決したみたい。

 と、一人の少年が私の前に出てきた。 私より頭2つは高い、見上げる。

 ここ女子の寄宿舎内なんだけど。


「なぁ、これからどこへ行くんだ?」


 いきなり何だ、名前も名乗らないし、質問の理由も言わない。

 相手にしないに限るかな?

 私は、答えずに横をすり抜けようとするが、前に立ち塞がる。


「教えてくれたって良いじゃないかよ!」


「理由は? 私が何をしようと貴方には関係ないでしょう」


 イラッとしているけど、理由をまず聞こうか。


「理由が無いと聞いちゃダメなのかよ!

 困っているんだ手を貸せ!」


「まず学生ギルトへ行って、適正な価格で手伝いを依頼してください。

 入学準備なら私よりも適切な、上級生が手を貸してくれるかもしれませんよ」


「金が無いんだよ、困ってるんだからタダで何とかしろ、俺の言うこと聞くのが当然だ……え?」


 私が感情を殺した冷たい目で見ていることに気が付いて、怖じ気づく。

 私が小柄な女性だから強く出れば断れないとふんだのか?

 だから女子の寄宿舎に来たのか?


 少年が気圧されて、2,3歩後ずさると、何も言わずに食堂の方へ走って行ってしまった。



「マイちゃんって、本当に5歳?」


 ん? あ、この前の事務員さんか。

 助けずに対応を見ていたのか、これも評価の対象になっているのかもしれないな。


「女子の寄宿舎に入った男子を咎めないのですか?」


 私は、少し不満げに言う。


「もちろんダメよ、あの子は反則しているから、入学出来ないかもしれないわね」


 入学できない?


「入学が出来ないということも有るんですか?

 まずは全員入学させる物だと思っていました」


「違うわ、問題行動を行う人物は入学拒否されるわね。

 さっきも、ナルちゃんに頼ろうというか、全部任せようとした子達に説明した所」


 知らなかった。

 前回の私の時は、同じ村の人で知っている人が入れ替わりで退学するので、一式を譲り受けて、あと入学準備に必要なことも教えて貰った、前回は運がよかったね。

 そう考えると、今回の私はちょっとズルをしているとも言えるなぁ。


「はぁ、そうでしたか。

 事務員さん達から関わらないけど、必要な情報を個人個人に丁寧に教えてくれているのは、私たちの行動を観察するためなんですね」


 事務員さんが驚いたような表情をする。


「おどろいた、そこまで気が付く子は久しぶりよ。

 所で、今日はどこへ行くの? 入学準備は終わってるのよね」


「魔法学校を外から見ておこうと思って、あんまり部屋に籠もっていても体がなまるので」


「ふーん、鞄を背負ってね。 何か考えがあっての事?」


「ただの散策ですよ」


 もちろん違う。

 魔法学校の敷地を一周してみるのも目的だけど、それ以上に建物の配置や学術区画から外の森への道を確認しておきたい。

 広い領都だ、手に入れた地図には書かれていないけど四方の門以外にも出入りできる門は有るはずだ。


「うん、そういう事にしておいてあげる。

 気をつけて行ってらっしゃい、あと、西側の塀が近いし塀の上に一般でも上がれるわよ」


 事務員さんが、手を振って食堂の方へ行ってしまった。

 うん、意図がある程度読まれていたね、同じ考えをした子が過去にも居たのかな?



■■■■



 事務員さんは西側の塀と言った、なら魔法学校も西側から見ていこう。

 寄宿舎を出て、少し歩き、学校の塀に当たる、そこから西側に歩く。


 正門付近はレンガ積みの壁になっているけど、途中からは木製になり隙間から学校の敷地の中が見える様になってくる。

 正門から見えた建物が見えている。

 それから、しばらく歩くと、西側の学術区画を囲む塀が大きく見えてくる。


 学校の敷地の中は倉庫のような建物が見えてきた、何かなぁ。

 辺りを見て人が居ない事を確認、探索魔術でも確認、よし周囲に人は居ない。

 遠隔視覚を発動させて、中を見る。

 倉庫の中は見えなかったけど、出入り口の大きさから、大きな物を収納していないな。


 さらに歩く、ようやく魔法学校の西側の端が見えてきた。

 遠くに簡素な門が有るのが見える。

 恐らく、そこから西側へ出られるのかな?

 学校の西の塀にある門から、西の塀を見ると、幾つかの建物の先に門が有る、あと、塀に上がる階段が見える。


 塀の門に近づく、守衛が2人居る。

 区画の塀の外には、領都を囲む大きな塀が有るので、ここは出入りする人の確認だけ、それに学術区画の西側と南側は森なので、出入りする人は普通居ない。

 近づく私の様子に特に守衛は警戒している様子が無い。


「こんにちはお嬢ちゃん、何かようかな?」


 守衛さんが、親しげに声をかけてくる、けど、その手の槍は何時でも動かせるように準備している。

 区画の守衛とはいっても能力は高そうだ。


「今年から魔法学校に入学することになりました。

 ここの塀は上がれると聞いて学校を見たくて来たんです」


「ほお、今年は早いな。 右側の階段から登って良いぞ、降りるときは左側だ、幅が狭いから一方通行になっている、気をつけてな」


「はい、ありがとうございます。

 塀の上はどれだけ居られますか?」


「ん? 夜の鐘が鳴ったら閉鎖するから時間はそれまでだな。

 あと、塀の上は、広くなっている所以外は危ないから移動しないようにな」


「判りました。

 では、上がらせて貰います」


 守衛さんに礼を言って、階段を登る。

 学術区画の塀は高さ5メートル程度で、広くなっている所、門の上を除くと幅は狭い。

 塀の上は見晴らしが良い。

 領都の塀の西側と南側が見えるけど、北側と東側は霞んで見えない、広いなぁ。

 領都の塀と学術区画の塀の間は、平坦な牧草地になっているみたいだ、それはここだけかな?

 そして、領都の門は東西南北の4つだけのようだ、この門からは西の門へ向かう斜め方向の道が整備されている。


 学術区画の方を見る。

 こっちも広い、魔法学校を見ても、南側がかなり遠い。 東側はそうでもないかな。

 つまり、魔法学校は学術区画の西側で、南北に細長い敷地を持っている。

 うん、東側から回らなくてよかった、歩きだとかなりの時間が掛かっていたと思う。


 魔法学校の正門から見えた建物、そんなに厚みは無い、入学の受付をした時にも思ったけど、基本的には窓口の様な業務施設と、来客用を迎えるための入り口と客室があるだけのように感じる。

 校舎はその後ろにあるのがそうかな、5棟、等間隔で並んでいる、窓が少ない建物もある、あれは図書館かな。

 その校舎の東側に大きな建物がある、講堂か体育館かな?

 そして、南側には広い運動場のような物が幾つもある。

 魔術の行使をするのに広い場所が必要な場合もあるから、それで広いのかな。

 学校の西側には、小さい牧場があり、馬が数頭放牧されている。

 魔法学校の管理している馬かな。

 近くに馬車が幾つか止めてあるので、荷馬なんだろうね。

 想像だけど、大きな魔術は領都の外で使うだろうから、その移動のための馬車と考えられる。


 座れる所があったので、座って、鞄から紙を取り出し、この辺り一帯の地理や建物を書き込んでいく。

 貰った地図と比較すると、地図の方はかなり誇張した表現になっていて実際の大きさが分かり難くなっている。

 うーん? 南側には学術区画の門は有るのかな?

 上空に、久しぶりになる私オリジナル時空魔術の遠隔視覚を飛ばして遠くを見てみる。

 学術区画の塀の外に水面が見える?

 下流側だから、浄水施設の処理済みの水かもしれない。

 ついでに、魔法学校の建物の配置も見て書いていく。


 巡回馬車も、私が今居るこの門まで来て折り返しているようだ。


 っと、人の気配がする。

 慌てて、ペンとインク、ノートを収納する。


「嬢ちゃん、大丈夫かい?

 遅いんで気になってな」


「あ、大丈夫です。

 ちょっと広くて見とれていました」


「なら良いんだけど、まだ肌寒い、風邪を引く前に降りてきな」


「判りました、もうちょっとしたら降ります」


 守衛さんが様子を見に来た、そして私の前を通り過ぎると、もう一方の階段から降りていく。

 一方通行だ。


 必要な情報は手に入れることが出来た。

 学校を一周するのは現実的ではないので、戻って記載した地図の確認と、中等教育の復習の続きをしよう。

 今から戻れば、昼の鐘の後には寄宿舎に着けるかな?






 立ち上がって、改めて学術区画を見ると、幾つかの壊れた建物や修復中の建物が見えた。

 上からだと、2年たっても魔物の氾濫の傷跡は幾つも残っていることが見て取れた。

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