第183話 入学「学術区画」
翌日。 入学まであと4日。
知らない天井を見上げながら、目を覚ます。
初めての部屋のせいか眠りが浅い気がする。
枕が濡れているのが判った、うん、また寝ながら泣いていたのか。
寂しさがぶり返して、体を縮める、フミ……会いたいよ。
領都への移動中も何度か、寝ながらうなされて泣いている私を心配して起こされた事がある。
御者の方が、私の頭を撫でて慰めてくれたけど、こればっかりは自分で制御できない。
私は、いまだに弱い子供のままだよ。
ウジウジしていても始まらない。 気合いを入れて起き上がる。
泣くのはベッドの中だけ、それでいい。
身体を伸ばして、柔軟運動をする、あと、体力をつけるために水袋を持って膝を曲げて伸ばす。
うん、まだキツい。
一汗かいたので、沐浴場に行って身体を洗うことにした。
ここも、深夜を除いてほぼ自由に使える。
なお、この施設は寄宿舎にあるので男女別だよ。
下着と寝間着も洗い、着替える。
朝なのか、貸し切り状態なのはありがたいね。
全裸の上に沐浴着を着て入るのは少し慣れない。
食堂も朝の鐘が鳴ってすぐは、子供の姿はまばらだった。
大半は、事務員の人たちが朝食を取っている感じだね。
昨日の夕食の時に話をした事務員さんもいる、私に気がついているようで、私をネタにして他の事務員と会話をしているようだ。
朝食は一種類、平均的で平民からすれば豪華だ。
パンに具の多いスープ、薄い乾燥肉を焼いた物とサラダ。
私はサラダ多めでお願いして、朝食を食べ始めた。
と、突然 後ろから声が掛かる、ビクッとなった。
「マイちゃん、やっと会えた」
ん? 誰だろ。
振り返ると、ナルちゃんだ。 朝食を持って立ってる。
コウの町から出てきた子供の中では最年長でまとめ役もしている子だ。
うん、連絡を取るの忘れてた。
そもそも、学校が本格的に始まったら適正のある属性に別れての授業が多くなるので、長い付き合いになるとは考えても居なかった。 名前がすんなり出てこない。
「ね、私たち今日は区画を見て回ろうと思っているんだけど、来ない?」
「いえ、やることが有るので遠慮してます」
「やる事って?」
うん、聞かれたら答えよう、事務員さんも聞かれたら答える、でも聞かれない限り放置のようだし。
「勉強に必要な文具の購入に、学生ギルドの登録と仕事内容の確認、不足している日用品を売っている店舗を見て回るつもりです」
コテンと頭を傾けて、何の事か考えている。
「ええと、必要なの?」
「昨日の話を思い出してください。
私たちはあと5日間の間に学校で勉強するために必要な物の準備と情報の収集をやる必要があります。
入学してからだと、揃えている時間でそれだけ勉強が遅れていきます」
「え、え、じゃ私たちも連れてって」
どうやら、ノンビリしていられない状況なのを理解したようだ、慌てて私と同行しようとする。
ふと、ギルドマスターの娘を思い出す。
困ったら頼れば、手取り足取り面倒を見てくれると思うこと。
年齢を考えれば仕方が無いかもしれないけど、個人的には遠慮して貰いたい。
「あなたが必要な物と、私が必要な物が同じとは限りませんよ。
私は私の必要な物を考えて行動します、あなた方の面倒を見ている余裕は私には無いです」
うん、凄い危害を加えられたような、被害者の顔をしている。
断られるとは思っても居なかったんだろう。
人口が、子供が少ないので、基本的に過保護な子供が多い。
「なんで そんなこと言うの?
みんなで助け合おうよ」
「その助けるのが、私からだけになりそうなので、嫌なんですが」
ギクッとなった、頼りっぱなしになりそうなのに気がついている。
ナルちゃん彼女自体がまとめ役で皆から頼られてきたからね。
そして手を口に当てて、目をそらして考え始めた。
頭が回るようだ、今、私から彼女にとって必要な情報を引き出すためにはどうすれば良いのか。
親が商人だったので、小さい頃から勉強や取引に同席したりしていたらしい。
となると、みんなの面倒を見ているのは、お人好しだからじゃなくて打算があってのことかな?
「私、初等教育の勉強を教えられるよ。
買い物も商売の手伝いをしていたから、交渉できるし。
あと、コウの町や東の町の子供とも顔見知りだから、人手が必要なときには相談に乗れるよ」
おお、現実的な提案が来た。
私が初等・中等教育を習得済みなのは隠しておきたいし、ここは一応話に乗っておこう。
「あなたが必要な物が何か、は自分で考えてください。
こまったら事務員さんやお店の人に聞くのが良いでしょう。
私は昨日、聞いて必要な物を考えました。
私はまず学校に行く途中にあった文具屋に行く予定です。
付いてきたいのなら、急いでください」
「うん、皆に伝えてくる。
待っていてくれるの?」
「いえ、文具屋で買い物しているところで追いついてください」
「マイちゃんって、お父さんみたいなこと言うね」
ふむ、ある程度 突き放して自分でやらせる方針の父親らしい。
彼女が朝食を持って席に着いた子供達に向かって小走りで行く。
あと、近くに座っている事務員さんにも声を掛けている。
行動力のある子だ、それで皆を引っ張ってきたのだろうな。
私は残りの朝食を食べる。
昨日の事務員さんが、私の横に来てしゃがむ。
「うん、良いね。
あんまり構い過ぎないでね、誰の得にもならないから」
「ええ、でもそれはあの子に言うべきかと思います。
今まで周りの子供の面倒を見てきたみたいですし。
頼られたら損得勘定はしているけど、結局断れないタイプですよ」
「そうね、注意して見ておくわ」
事務員さんは、にっこりと笑うと、食べ終わったトレーを返却口に持って行った。
あの人も、ずいぶんと人が良いな。
朝食を食べ終わり、自室に戻って、改めて学術区画の地図を見直す。
区画は大きく北側の商業区域と南側の学校区域に別れる。
寄宿舎は、その南北の中間付近に設けられている感じかな。
区画の中心にあるのが、役所、教会、ギルド・学生ギルドだね。
学校区域で一番大きいのは、大学院だ、南側中央に大きな敷地を占めている。
現在残っている、知識や歴史、高度な技術の保管と伝道、そして各種学術の研究を行っている、この領の最高頭脳の集まりだ。
魔導師を含む魔術もこの大学院の一部門として存在しているはず。
高等教育もここで行われていて、一部の頭のよい子供だけが入学し学ぶことが出来る。
大学院のそばに貴族院がある、これは支配階級の人材を養成するための学校で、生徒は貴族と富裕層に偏っている。
一部の頭のよい民間人も特別枠で入学しているらしい。
町長や村長になる人も何年かはここでの学習が必須になっているそうだ。
そして色々な専門学校、区画の東側、領都の南側に偏っている。
専門職の技術を実技として身につける学校で、南の隣接している工業区画と連携している。
親とは異なる職業での才能がある子供が入学する、そうだ。
次男など家を継げない子供も多いらしい。
魔法学校は、学術区画の一番西側に位置している。
魔術師・魔道士を育成するための学校で、魔力量が一定以上の子供は入学する義務がある。
魔法・魔術を使う都合から、学術区画とその外に広がる平原や森も使用している。
初等教育、中等教育は、区画の中に複数ある教会で無償で学ぶことが出来る。
あと、戦闘技術に関しては、領軍が担当していて、詳しいところは判らない。
領軍の本部は北側の貴族区画のさらに北側らしい。
うん、私の場合は学術区画の北側と西側以外は用はなさそうだ。
物によっては、領都の北東と北西にある商業区画と、南側にある工業区画に行くことあるかもしれない。
その可能性は少ないだろうけどね。
私は、一通りの外出の準備を終わらせると、寄宿舎の入り口のホールで浮かれている子供達を横目に寄宿舎を出た。
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