第156話 戦「ベテランの意地」

 コウの町から北北東の森、その奥にある山の斜面の一角に小さな炎が灯っている。

 ベテラン冒険者と守衛達だ。

 今は、簡易食を食べて交代での休憩に入っている。

 2人が火を囲んでジッと日を眺めている。


 強行軍での登山は、体力が落ちた体に堪える。


「皆、よく寝ているな」


「ああ、流石に疲れたよ。

 まぁ、俺たちは山を登っただけだけどな」


 日が落ちる前から、マイの収納爆発の音が途絶えた。

 考えたくないが、最悪はここに居る15人で何とか時間を稼がないといけない。


 空の迷宮の光が山を照らす。

 目が慣れてきたので、接近する者が居れば気がつくだろう。 森は静かだ、動物も植物も息を潜めている。

 標高が高い為か、少し肌寒い。

 少し震えているのは、寒さからかそれとも巨人の魔物を見た記憶を思い出したからか。

 火を強くしたいが、持ってきた燃料は最小限だ、それにオーガに見つかる危険もある。



「これからはどうする?

 指揮を取るマイが居ない今、俺たちはこのまま山頂を目指して良いのかな」


 山頂に向かえば、間違いなくオーガ達が追いかけて来る。

 そして、自分たちは勝てる力が無いのは明らかだ、そもそも囮だ逃げ続けなくてはいけない。

 マイがもし死んでいたのなら、絶望的だ確実に追い付かれて逃げ場が無くなる。

 そうなったら山頂についてもろくな食料も何も無い中で籠城することになる、無理だ。


 沈黙が流れる。


「逃げようって言うのか?」


 もう一人が問う。


 山頂を目指さないのであれば、取る手段はコウの町へ戻るか、全く別の地へ逃れるしかない。

 コウの町へは戻れない、囮役が戻っては魔物の群れを引き連れてくる事になる、結末は同じだ。

 では、別の地へ逃げるか、悪くない手だ。

 このトサホウ王国は戸籍を作っている、戸籍の無い者が居場所を見つけるのは不可能に近い。

 でも、この魔物の騒ぎに乗じて、どこか魔物に蹂躙された村の生き残りとでも言えば通用するかもしれない。

 戸籍は、町や都市単位で作られていて領や国で一元管理されているわけじゃない。

 ひっそりと生き残るのも手だろう。

 コウの町の人達、知り合いや家族を捨てて。

 黙っている相手に更に言う。


「町には家族が居る、逃げる手はないな。

 お前は一人者か? 逃げたければ逃げても良いよ、追いかけないし死んだ事にしても良い」


「俺も息子家族が居るんだ、逃げる気はないな」


「じゃ、なんでそんな事を聞いたんだ?」


「一応、ここに居る中で一番の年上はあんたで、マイに不在時の指揮権を任されているだろ?」


「ああ、年齢だけで貧乏くじだ。

 作戦は変えない、俺たちは山頂で応援の部隊が来るまで耐える」


「そうか、了解だ」


 事前にマイから指揮系統の確認が行われていた。

 マイが指揮を取ると言う事だけで十分だと思っていただけに驚いたのを覚えている。

 全体の作戦を詰めた後、幾つかの不都合があった時の行動、そして、マイが居なくなった時の指揮を行う者の順番。

 単純に、守衛が年齢順で取る事になった。


「で、マイが言っていたことをやるのか?」


 山頂までにマイと合流出来ず、魔物に追い付かれた時の対応方法だ。

 マイから指示されていた。


「囲まれる前に全力で逃げろ、か。

 何処に逃げろって言うんだ?」


「それも聞いている。

 領都だとよ、辺境師団が居るはずだから何とかなるはずだと」


 ここから領都に向かうには、通常は東の町を経由して向かう必要がある。

 東の町、いや他の村や町に移動することは禁止されている。

 となると、森と山々を突っ切るしかないが、その方法は難しい、真っ直ぐ向かうことすら困難だろう。


 二人して苦笑する。

 マイは、最悪の最悪を想定していた、その時はコウの町を捨ててでも逃げて生きろと、何であんな考え方が出来るのか理解できない。

 小さい体で、ひ弱な体躯、非戦闘職の時空魔術師、およそ戦いに向いているとは言えない。

 なのに、元辺境師団所属、そして強力な魔術を使い魔獣や魔物を屠った、視察団や町の上役とも意見を交える知識と経験。

 見た目と実際にやってのけたことが乖離している。


「まぁ、あのマイが簡単にくたばるとは思えないし、頑張って踏ん張るか」


「そうだな。

 ん? そろそろ交代するか」


 火の近くに置いてあった虫除けの香が燃え尽きようとしていた。



■■■■



 夜が明ける、日が昇る前に全員で食事を取り、行動を確認する。

 この状況で熟睡できる者は居なかった。

 ベテランの冒険者と守衛のリーダーを務める一番年上の守衛が音頭を取る。


「じゃ、山頂に向かうぞ。

 ギリギリまで引きつける、逃げるタイミングを見逃すなよ。

 全員で生き残るぞ、マイも連れてな!」


 全員が頷く。

 その様子を見ているリーダーは自分が殿しんがりを努める、いや、最後まで囮として残る覚悟を決めていた。


「じゃ、移動を開始するか。

 ここから山頂は斜面も急だし山道も悪い、注意しろよ」


 山頂への山道は、ほとんど使われていない。

 山頂付近でのみ育つ高山植物の一部が薬草として利用されるので、その収集のために道が出来ているが、特別な薬草じゃない。

 ここより北の方では比較的低い所でも育つので、収拾するより購入した方が安いし安全だ。


 慎重に歩みを進める、体力的な問題も有る。

 山頂付近で籠城するために食料を多めに盛って来ていて、荷物が重いことも影響している。


 目の前には、山頂が近く見えるのに歩いても歩いても近づく気配が無い。

 不確かな足元に足を取られながら、ゆっくりとゆっくりと進む。


 誰もが無言だ。



 ドゴン

 ドゴァァァ……

 ドゴォォォォン……



 1つの音と2つの岩が砕ける音がする。

 収納爆発だ!


 グギャァァァ……


 そして響く魔物の断末魔。






「マイだ、生きて戦っているぞ!」


 ベテランの冒険者と守衛達の眼に生気が戻ってきた。

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