第153話 戦「判断」

 コウの町の東での戦いは、ようやく終わっていた。

 戦いに参加した者 全てが満身創痍だ。


「怪我人を手当しろ、動ける者は町に支援を要請しに行ってくれ。

 動ける者は何人居る?」


 ギムが、普段の口調を止めて、指揮官として振る舞う。



「町の方から馬車が来るのが見えます」


 東の戦闘は、町の高台からでも十分に見える場所だ、戦闘が終わったのを見て、救助の馬車を出したのだろう。

 ギムは、町長のコウとギルドマスターのゴシュの判断に感謝しながら、辺りを見渡す。


 立ち上がっている者は居ない。

 這いずりながら、傷ついた仲間に応急処置をしている。


 何人も、動かなくなった冒険者と守衛が横たわっている。



「うむ。 全員状況を知らせよ」


 ギムは仲間に問い合わせる。


「動けないな、鎧も盾も斧も限界だ」


 ぶっきらぼうにジョムが言う。

 自慢の盾は歪み、鎧はボコボコだ、斧も先端はボロボロになっている。


「魔術は無茶して1回、もう頭痛が酷くてまともに撃てるか判らない」


 シーテは、地面に横になって荒い呼吸を繰り返している。

 顔色が酷く悪い。

 マイが転移を使った時の症状と同じだ、使い慣れない高度な炎の魔術を行使した後も、幾つもの魔術を行使していた。


「矢は無い補給が必要だね、魔弓を使う魔力も尽きてる。

 あと、魔弓も少しガタが出てる」


 ブラウンは、魔弓のダメージを確認しながら言う。

 弓は武器の中でも繊細だ、酷使に耐えられたか判らない。


「すいません、まだ回復には時間が掛かります」


 ハリスも、魔力の限界近くまで使用した。

 簡単には魔力を回復できない。


「うむ。 我々が動けないのは不味いな」


 そういうギムも魔剣を無茶な使い方をした、腕が麻痺して剣を握る事も出来ない。



 そこに、冒険者と守衛が1人ずつやってくる。

 それぞれの取りまとめをしている者だ。


「ギム、冒険者の被害だが、3割が死んだ、確認出来ないのも多い、死にかけはもっと居る。

 体力が回復すれば戦えるのは、たぶん2割も居ない」


「守衛も似たようなものです。

 何より、北のあの巨大な魔物を見て、完全に戦意を失ってしまっています」


 絶望的な状況だ。

 こんな状態で、北の魔物達に戦いを挑むことは出来ない。


「うむ。 全員撤退だ、コウの町へ帰還する。

 怪我人を優先して馬車で移動、もっと馬車を出すように依頼してくれ」


 ギムが判断を下す。

 ここに戦う力を持つ者は居ない。

 そして、コウの町でも戦えるほどの力を持つ者が居ない。


 マイは言った。

 我々が戦いに参加するまで引きつける、それが生き残れる一番の方法だと。

 しかし、その望みは絶たれている。


「おい、マイを嬢ちゃんを助けには行かないのかよ!」


 クルキが奥さんに肩をかしてもらって歩いてきてギムに聞く、いや怒鳴る。


「うむ。 今行けば、タダの足手まといだ。 何の役にも立たずに死ぬだけだぞ」


「だかって、嬢ちゃんを見捨てるのかよ、他の連中だって」


「あんた、無理を言っちゃだめだよ」


 クルキは俯いて居る。



 ドゴーン


 遠くから、音が聞こえる。

 岩が破裂して崩れる音だ。


「マイちゃんが戦ってる。

 何で私の体は動かないのよ?」


 シーテは、巨人が見える方向を見て、動かない体に苛立ちを覚える。

 その間にも収納爆発の音らしき物が何度も聞こえる。

 遠くに見える巨人の姿が涙でぼやける。



 北の森の方から一頭の馬が走ってくる、2人乗っている。

 マイトと戦いを監視していた斥候役の冒険者だ。


 ギムの近くに来ると、馬から落ちるように下りたマイトが、重い足を無理矢理動かしながら近づいて必死に言葉を吐く。


「ギムさん、マイからの伝言です。

 中位種のオーガ種が数百から数千、上位種のオーガ種も数百、超上位種の武装したオーガが10体。

 あと、巨人が1体、です。

 マイたちは、東の山へ、崖に向かうそうです」


 紅牙のメンバーは、戦いを監視していた斥候2名に、運良く合流できた、1人が馬で来ていたので、マイトが代表して連絡に来たのだ。


「はやく応援を!」


 そこまで言って、ようやく周囲の状況に気が付く。

 惨状だ。 ここに戦える者は居ない。



「俺たちは戻ります。

 なんかの役に立てるはずです」


 マイトが崖の方に向かうおとする。


「マイから、紅牙のメンバーについての伝言は無いのか?」


「……その後の指示は此方の指示に従うようにと」


 マイトが苦渋の顔で言う、握りしめた手が震える。


「うむ。 では、コウの町への撤収の手伝いに加わってくれ」


「……はい」


 マイトは葛藤していた。

 俺たちは、少し矢を打った後は、ただ移動していただけ。

 戦いに何の役にも立っていない。

 だけど、マイから言われていた、手負いのオオカミに攻撃してしまった時、判断を間違えるなと。

 今やるべき事は、撤収の手伝いだ。


 マイトが撤収の手伝いを終わらせる頃、日が傾いてきた時、紅牙のカイとハルと合流し、コウの町へと帰還した。





 ドゴーン


 時折聞こえて来る、マイの収納爆発が、マイが今も無事でいることの証明になっている。

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