第152話 戦「遁走」

 まずい、まずい、まずい。


 頭の中を警報が鳴り響く。

 どうすれば良いのか? なにが最善なのか?

 絶望過ぎる状況に対応方法が見つからない。


「マイ、どうする?」


 冒険者の一人が私に指示を仰いでくる、みんな不安そうだ。

 私がここの指揮官だ、動揺を見せてはいけない。

 隊列を組んでジッとしているオーガ種達を見て息を吐く。


 ふー。


 出来る事は決まっている。 そうだった。

 意識を集中し、感覚を兵士の戦闘時の時の状態に持っていく。


 目の前に居るのは、ただの魔物じゃ無い、高度な知能をもって組織だった魔物だ。

 では、出来る事は一つだけだ。


「逃げます」


 私が言うと、全員が目を見開き注目する。

 それはそうだ、逃げ場所が無い、ここで何とかするしか無い。

 そういう覚悟でここに居るのに、逃げるとは何だ?

 いや、逃げたいのは当然だがそれを言うのかというのが伝わってくる。


「東の山へ。

 相手は巨体です、あの崖を登るのは困難でしょう。

 そして、東の部隊があれらを相手にするにはまだ時間が足りません。

 逃げて逃げて、時間を稼ぎます」


 私は、ベテランの冒険者と守衛にひたすら逃げ回るという命令をしている。

 彼らは、経験から来る技能の高さはあるが、すでに体力は全盛期から落ちてきている、逃げ切れなかった者から死ぬ。

 そういうことだ。

 自分で言っておいて、なんて非道な命令だろうと思う。


「もし逃げ切れなかった時は、何処かに身を隠して、やり過ごすまでジッとしていて下さい。

 コウの町へ逃げるのは無しです、オーガ種が着いてくる可能性があるうちは耐えて下さい」


 私は、逃げ切れなくなった時の対応として隠れる事を提案する。

 けど、それは難しい。

 北の森から東の森にかけては、隠れるような場所はほとんど無い。



「了解した。

 追いつかれないように逃げ回れば良いんだな。

 鬼ごっこは子供の頃から得意だったんだ」


 守衛の一人が震える体で、苦笑いしながら言う。

 強がりの言葉に、みんなの緊張が少し解ける。


 うん、この状況でこの士気は十分だろう。

 生き残ろう。


「では、皆さんは先に移動を開始して下さい。

 目的地へは東に向かって行き、山の崖を登って、尾根の上、頂上です。

 まとまって移動だと移動速度が落ちます。

 荷物も、途中で不要な物は投棄して下さい。

 暫くしたら、私が攻撃を仕掛けます。

 もしくは向こうが動いたら攻撃します。

 魔物が動いたら、そしたら私も逃げるので、出来れば崖に着くまでに追い付かれないように」


 全員が頷く。

 重い盾やハンマーはこのまま置いていくようだ。

 直ぐに準備を整えて森へ入っていく。

 何度か私を見る。

 私は手を胸まで上げて答える。


 これで、ベテランの冒険者と守衛を逃がす事が出来た。

 紅牙の皆も、大分進んでいるだろう。


 ふと、砦に一人残されたときのことを思い出す。

 あの時は、閉じ込められて、一人残された。

 で、こんどは自分の意思で一人残った。

 皮肉な物だなぁと思う。


 さて、私は一人だ。

 可能な限り、ここで足止めする。

 でないと、ベテランの冒険者と守衛が崖を登る時間を稼げない。

 私が逃げる方向も同じ東側の山の崖だけど、ここから尾根伝いに移動するつもりだ、一人だから取れるルートだね。

 これなら相手の頭上を取れるし囲まれる危険は少なくい。

 そして、移動が困難な部分も時空転移で移動する事が出来る。

 とはいうものの、眼前に並ぶオーガ種の部隊をどうにか出来る可能性はほとんど無い。

 分の無い賭けどころじゃない。


 ふふっ。


 思わず笑ってしまう。

 結局は、誰かの為じゃなくて自分の為じゃないのかな?

 逃げるのにも一人の方が都合が良いから。

 酷い人間だなぁと思う。


 巨人が腕をゆっくり上げる。

 攻撃のためじゃない?

 そして私を指さす。


 オオオオオオオ!


 地響きのような雄叫びだ。

 中位種・上位種のオーガ種が唸り声を上げ、腕を振り上げて向かってきた。


 ドゴン!

 ドゴン!


 用意しておいた岩を爆散させて、ぶつけていく。

 前面は全てオーガ種の波だ、外れは無い。

 当たり所の悪いオーガが倒れる、そのオーガを無慈悲に踏みつけて後続のオーガが進む。

 一切の躊躇が無い。

 あっという間にオーガ達が崖の下まで到達する。


 まずい、怯まない。

 私は、手を地面に向けて特大の収納爆発を発動させる。


 ドガァァァ!


 崖の斜面を崩す。

 流石に大量の崖崩れに巻き込まれれば、かなりの数を、いや大量のオーガの一部を削れたと思う。


 直ぐに身を翻して、尾根方向に移動する。

 これからは尾根を崩してその岩で倒しながら逃げる。

 タイミングと移動速度が重要だ、遅ければ回り込まれる、早すぎても崖崩れの範囲から外れてしまう。


 さぁ、鬼さん此方、岩鳴る方へ。



■■■■



 ドゴン!

 ドゴン!


 ドガァァァ!


 遠くから、音が聞こえる。

 始まった。


「思ったより遅いな、マイのやつギリギリまで待ったな」


「なんでだ?」


「そりゃ、決まっとる。

 わしらが崖に移動する時間を稼いでくれとるんじゃ」


 ベテランの冒険者と守衛達は、森の中を進みながら、マイの取った行動を考える。

 一人、まだ成人もしていない少女を残していく。

 死ぬ気で来ていたのに、守りたい若い者を危険にさらして生き延びようとしている。

 戻って戦いたい。

 そう思うが、作戦内容を知っている、戻れば足手まといになるだけだ。


 木々が抜け、山の斜面が見えてくる。

 この斜面を登らないといけない。

 くたびれかけた肉体に鞭を入れる。


「あの、斜めに細い筋が見えるだろ。

 あれが、頂上へ向かう山道だ、人一人分の足の幅しか無い。

 オーガ種が登って来れないな。

 よく考えてるよ」


 ドガァァァ!


 一列になって山を登っていく。

 時折、山が崩れるような音がする。


「マイは俺たちの後を逃げているんだよな?」


 誰かが言う。

 もしそうなら、聞こえて来る収納爆発の音は、森の木々を爆散させた音になるはずだ。

 なのに聞こえて来るのは岩が崩れる音ばかりだ。


「いや、たぶん尾根伝いに移動している。

 それなら、崖を崩しながら移動できるし、一人の方が身軽に動ける」


 マイの意図を汲み取った者が居た。

 ベテランであることは伊達じゃない。


「じゃ、俺たちの役目は?

 尾根の上で籠城戦だよな?」


「それで間違いない。

 ただ、マイが来る道が違うのと、可能な限りオーガ種の魔物の数を減らそうとしている。

 戦いながら移動しているんだ」


 巨大な黒い雫の対応するチームで、強力な威力がある攻撃が出来るのはマイだけなのは理解している。

 そして、自分たちはマイを守る為の囮になるつもりで居た。

 なのに、今は何の役にも立っていない。

 自分の無力さに呆れる。






「山を登るぞ、今はそれが俺たちの役目だ」


 全員が頷くと、山道を登り始めた。

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