第150話 戦「巨人」
コウの町から北の村の方に向かい、湿地帯を過ぎた平原。
その付近に動物の気配が無い、ただ風が吹いて木々のざわめきが満たしている。
その上空には、巨大な黒い雫が浮かび、その周りに多数の黒い雫がゆっくりと回っている。
マイと紅牙のメンバーは森の木の影からそれを伺う。
そしてついに、巨大な黒い雫がゆっくりと下降を始めた。
地面に到達するにはまだ時間がかる。
周囲を回る黒い雫の数は更に増えて判らない、40を越えた辺りで区別が付かなくなり数えるのを諦めた。
「なあ、マイ。
今更だけど、俺たちだけで何とかなるのか?」
マイトが聞いてくる。
うん、今更だね。
「何ともなりませんよ。
私達だと、あの周りを回っている黒い雫からの魔物の群れを1つ2つ倒せれば良い方ですね。
ですから、時間稼ぎです、注意を引いて逃げ回ります」
「そうか。
済まない、判っているつもりだったが、アレを見たら揺らいでしまった」
マイトは以前のように、勝手に考えて動こうとはしなくなった。
今回の作戦でも、意見を言い相談し違っていても理解して納得していた。
成長している、そう思わせる。
生きて帰さないと。
私は、心の中で別の作戦も思い浮かべていた。
そう、私だけなら確実に逃げる方法がある。
私の収納空間に逃げ込めば良い。
ただ、他の人を入れたことが無い、試してみる時間も無い。
そして、誰にも知らせる気も無い。
だけど、どうすれば他のメンバーを退避させる方法が判らない。
保留にしよう。
巨大な黒い雫が落ちてくる、ゆっくり、いや大きすぎて遅く感じるがそれなりに早い速度で落ちてきている。
そして、周囲の黒い雫も。
紅牙のメンバーが、マイト、カイ、ハルが緊張しているのが判る。
私も、手にじっとりとを汗をかいているのが判る。
巨大な黒い雫の落下が止まる。
不味い、地上から10メートルはある、私が接近して収納爆発を使用する事が出来ない。
ハルの魔法では私をあそこまで持ち上げる事も出来ない。
「まず、遠距離攻撃を始めましょう。
矢を使いすぎないように」
私は、地面に出して置いた岩に対して収納爆発を行使する。
ドゴン!
岩が砕けながら爆散する。
それが巨大な黒い雫と遅れて落ちてきた黒い雫に当たる。
的が大きく、数も多いので狙いがいい加減でも構わない。
矢が飛ぶ。
ハルの魔法は温存だ、今は矢に専念して貰っている。
黒い雫から、オーガ種が出てくる。
最初から中位種か。
「オーガ種が接近してきたら撤退。
可能なら巨大な黒い雫から魔物が出たら、一撃入れて撤退。
タイミングを間違えないように」
オーガ種も大きい、一撃を貰えばそれでお終いだ。
接近させないように、岩を収納爆発で爆散させて、注意を引きつつ接近させないようにする。
ドゴン!
ドゴン!
何度か岩を爆散させる。
岩の残りが少ない。
巨大な黒い雫に岩が吸い込まれている。
焦れてきた。 駄目だ冷静になれ。
ドン!
巨大な黒い雫から、幾つもの腕が出る。
デカい。
そして、出てきたオーガ種よりも大きなオーガ種が出てくる。
その数、10体。
そして、その手には武器を持っている、鎧のような物まで着ている。
まずい、その中の1体でも私達では全く歯が立たない。
パキャ
巨大な黒い雫が弾ける。
懸念だった、存在し続けて魔物を生み出し続ける可能性は無くなった。
大したことじゃ無いけど良い情報だ。
そして絶望した。
ドスン!
巨大な黒い雫の中心から現れた魔物は、大きなオーガ種の倍、身長が30メートル近い巨躯だ、崖の高さよりも高い。
その巨躯の顔に見覚えがあった。
コウの町で現れた空間のヒビの中から覗いていた、あの巨大な顔だ。
ヒビから見えていたのも、顔の一部だったのか。
その額には、わずかに傷跡のようなものが見える。
超巨大なオーガ種、なんと言えば良いのか?
巨人か。
それが、ゆっくり私をみて、ニタリと笑った。
私に気が付いてる。
「撤退!」
「え、一撃は?」
私は叫ぶ、それにハルが驚く。
「そんな事を言っている暇があったら、崖に走って!
カイ! 後を付けられないようにする道を行くから、先導して!」
私の余裕の無い言葉に、全員が動き出す。
桁違いに巨大な巨人が現れた事に、認識が追いついていなかったのが、ようやく最悪な事態であることを理解する。
でも、叫んだり慌てたりしない、短い期間でどれだけ成長したのだろう?
カイが、移動途中の縄を切りながら先導して進む。
野道の所に仕掛けていた罠が発動して木が倒れ込み、道を塞ぐ。
どの程度効果があるのかは判らない。
やや遠回りして、迎撃するための崖に着く。
ベテラン冒険者達と守衛は腰が引けている。
無理もない、出てきた魔物の桁が違う。
オーガ種だけでも数百を軽く越える、超上位種の10体は傷が付けられるかも判らない。
そして、その背後にそびえる巨人。
巨人の顔は、崖の上からでも見上げる必要がある。
紅牙のメンバーは息が上がってしまっている。
いや、戦う気力が無くなってしまっている。
私は、ベテラン冒険者達と頷き合う。
紅牙とは別に決めていた事だ。
「紅牙のメンバーに命令です。
この状況を東で戦っている冒険者と守衛に伝えて下さい。
そして、その後の指示は向こうに従って下さい。
我々は東の山の北側の崖から山頂に向かいます」
へたり込んでいたマイトが顔を上げる。
カイもハルも頭が働いておらず何を言われたのか理解できていないようだ。
「東の部隊に、ここでの魔物の戦力を伝える必要があります、重要な役目です、できますね」
私とベテラン冒険者達と守衛で、紅牙のメンバーは危険な場合は逃がす手筈を示し合わせていた。
私が若い彼らを無駄死にさせたくない、という申し出は自然と受け入れられた。
ベテラン冒険者達も退避させたいが、ここを死守する覚悟をしてしまっている。
「すまない」
マイトが言う。
謝る必要は無い、元々は私とベテランメンバーのみで対応する予定だったのだし。
「謝罪は不要です、連絡役を頼みます」
紅牙のメンバーが重い足取りで、東の森へ向かって歩いて行く。
多分、半日以上は掛かるだろう。
さて、私達はやるべき事をやろう。
私は、爆散させるための岩を取り出す。
ベテラン冒険者達も弓をつがえる。
超上位種のオーガも兵士のように整列してこちらに対峙している。
そして、大量のオーガ種も隊列を組んでいる。
かなり高い知能を持っていると思って良い、対応を間違えるとあっという間に潰される。
全身から汗が噴き出る。
巨人と目が合う。
ガハハハハハハ
巨人の笑い声が響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます