第149話 戦「東の森の戦」

 コウの町の東に落ちてくる大きな黒い雫とその周囲を漂う多くの黒い雫。


 翌日。

 視察団のチームを中心とした、コウの町にある戦力の大半が陣形を君でその時を待っていた。


 戦力が十分なら、この時点で遠距離攻撃を仕掛けて、物量で大きな黒い雫と周囲を漂う黒い雫を潰していく方法が効果的だ。

 しかし、一つの町の戦力では、出来るだけ消耗を減らして戦う事が求められる。

 効率よく、黒い雫から魔物が生まれる前に黒い雫を潰した方が良い、特に大きな黒い雫から現れる魔物の脅威度が判らない、不確定な危険は早めに排除しておくべきか。

 兎も角、短期決戦で損耗を少なくし、マイ達の居る巨大な黒い雫の対応へ向かわなくてはいけない。

 何度も話し合って決めた作戦を開始する。


「うむ。 シーテ、魔術の攻撃範囲に入ったら、大きな黒い雫を攻撃してくれ。

 他の者達も、十分に引きつけてから攻撃を行うように、通達を」


 ギムが周囲の守衛に声を掛ける。

 伝達する係が各方面に走っていく。


 ギムは大きくため息をつく。

 周りに居る冒険者達の士気は低い、あの規模の黒い雫は誰も見たことがたい。

 でも、マイを含む19人は、その大きな黒い雫よりも巨大な黒い雫を相手にしている、彼らに比べれば怖じ気づいている暇なんて無いはずだ。


 大きな黒い雫の落下速度が上がっていく。 他の黒い雫は置いてけぼりだ。


「来るぞ!」


 誰かが叫ぶ。

 大きな黒い雫が、空中に静止する、5メートル以上の高さだ。

 ギムは内心舌打ちをする、もし巨大な黒い雫が同じ位置に静止するのなら、マイは収納爆発を使用するだけの距離まで接近できない。


「攻撃開始!」


 各所から、攻撃開始の合図が上がり、矢が黒い雫に向かって飛んでいく。

 シーテの攻撃魔術も大きな黒い雫に対して攻撃を始める。

 魔術師の兄妹の2人の魔術も展開される。 大量の物理的な威力を持った光と影の槍が黒い雫に刺さっていく。

 どの程度の成果が上がるかは魔物が現れてみないと判らない。

 遅れて落ちてきた黒い雫が地面近くで静止する、そして、魔物が生まれ落ちてきた。


 リザード種だ。

 最初から中位種の4足歩行のタイプが現れる。

 攻撃は有効だったようで、出てくる魔物は弓矢が深く刺さり動きは緩慢だ。


「効いているぞ!

 攻撃を続けろ!」


 黒い雫への攻撃が続く、が、リザード種でも2足歩行の上位種がついに現れる、その体には魔術の攻撃の影響の傷が沢山刻まれているが、ダメージを与えられているように見えない。

 そして、矢が刺さらない。


「2足のリザード種は、槍で応戦しろ!

 噛み付きの攻撃に注意!

 矢は大きな黒い雫へ攻撃を移動!」


 戦場は3つに別れた、中位種のリザード種を刈る近接戦闘組。

 上位種のリザード種を槍で狙う中距離戦闘組。

 そして、大きな黒い雫への攻撃を続ける遠距離戦闘組。


 戦いは、一見順調に進んでいるように見える。

 数こそ負けているが、黒い雫の段階での攻撃がある程度有効なのが効いている。

 だが天秤は魔物の方へ傾いていく。

 遠距離攻撃で攻撃できなかった黒い雫から、無傷の中位種と上位種のリザード種が生まれ落ちて接近してくる。

 ギリギリの戦いが続く。


 ギムを含む視察団のチームと2つの強い冒険者チームは一歩引いた位置で戦いを見ている。


「ギムさんよ、おれらも戦いに参加しなくて良いのかよ」


 クルキがギムに聞く、というより戦いに行かせろという感じだ。

 剣に手を乗せて、今にも走り出しそうだ。


「うむ。 駄目だ、大きな黒い雫からの魔物を確認し対応を決めるまで我慢してくれ」


「……判った」


 クルキさんのチームと、もう一つの5人組のチームも力を貯めている。

 今戦っているのは、強力な遠距離攻撃魔術が使えるシーテが大きな黒い雫への攻撃に参加しているだけだ。


「盾役は、接近してくる魔物の足止めだ!

 もっと効率よく刈っていかないと持たないぞ!」


 魔物の物量が冒険者と守衛達を押し始めてきた。

 戦いの音の中に、悲鳴が混じってくる。


 バシュ


 ついに大きな黒い雫から腕が、何本も飛び出る。


「大きな黒い雫から魔物が出るぞ!」


 大きな黒い雫の近くに居る冒険者が叫ぶが、遠目でも判る。


 黒い闇から滲み出てくるように、上位種の2足のリザード種から更に二回りは大きいリザード種が出てくる。

 その数5体。

 上位種のリザード種は腕が貧弱だったが、出てきたリザード種は隆々とした腕を持っている。

 そして、武器を持っている。

 シーテの魔術と矢の攻撃の後はあるが、こちらもかすり傷程度にしかなっていない。



 パキャ


 軽い音と共に大きな黒い雫が弾けて消える。

 その中心には、更に巨大なリザード種というよりドラゴンというのが相応しい姿の魔物が佇んでいた。

 その背中の羽がゆっくり広がる。


「ひっ」


 誰かが悲鳴を必死に堪える。

 大きな黒い雫から現れた上位種を越える魔物たち。

 そして、その中心に居る、巨大な魔物。


 絶望的な空気が辺りに漂い始める。


「おう! 行くぞ!」


 ギムが叫び、クルキのチームともう一つのチームが駆け出す。

 その行き先を阻む中位種、上位種をなぎ倒していく。


 ガァァァ


 ザン!


 上位種の魔物が叫ぶが、一刀のもとに切り裂いていく。

 ギムが持つ剣が薄く赤く輝く。

 ただの剣では無い、火の属性魔力を帯びた魔剣だ。

 視察団にスカウトされた冒険者チームだ、それぞれが特殊な技能や魔導具を所持している。

 ギムは1000年以上前の都市遺跡で発見した魔法の剣を所持し使いこなしている。

 この剣は、火の属性魔法によって切断能力を大幅に上げる能力があり、最大使用時は刀身の長さを数倍にすることも可能だ。

 この戦いでの切り札の一つである。

 他には、ハリスの聖属性魔法、シーテの合成魔術。

 そして、ブラウンの魔弓による全体攻撃と、ジョムの魔盾による魔法反射とバトルアックスによる強力な打撃攻撃。

 視察団チームを上位種やその上を行く魔物に効率よく当てる、それが今回の戦いの成否に関わる。


「ギムの旦那の道を切り開くぞ!」


 他の冒険者たちが、ギムに向かう魔物を迎え撃っていく。

 ほとんど体当たりで上位種を押し倒して刃を突き立てる冒険者たち。


 ギム達に武器を持った超上位種が立ち塞がる。

 その向こうには、ドラゴン? といえる魔物が冒険者達を見ながら動かない。


 なぜ動かない?






 ギムはドラゴン種の動向を気にしながらも、超上位種のリザード種との戦いに入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る