第148話 戦「出立」
朝。
私は、フミが寝ている横で、準備を済ませる。
戦いに必要な私物は全て収納済みだ。
格子窓から外が明るくなり始めているのが判る。
フミの寝顔を見る。
起こさないで行った方が良いかな?
居間に行くとタナヤさんとオリウさんが居た。
「マイ、保存肉とパンだ。 持って行け」
少し、いや結構な量の食料を受け取る。
「マイ、必ず帰ってくるんだよ」
オリウさんが私を抱きしめて言う。
私も抱きしめる。
思い返せば、私をここに置いてくれたのはオリウさんの一言だった。
帰ってきたい。
そう思っている、だからこの場所を魔物に侵される訳にはいかない。
「いままでお世話になりました」
オリウさんの力が強くなる。
私の頭に、タナヤさんの手が重なる。
「そんなことを言って欲しいわけじゃ無い。
帰ってこい、ここはお前の家だ」
「はい……」
そろそろ行かないと。
「では、行ってきます」
トタタ
走る音が聞こえる。
「マイ!」
「フミ」
オリウさんが私を放し代わりにフミが私に抱きつく。
震えているのが判る。
「黙って行かないでよ」
「うん、ごめん」
私を行かせまいとキツく抱きしめるフミをユックリ離す。
「帰ってきたら、フミの料理を楽しみにしていますよ」
「うん、判った」
これ以上は、心が乱れる。
「では、行ってきます」
私は、宿屋タナヤを出る。
宿屋タナヤに向かって言う。
「行ってきます」
その宿屋タナヤの前には視察団の皆が居た。
「マイ。 検討を祈る」
「マイちゃん、無茶しないでね」
ギムさんとシーテさんが言う。
「もちろん、死ぬ気はありません。
皆さんが応援に来るまで、持ちこたえます。
それが私が生き残れる方法ですから」
「うむ。 必ず魔物を倒して応援に向かおう」
視察団を含む主力部隊は、集合に時間が掛かる、距離も近い。
それに対して私たちは、距離があるので近くまでは馬車で移動する予定だ。
「皆さんも、健闘を祈ります。
戦場で会いましょう」
「ああ、必ずだ」
私たちは、お互いに声を掛け合って分かれる。
■■■■
馬車が揺れる。
私達、巨大な黒い雫の対応するチームを乗せた馬車3台だ。
遊水池の中を通る街道を、巨大な黒い雫が浮かんでいる方へ向かった進む。
人員は、私マイをリーダーに、紅牙の剣士マイト、斥候のカイ、魔法使いのハル。
そして、ベテラン冒険者チーム5人組が2組、退役間近の守衛が5名。
正直、戦闘力は完全に不足している。
私の魔術は使い所が難しい。
紅牙はまだ成人して間もない若いチームで実戦経験がまるで足りてない。
ベテラン冒険者たちと守衛。 全員男性だけど、もう60歳を越えていて本来なら引退している年齢だ。
普段は若い冒険者の指導をしているそうで、訓練はしているけど実戦からは遠のいている。
なにより、護衛や採取が主で、獣や魔獣との戦闘経験が少ない。
そして魔法使いは居ない。
武器は、弓と矢を多めに、それと槍を全員分 用意して貰った、出来るだけ遠距離・中距離を保ちたい。
戦い方は説明してある。
巨大な黒い雫が落ちるまで待機。
落ちて魔物が現れたら、攻撃して誘導。
魔物の注意を引きつけながら東方向に逃げて、小さいけど崖の上に陣取ってそこから遠距離攻撃で足止めを狙う。
抑え切れなくなったり、囲まれる危険が出たら、山沿いに東に後退しながら攻撃。
山側は斜面が急だし、東にいくにつれて崖になる、山側からの攻撃の可能性は無いと思う。
で、東の大きな黒い雫から出た魔物を討伐した部隊と合流して戦闘に入る。
上手くいく可能性は低い。
そもそも、巨大な黒い雫から出る魔物の予想が出来ない。
巨大な黒い雫の周囲を回るように漂っている黒い雫の数も20を超えている、1つから30近い低位種と数匹の中位種が出るとして、単純に600以上の低位種と60以上の中位種を相手にしないといけない。
たった19人で。
巨大な黒い雫は、ようやく上半分の姿を見せてきている。
東の方を見る。
大きな黒い雫がゆっくり下降しているのが判る。
大丈夫だろうか? 気になるけどそんな余裕はこちらには無い。
「まるで黒い穴じゃな」
馬車に乗っているベテラン冒険者の一人が言う。
そういう風に見ることも出来るか。
うん? 何かが引っかかる。
ずっと前から引っかかっている事と同じかな、ハッキリしないのでモヤモヤした感じが残る。
「そうですね、魔物が出てくる穴というのも、合っていますね」
ダンジョンから生まれる魔物、ダンジョンはそのまま穴だ。
そして、空間に滲むように出る黒い何か、あれも穴といっても良いかもしれない。
そして、黒い雫、名前に惑わされているけど、空間に出来た穴と言っても良い。
穴なら閉じる方法があれば良いのだけどな。
馬車が草原まで来た。
もうしばらく走れば巨大な黒い雫の真下になってしまう。
御者をしていた役場の職員さんが不安そうに私を見る。
「もうちょっと行った所に、東の森に向かう野道があります、そこで降ろして下さい」
「はい、判りました」
明らかにホッとした表情をする。
野道が見えてくる。
「あそこですね」
「はい、判りました」
馬車を止め、下車する。
私が収納している分を除けば、少しの荷物だけだ。
馬車の御者をしている彼らは、私達を降ろすと激励の言葉を何度も言いながら帰っていく。
「まずは、崖の上で待機しましょう」
私達は、野道を歩いて崖の上へ向かう。
全員無言だ、直ぐ近くの空の上に巨大な黒い雫があるのだから当然だろう。
崖の上で野営の準備をする。
ベテラン冒険者達が、あっという間に準備を済ませる。
日が傾いてきた。
夕食を取りながら詳しい対応を確認する。
「黒い雫が落ちたら、足の速い私と紅牙が先行して攻撃します。
そして、注意を引いて後退するので、崖の上から弓で攻撃して下さい。
崖の上からの攻撃が始まったら、私と紅牙は真っ直ぐ崖の上に戻って攻撃に加わります。
あとは、前に言った通りです。
疑問や質問は今のうちにお願いします」
「ワシらは動かんで良いのか?」
「ええ、長期戦になりますから、体力を温存して下さい」
「長期戦になるのか?」
「短期戦で勝てる方法はありません、短期戦になったら確実に負けです」
「そ、そうか。 荷物はマイに預けておいて良いのか?」
「私が無事で居るかは判りません、必要な物は今のうちに全部出しておきます」
全員が黙り込む。
しまったかな? 場合によっては見放して逃げるとも取れてしまう。
「今回の作戦では、いかに戦力を維持しながら東に展開している仲間と合流するかに掛かっています。
つまり、1人欠けただけでも生き残れる可能性は低くなります。
全員で生き残りましょう、変な言い方ですが、それが生き残れる最善の方法です」
少しだけ、緊張が解けたようだね。
でも、言っている事に気が付いているベテラン冒険者の一部とハルは表情が硬い。
この中の誰かが戦えなくなる度に全滅する可能性が跳ね上がると言うことなんだから。
「さ、見張りを決めて休みましょう。
今、緊張していたら、疲れてしまいますよ」
私が言うと、みんな少しだけ笑った。
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