第147話 戦「戦前」

 我ながら自分の判断にあきれる。

 自分から死ににいくような事をするのだから、馬鹿だ。

 今までも似たような事はあった、けど、それは助かるための無茶をしたんだけど、今回は違う。

 私だけ助かっても絶対に後悔する、宿屋タナヤの人たちが、フミがそしてみんなが住んでいるこの町が無くなってしまったらお終いだ。


 空の迷宮に発生した大きい黒い雫は、まだ落ちてくる気配は無い。

 けど、その周りにある小さい黒い雫はその数を増やしていっている。


 町の中央広場、町長の館の前では、冒険者と守衛が集められて、これからの事が伝えられている。

 それを町民が遠巻きに見ている。

 皆、その表情は不安に包まれている。

 だけど、逃げ出す人は居ない、どこにも逃げる場所が無いから。


 中央広場からも大きな黒い雫は見える。

 あれが落ちてきたときが、戦いの始まりになる。


 輝く空の迷宮に対して漆黒の黒い球体は現実離れしている。


 町長から発表された内容は事前に聞いていたとおりだった。


 町の守りを最小限にする、そのため戦える力を持っている町人たちは、低位種が出てきても自力で自衛するようにと。

 おそらく、全体が先に出ている黒い雫が先に落ちるので、、そちらにほぼ全戦力を向ける。

 もう一方は最低限の戦力で足止めと防衛に努める。


 人の割り振りも行われた。

 町の防衛は若い守衛と冒険者。

 最初の大きい黒い雫にはほぼ全部の冒険者と守衛。

 そして、巨大な黒い雫には3組の引退間近の冒険者と守衛とそして私、だったはずだった。



「なぜ、あなた達がいるんですか!?」


 私が怒りにまかせて怒鳴っている相手は紅牙のメンバーだ。 紅牙のメンバーが巨大な黒い雫の対応組に居た。

 彼らは若い、最初の大きい黒い雫の低位種を狩っていれば良いのだ。


「俺たちも話し合った。

 マイが行く場所は生き残れる可能性とかね」


 マイトが言う。

 ほかのメンバーも納得しているようだ。

 もし、安全だからというなら無理矢理にでも辞めさせる。


「私が行く方が安全と思っているなら、直ぐに辞退しなさい、今回は誰かが誰かを守る余裕は全くありません。

 自分の身を守れない人は足手まといです。

 あなた達は若いから町の防衛でも大丈夫でしょう」


「判っている、俺たちでは力不足なのも。

 イザとなったら見捨ててもらっても構わない。

 マイと一緒に戦いたい、みんなの総意だ」


 決意は結構だけど、力不足を認識しているのなら来ないで欲しかった。

 説得は無理のようだね、それでも譲れないところがある。


「……私が巨大な黒い雫へのチームの指揮を任されています、私の命令は絶対厳守です。

 勝手な判断をする気があるのなら、邪魔ですので失せてください」


「もちろんだ。

 この前のようなまねはしないよ」


 かなり意図的にきつい言葉を選ぶ。

 それでも判断は変わらないようだ、これ以上は言うことは無いか。


 私と一緒に行く冒険者と守衛とも合流して顔合わせをする。

 思っていた以上にベテラン揃いだ。


「巨大な黒い雫に対応するチームのリーダーのマイです。

 よろしくお願いします。

 事前に説明があったとおり、私たちは大きな黒い雫の魔物の討伐が終わるまでの時間稼ぎです。

 可能ならその場に釘付け。

 無理なら、東の方向に後退しながら、町に近づけさせずに大きな黒い雫を倒したチームと合流です。

 でも、大きな黒い雫の魔物が討伐されていない場合は、北の山方向に誘導します。 その時は覚悟してください。

 山の方は崖です、退路はありません」


「判っとるよ、上手く全体を誘導じゃな」


「いえ、中位種と上位種だけで構いません。

 今回に限っては低位種は邪魔な物以外は無視してください」


「いいんかい?

 町に残す守衛では低位種でも対応できるか判らんぞ」


「壁で十分防げます、あと、低位種は一定時間で死ぬので、籠城戦が有効になります」


「判った、で、どんな魔物が出るのかな?」


 全員が注目する。

 どんな魔物と戦うのか判らないのでは対策のしようが無い。


「残念ですが、この規模の黒い雫の発生例は、この領ではありません。

 どんな魔物が出るのかは判らないです」


「死にに行けと行っているような物だぞ」


 守衛の一人が吐き出すように言う。

 事実その通りだ。


「はい、大きな黒い雫も、私たちが対応する巨大な黒い雫も、決死の覚悟で挑む事になります。

 特に私たちの方は、覚悟してください。

 今なら引き返せます」


「いや、聞いていたんだった、すまない。

 予想以上に絶望的だったんでな」


 チラリと、紅牙のメンバーを見る。

 あ、彼らを諦めさせたかったのかな?


 少し、沈黙が続く。

 うん、紅牙にはこのタイミングで出来れば諦めてほしかったんだけどね。


「最後に、長期になる場合は、守衛が補充物資を運びます。

 食べ物が不足する心配はとりあえずありません。

 また、移動中の重い物は私が収納するので分けておいてください」


 全員が頷く。


「明日、朝に移動します。

 朝の鐘が鳴る頃に北の門へ集合を」



■■■■



「ただいま」


 宿屋タナヤに帰ってきた。

 皆がいる、けど誰も迎えてくれない。


「お帰り。 すぐに食事にしよう」


 タナヤさんが言うと厨房に入っていく。

 オリウさんとフミは黙ったままだ。


「夕食が楽しみですね」


 私はいつも通りに振る舞う。


「うん、今日はマイが捕ってきたイノシシの煮込みだよ」


 フミが無理して笑いながら言う。

 今の状況については、町中の人が理解している。

 当然、フミも知っている。


 夕食もいつも通りだった、でも言葉は少ない。

 料理も少し豪華だ、お客向けといっても遜色ない。

 なお、ギムさん率いる視察団も、今2階で食事を取っている。


 この戦いが終われば、きっと一段落する。

 改良されたダンジョンコアに何かあったのかは判らない、でもこれを乗り越えれば、きっと何時もの平穏が帰ってくるはずだ。

 多くの人がそう信じている、私もだよ。


「マイは、この依頼が終わったらどうするの?」


「そうですね、しばらくは、ゆっくりしたいですね。

 フミと一緒にコウの町で行ったことの無いお店とか回りたいです」


「うん、約束。

 私も行かないところは多いから楽しみだよ」


「森も良いですね、この時期は色々咲いています」


「うん、そうだね。

 ね、マイ」


「はい、フミ?」


「今日一緒に寝て良い?」


「うん、色々話をしましょう」






 夜、フミと話をした。

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