第146話 戦「大黒球」
持ち帰った川魚は夕食と保存食に。
イノシシも保存用に塩漬けされた。
とはいえ、宿泊客が少ないので、ほとんどは宿屋タナヤの家族で消費する予定になっている。
2番目の壁から外の治安が悪い事は、夕食の時に話した。
フミが心配しているけど、冒険者の服装をしている者に手を出す馬鹿は居ない、むしろフミのような弱い存在が危ないんだけどな。
タナヤさんもその辺は判っているようで、出歩く時は2人以上にするとの事だ。
イノシシを狩ってきた事については呆れられたけど、魔術の訓練相手になって貰ったんだし、保存も効く、旨く活用して欲しい。
オリウさんから、近所の家庭にもお裾分けしたいとの申し出があった。
出所を隠すことで了解した。
今後も私に期待されても駄目だし、金銭では無いけど物々交換は行われている、かなりグレーな範囲だ。 イノシシの肉を宿泊客に出すのも本来は駄目だしね。
「すまいなねぇ。 みんな大変なんだよ」
オリウさんが謝ってくる。
宿屋タナヤはその仕事の関係上、食材を優先して入手する伝を持っている。
価格が安い時期でも一定の価格で買い取ることで、多少高い時期でも安く購入し、数が少ない時も可能な限り数を融通してくれている。
それはこの状況でも続いているらしい。
けど、普通の職の人達は露店での商品が減り価格が上がると、とたんに家計が苦しくなる。
町からの支援もある程度の収入がある家庭は後回しにされてしまう、不満も出る。
今の私は、コウの町の有効な戦力の一人として扱われている。
安易に森に何日も入ることは出来ない。
今回、イノシシが狩れたのも森から偶然出てきた所に遭遇できたからで、狩人のように確実に獲物を狩る能力が無い。
これからも肉の提供を求められるような事態は避けたい。
「判っていると思いますが、頼られすぎないように注意して下さいね。
持っているから支援して貰えるのが当然で、支援しないのは卑怯者と言われることも多いです。
困っていると弱者の立場で、善意を命令したり強要してくるのはよくあることです」
私が話す。
弱者だから持って居る人から無償で手に入れるのは当然だと勘違いする人は多い。
もちろん、弱者に渡るべき物を自身の保身のために貯める人も居る、一概にそれが悪いとは言わないけど、理性を失った行動になりやすい。
オリウさんも、悲しそうな苦笑し了解する。
「フミにも注意して下さい。
ただの知り合いだった人が、友人面して助けを要求することはあります。
フミだと、それを断るのは難しいでしょう」
「ああ、判っているよ。 ありがとね」
居間の扉を叩く音がする、シーテさんだ。
「マイちゃん、良い?
直ぐに町長の館に集まって欲しいの」
シーテさんが私を呼びに来た。
と言うことは、何か状況が変化したんだ。
「では、行ってきます」
「気を付けてね」
■■■■
馬車に乗って町長の館へ移動する。 私とシーテさん御者さんだけ、本当に私を呼びに来ただけのようだ。
馬車に座り外を見て、気が付いた。
椅子に座ったことで、空の方に目が行ったんだ。
「シーテさん、今回の招集はアレですか?」
「そうよ、多分大事になるわ」
なんで、今の今まで気が付かなかったんだろ?
空の迷宮に黒い雫が発生する前兆の模様が見えている。
空の迷宮が輝いている反対でその部分だけ明るさが落ちている、そしてその範囲が広いから空の迷宮の輝きの中でも判別できる。
私は馬車の中から空を見渡す、東の空と、北の空だ。
「東と北ですか? 他の方は?」
「今確認している限りは、その2つね。
最初に確認したのは、昨日の昼前。
空の迷宮が輝いて監視が難しくなったので、気が緩んでいたみたい」
「私も、昨日は外出していたのに気が付いていませんでした。
探索魔術でも判らないですね」
「ええ、私の探索魔術でも届かないわ、探索魔術に頼ってしまうのも考え物ね」
魔術師あるあるだ、周囲の警戒をつい探索魔術に頼ってしまう。
気配とか目視で得られる情報をつい忘れてしまうんだ、兵士の頃もよく注意されていたんだっけ。
しかし、明日の昼前からだというと、もう丸一日近くになる、前兆の模様がそんなに長い時間、現れ続けたことは無い。
想定以上の黒い雫が発生すると考えても最悪じゃ無いだろうな。
馬車は3番目の塀を抜けて、人が比較的密集している区画に入る。
思っていたより、町人の様子は普通だ。
気が付いていない?
「あれ? そういえば黒い雫の前兆の模様を見つけた時の鐘が鳴っていませんね?」
「ええ、状況が状況だったので、鳴らさずに報告を優先したみたい。
でないと、今頃町中がどうなっていたか判らないわ」
「結果としては、現状は良かったですが……実質、避難は考えていないんですね」
「そうね、コウの町と4つの村を受け入れられる所は無いと思う。
それに時間は判らないけど、この人数を移動させる余裕は多分無いわね」
馬車が町長の館に到着する。
冒険者ギルトの方を見る、何人かは異変に気が付いたのだろう、何時もより人が多い気がする。
何時もの部屋には既に関係者が揃っていた。
皆、困惑した渋い顔をしている。
「遅れてすいません」
私も何時もの席に着く。
様子を見るに、何を話して良いのか判らず沈黙が続いていたようだ。
「何か決まったことはありますか?」
「町の全勢力を使用して、これから落ちてくるであろう黒い雫に対処する、事だけは決まっています」
「では、町から避難は無いのですね」
「ええ、近隣の町も都市も既に被害が出ています、受け入れられる先はありません。
我々で何とかするしかありません」
コウさんが、疲れた声で答える。
既に各所に応援も頼んだのだろう、ろくに寝ていないことが判る。
「コシンさん、黒い雫の前兆の模様で、確認出来ているのは東と北の2つだけで良いですか?
あと、大きさとその場所については何処まで判っていますか?」
「はい、模様が確認されているのは2つです。
場所は、東側は町に近い街道沿いの北東側です。
北側は、おそらく遊水池の先の草原付近ですね。
北側の模様の方が東側に比べて2倍ほどの面積があります。
とはいえ、東側の模様も今まで観測されてきた中で比較外に大きいのです」
「うむ。 そういうことで、一体どういう事になるのか全く読めない。
対処の計画が立てられないのだよ。
かといって、無策で望むのは愚かな行為だ」
考える。
出てくる魔物の量と質が判らない、なら戦力の分散は駄目だ。
確実に倒せるだけの戦力を一方に集める。
「黒い雫が落ちてくることは確定として。
最初に落ちてきた一方に戦力を集中するべきですね。
各個撃破が良いかと」
問題は、どのタイミングで2カ所から黒い雫が落ちるかだ。
もう一方が落ちてきてしまった場合、対応出来なくなる。
「それは、その通りだ思いますが、そうなるともう一方をどうしますか?
町の守りもあります」
ブラウンさんが語り尽くしたという感じで言う。
うん、それ位は話し合っていたんだね。
「もう一方は時間稼ぎで少人数だけで対応ですね。
可能な限りその場所で足止めさせることになるでしょう。
理想は、町から引き離して行くことになると思います。
戦力を集中した方が討伐出来ていることを期待して誘導するもの良いでしょうが、もし戦闘中だった場合は挟撃を受ける形になってしまいます。
町の守りは最低限ですね」
「時間稼ぎは、一体どれだけすれば良いの?」
シーテさんの疑問は答えられる人は居ない。
再び、私に視線が集まる。 こんな事言いたくないんだけとな。
「戦闘を行う人達が勝利して、その後、回復し戦闘復帰できる時間までです。
……正直に言ってしまえば、事実上、時間稼ぎをする人達が耐えられる時間です。
つまるところ、全滅するまでの時間ですね」
取り繕っても仕方が無いだろう。
私の言葉に、ジェシカさんやコシンさんが明らかに動揺している。
「マイは、そのよう命令を我々にしろと?」
ゴシュさんが言う、当然だろうその命令を出すのは町の最高権力者の町長コウさんとギルドマスターのゴシュさんだ。
多少の怒りが籠もっている、当然だ。
「他の方法があれば提案して下さい。
私は、今の状況下で考えられる事を提示しましたが、それ以上の方法があれば私が知りたいです」
私だってこんな、犠牲を前提とした作戦とも言えない方法を提案したくない。
他に良い方法があれば知りたいよ。
「ゴシュさん、落ち着いて。
それが我々のやるべき責任です。
そして、今できる一番具体的な方法であるのも事実でしょう、我々が話し合って決められなかったことだったのですから」
コウさんが私の言葉を指示してくれるけど、他に何も無かったの?
「そして、マイさん。 貴女の提案した戦える人全員でのコウの町防衛、町民に動員をかけましょう。
おそらく守衛だけでは足りません」
室内の全員が緊張する。
当然だけど、これも町で戦闘が始まれば被害が出るのが前提の方策だ。
悲しくなる。 こんな方法しか思いつかない自分が情けない。
「うむ。 このような手段しか取れない我々は不甲斐ないものだ。
だがやるしか無い。
どの様に、分担をするべきかな?
まず戦闘を行う方には、視察団と3組の冒険者チーム、それに低位種を裁くのにも人員が必要だ。ほぼ全戦力だろう。
町の守りは、守衛の中でも若い奴らで良いだろう。
どれも危険だが、問題は、時間稼ぎを行う方だ。
決死隊を組むことになってしまう」
「チームの選抜は俺がやる。
だが、足止めするにも其相応の戦力が必要だぞ」
ゴシュさんの顔は苦渋に満ちている。
おそらく冒険者や守衛でリタイヤ間近な人を使うのだろう」
「ゴシュさん、私も時間稼ぎに参加します」
「マイちゃん!?」
「まい!」
「マイさん!」
みんなが席を立って私に声を掛ける。
でも、時間稼ぎに大して戦えない人だけを集めても意味が無い。
引きつける戦力が必要だ。
「提案した責任を感じているのなら、違います。
採用し実行させるのは我々町長とギルドマスターの責任です、あなたが背負うべきものではありません」
コウさんが何時もの雰囲気とは違う強い口調で言う。
ああ、こういう人だからコウの町は良い町になったんだろうな。
「いえ、現れた魔物を足止めする必要があります。
その為には、注意を引けるだけの攻撃が必要です。
今この町で、その攻撃が出来るのは私とシーテさん位です、そしてシーテさんは攻撃の主力で外す訳にはいきません、なら私が行くべきです」
「馬鹿」
シーテさんが呟くように言う。
うん、自分でも馬鹿だと思う。
ガンガン
扉を叩く音がする。
「何事だ!」
コウさんが怒鳴る。
こんな声が出るのか。
「大変です、空の迷宮から、模様から黒い雫が!」
扉越しに役場の職員が叫ぶ。
全員が立ち上がる。
「3階へ、そこからなら北と東の空が見えます」
コウさんの案内で、全員が走り出す。
その光景は悪夢だった。
東の空の高い所に大きな黒い球体が浮いている。
周囲には小さいといっても中位種は出てくるような黒い雫が大量に浮いている。
いや球体の周囲を漂っている? 回っている?
そして、北の空、東の空の球体よりも遙かに大きい黒い球体が空の迷宮から現れている途中だ、全体がどの程度の大きさなのか判らない。
こちらにも、小さい黒い雫が球体の周囲を回るように浮かんでいる。
体が震えるのが止まらない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます