第145話 戦「北の森」
空の迷宮が光った日から数日が経った。
空の迷宮の明るさは変わらない。 夜でも明かり無しで出歩けるほどだ。
幾つかの問題も出ている。
空の迷宮の明るさのせいで、黒い雫が発生する前兆となる模様のような物が判別できない。
そして、ギムさん達から連絡が来た。
領都コウシャンに大規模な黒い雫が落ちたとのこと。
討伐に成功はしたものの、人的にも物的にもかなりの被害が出たそうだ。
詳細は判らないけど、複数の黒い雫と大量の中位種・低位種だったらしい。
東の町でも黒い雫が発生して、かなりの被害が出ていると聞いた。
コウの町が影響が出ていないのは、北の村での大きな黒い雫が発生したことが原因かな?
とはいえ、このまま何も起きないという楽観的にはなれない。
今日は、完全休養日。
夜の番が終わり、明日からは昼の番になる。
その為に今日一日を使って体内時計を昼型に戻すんだ。
で、眠い。
今は、宿屋タナヤの朝の手伝いを終わらせて、ちょっと居間で休んでいる所。
何とか夜まで起きておかないといけない。
オリウさんが、渋めのお茶を出してくれた。
馬車の御者や、野営する時の見張りの人が飲むお茶だそうだ。
渋くて苦い、口の中がカサカサする。
けど、ボーッとした頭がすこしスッキリした気がするよ。
「じっとしているより、体を動かした方が眠くならないかな?」
独り言を言う。
うん、考えが口に出てしまう時点でちょっと駄目だ。
兵士の頃は、2日ぐらいは寝なくても大丈夫だったのに、これも慣れなのかな?
大きく深呼吸をして、体を動かす。
うん、駄目だ。
裏庭に出て、ショートソードぐらいの木の棒を見つけると、剣の型をなぞる。
正規に覚えた訳では無いので、教えられたことを思い出しながら棒を振る。
視察団の皆から教えて貰った体の動かし方も、試す。
血の巡りが良くなったのかな? 眠気が無くなった。
棒を動かして、その体の動かし方の悪い点を修正しながら、また動かす。
少し夢中になっていた。
「マイ、そろそろお昼だよ」
フミが窓から声を掛けてきた。
軽く息が上がっている。
「フミ、汗を拭いてから行きます」
今の私の服装は、武装を外した冒険者の服装だ、何時緊急呼び出しが来るか判らないので町娘の服装は当面は着れないかな。
もちろん、装備は全て収納している。
裏手の水浴びや簡単な洗濯を行う場所に行く。
服を少しはだけさせて、水をよく搾った布を服の中に入れて汗を拭く。
女性は肌を出来るだけ(特に異性には)見せないというこの辺りの風習に合わせている。
探索魔術で周囲に人が居ない事は確認済みだけどね。
お昼をタナヤの達と食べる。
ギムさん達は今日は町長の館で相談しているらしい。
魔物に関することだと私も関わっているけど、町を管理するところでは関わっていない。
これは、ギムさんが配慮してくれているのだと思うし、私が関わることじゃない。
「マイは、午後はどうするんだい?
夜の番が終わったばかりなんだから休んでも良いんだよ」
オリウさんが気を遣ってくれる。
けど、休むと寝ちゃうね。
「いえ、体を昼型に戻したいので、休むより動かしていた方が良いです。
何か仕事があればやりますよ」
「じゃ、私と野草を摘みに行かない?
北の森の手前なら大丈夫でしょ」
フミが、野草摘みを誘ってきた。
コウの町は、食料が少なくなっている。
農産物を作っている村が廃棄されたり物流が途絶えたりしているので、コウの町の生産分でまかなっている。
自給自足が出来るだけの生産量はあるそうだ、だけど、村人の避難民を受け入れている関係で余裕は無い。
そのため、少しでも備蓄をしようとする人が増え、販売量が減り、一部に無駄な備蓄がされる悪循環が起きている。
宿屋タナヤでも、裏庭に食料庫があるが、盗もうとした形跡が何度もあった。
なので今は地下の倉庫に全ての食料を保管している。
食用になる野草も、取り尽くされている可能性が大きい。
それでも、一部の人は食料を求めて塀の外に出る。 そして、その野草をこっそり売って生活している。
本来は、冒険者として依頼を受けるか、採集者や狩人として職に就いていないといけない。
自分の食べる分に関しては、見逃して貰っているのを悪用している。
「良いですけど、たぶん取り尽くされていると思うよ」
「うーん、でも今は露店の商品も値段がどんどん上がっているんだよね」
懸念されていたことだ。
町からは適正価格での販売を推奨されているけど、強制じゃ無い。
出来の良い物は高く、小さかったり傷んでいる時は安く売る、それくらいの裁量はある。
だけど、今は高くても買うし安く買ったら高く転売される。
供給が足りていないせいだ。
「判ったけど、私一人で行くよ。
たぶん、北の森の近くまで行かないと駄目だろうから」
今の時期だと、北と東の森が比較的 森の恵みが多い。
西の森は平坦で広いが木材採取が目的になっているため、食材となる植物が少ない。
南の森も似たような感じで森林部よりも平野部が多く採取には向かない、草食獣はそれなりに居るけどね。
宿屋タナヤは西側にあるので、北の森が行きやすい。
「フミ、あんたは宿の仕事だよ」
オリウさんが助け船を出してくれる。
「……うん」
「フミ、私も体を動かすついでなので、無理はしないよ」
■■■■
流れで、北の森の近くへ採取に行くことになってしまった。
装備を取り出して装着した。
完全装備じゃ無くて、ショートソードとマントを羽織るぐらいかな。
「嬢ちゃん、今日はどうしたんだい?」
北の門の守衛さんが訪ねてくる。
「暫く待機ばかりで体を動かしていなかったので、訓練ですね。
あと、採取できるのなら自分で食べる分の食料を確保ですか?
夕方までには戻ります」
「ああ、了解だ。
朝から十数人が森の方に行っている、狩人や冒険者は数人だな。
気を付けな、獲物を横取りする連中がいるかもしれん」
「判りました、ありがとうございます」
私は礼を言うと、北の森へ向かった歩く。
魔物との戦闘の跡はもうその痕跡が少し判る程度で、よく見ないと判らない。
守衛さんの姿が見えなくなった所で、探索魔術を行使して周囲を確認する。
街道を外れた所に人の反応がある。
遠隔視覚で上空から確認すると、川で魚か川岸の野草を探しているようだね。
とはいえ、町から近いこの辺りはもう取り尽くされているだろうな。
森までの間に人が居ない事を確認して、風の魔術を使った移動をする。
訓練を兼ねて、今回は魔術を出来るだけ使っていこう。
最初は、後ろから追い風を当てる感じだったのが、今では腰の辺りを押すようにして跳ねるように駆けることが出来るようになった。
普段なら4時間程度はかかる距離が十数分で到着する。
私の探索魔術だと見通しの効く森のごく浅い所までしか判らなかったので、改めて探索魔術を行使する。
森の中でもやはり何人かの反応がある。
でも狩人や冒険者ならもっと深い所に行っているはず。
私は、彼らを避けて更に森沿いに北側に移動して、湿地帯から平原まで移動した。
以前、コウの町へ戻る時に野営した平原のコウの町側だね。
川で一休みする、昼が少し過ぎた所かな?
タナヤさんが用意してくれた軽食を食べながら休息する。
コウの町の外壁が全く見えない、ちょっと離れすぎたかな?
探索魔術を行使する。
この川だと川魚はまだ十分居る。
岩の影から泳いでいる魚を目視して、遠隔攻撃を利用して漁をする。
鉄串を刺して仕留める、うん、精度も大分上がった。
8匹ほど捕った所で止める、取り過ぎは良くない。
定期的に行使している探索魔術に反応があった、近くの岩の向こう側に何か動物が居る。
遠隔視覚でイノシシを確認する。
うん、探索魔術と遠隔視覚の組み合わせは良い。
距離を詰める、岩の向こう側に居る。距離約5メートル。
十分過ぎる距離だ。
時空転移を発動して、イノシシの背中側の空中に出る、完全に死角だ。
そして、イノシシの後頭部に収納爆発を行使、その際、ショートソードを当てながら行う。
ドン!
頭を地面に叩き付けられて、イノシシは昏倒する、ショートソードは失敗だズレて剣の横で叩いただけだ。
私はそのままイノシシの上に落ちて、着地。
まだ息がある。
ショートソードを取り、喉から脳に向かってひと思いに突き刺す、ビクッ、と大きく震えて仕留めた。
まだ若いイノシシだ、体長も2メートルも無い。
首筋に切れ目を入れて血抜きをする、幸い川沿いだったのでそのまま川に沈める。
周囲を探索魔術で確認する。
誰も居ない、小動物の反応がある、群れウサギか何かだろうけど、イノシシを狩れたからもう良いかな?
水の魔術を使って、イノシシの体内の血を洗い流す。
この辺の操作はまだ不得意だ、やや強引に太ももの太い血管から水を流し込んでいる。
イノシシから血が流れ出なくなった所で収納。
さて、結構時間が掛かってしまったなぁ帰ろう。
コウの町の近くまで一気に風の魔術で移動する、空を飛ぶのは無理だけど、後ろから押すのと同時に体を浮かすようにすると、安定して疾走できる。
いいね、風景が流れていく、気持ちいい。
今回捕った獲物は全て収納済みだ。
途中、獲物を捕った形として、魚を数匹手に持とうかと思ったけど、止めた。
獲物を捕ることが出来なかった人が、奪いに来る可能性の方が大きい。
だったら、私は何も捕れなかった、の方がましだ。
歩いていると、木の影から痩せた男性が声を掛けてきた。
「やあ、何か捕れたかい?」
気軽に声を掛けているが、眼がギラギラしている。
私は両手を挙げるて、何も持って居ないことを示す。
「森の辺りまで取り尽くされて、野草もまともに無いね」
「そうか、何処か良い所はないかな」
「日帰りで行ける所は難しいだろうね」
既に彼は私から興味が失せたようだ。
座り込んで、ブツブツ言い出した。
日帰りできない所まで行く、それは町から毎日支給される食料を1日分受け取らないことになる、それだけに見合うだけの獲物を確保出来る可能性は少ないだろうな。
私は、それを見ながら町へ戻る。
あ、北の門の守衛さん交代していない。
「よ、嬢ちゃん早いね。
収穫はあったのかい」
「やっぱり、少し鈍っていましたね。
広い所で体を動かせたので良い運動になりました。
獲物は、もう森の奥に行くか遠出しないと無理ですね」
「だろうな、絡まれなかったか?」
「声は掛けられましたね、まぁ、手ぶらなので何も無かったです」
守衛と少し話していると、諦めた人や少ないけど野草を持った人がチラホラと帰ってくるのが見えてきた。
そろそろ日も傾き始めてたかな。
私は、守衛と別れると、宿屋タナヤに向かって歩く。
うん、見られてる。
ここは1番目の壁から2番目の壁の間で、それなりに広い。
畑や牧場があるけど、明らかに関係者じゃ無い人が休憩所でたむろしている。
マントをひるがえして、荷物が無い事、そして腰に武装していることを示す。
直ぐに視線が逸れる。
ぱっと見には、巡回している冒険者に見えなくもないと思う。
フミを連れてこなくて良かった。
2番目の壁から外はもう安全に移動できないな。
帰ったらタナヤさんにも伝えないと。
その時、私は周りの人に気を取られて気が付かなかった。
空の迷宮の輝きの中で、黒い雫が出る前兆の模様が判るほどに現れていることに。
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