第144話 戦「王都」

 改良されたダンジョンコア、この塊を地下の倉庫に運び込む作業が終わった。


 収納に頑なに反対している王の命令で輸送を中止させようとした王の近衛兵と、第一王子と主要役人によって収納を決め実行しようとした王国の近衛兵が揉み合いとなった。

 その結果、倒れて割れた。


 光が溢れた後、改良されたダンジョンコアはその不思議な光沢も光も失い、みすぼらしい岩の塊に成り果てた。


 ディアス国王は、激高したが、変わり果てた塊を見て程なく全く興味を失った。

 王は、珍しい物に執着はするが、そうで無くなればとたんに興味を失う。


 割れた改良されたダンジョンコアだった物は予定通り地下の倉庫に収納され、倉庫一杯に土が被せられた。


 第一王子トアスは、この様子を見ていたが、手遅れになってしまったのでは無いかと不安を感じている。

 それはそうだ、空の迷宮は煌々こうこうと輝いている。 消える様子は無い。


「聖属性の魔術師に王都の浄化をより密に行うように指示せよ」


 第一王子トアスは、自身の執務室で宰相に命じるが、返答は否定的な物だった。


「既に、毎日実施しています。

 そして、これ以上は魔術師が持ちませんし、何かあった時に対応する余裕も、すでにほとんどありません」


 トサホウ王国、王都に黒い雫が落ちていない理由。

 理屈は判らないが、浄化の魔術を実施することで、落ちてこないことが判明している。


 王都に浄化の魔術を行うのは、幾つもの理由があるが、衛生の向上、病気の発生の抑制、治安の向上、などの効果がある。

 とはいえ、浄化の魔術も、広い王都全てを浄化するのは難しい。

 対象は王城を含む貴族街と裕福な都民の住む場所、あとは魔術の都合上、範囲に入っている一般の都民の場所に限られている。

 それでも、その影響は弱くても広がっており、何とか王都全体を覆っていると言って良いていどの効果が出ている。


 王都に魔物が発生したことはあった、それは浄化を行う間隔がまだ数日有った頃だ。

 浄化の魔術を行使する前日、浄化の魔術の効果が最も弱くなっている時だったこと、落ちた場所が国軍が管理する敷地だったことから、この事は隠蔽されている。


「父上はどうしている」


「はっ、その何時ものように政務を行っています。

 何も無かったかのようですね」


 トアスは腹立たしく感じる。

 今、何かが起きようとしている、魔物の発生も各地の領主から報告と対応の依頼が大量に入り込んでいる。

 各辺境師団はすでに、大型の魔物や上位種の対応を行っているというのに。

 それを知らない訳が無い。

 なのに、対応しようとしていない。


 ディアス国王は、良くも悪くも現状維持に優れた能力を持っている、が、問題発生時の対応能力は非常に低い。

 これは、第一王子トアスと側近や一部の役職者の評価だ。


 そして、その悪い面が今でている。


「王都内の巡回を強化せよ。

 王都外の様子はどうなっているか?」


「恐れながら、王都に近い都市や別の領では、黒い雫による被害が増えています。

 それに伴い、王都へ避難しようとする者達が溢れ、今は王都の周りに無秩序に住み着いてしまっている状況でして」


「何とかならぬのか?」


「手を出せば、我々が守る対象となってしまいます。

 追い出すにしても、それをするなら生きる術が無い彼らは死を選ぶでしょう、そしてそれは此方の管理者としての責任が問われます。

 今は、無法地帯となっているのを黙認している状況です」


 王都では黒い雫が発生していない。

 魔物が発生していない。


 この事は、遠い領にも伝わっている。

 王都が今回の黒い雫に無関係であると言う根拠にもなっているが、身の安全と放棄が決定した村人や、職が無く居場所が無い人達、彼らが王都へ庇護を求めるのは当然だった。



 王都はとても広い。

 王城の敷地だけでもコウの町がスッポリ入るだけの広さがある。

 そして、王都を囲う塀と砦が何重にも重なっていて、豊富な水源と海と近いことから、運河が張り巡らされている。


 王都を含む王領は広すぎる故に、その王都の外側は曖昧だ。

 平時では管理されているが、今は管理しきれず、難民が勝手に住み着いていることを許してしまっている。


「この忌々しい空の迷宮と黒い雫が無くなればどうとでもなるというのに」


 第一王子トアスは、執務室の自身の椅子に座る。

 側近の一人が、飲み物を置く。


 大きなため息をつくと、カップを手に取り一口飲む。



 コンコン


 扉を叩く音が聞こえる。


「至急の報告がございます」


 第一王子トアスの近衛兵だ、特に身の回りを警護している優秀な人物の一人である。


「入れ、報告を」


 第一王子トアスは、必要以外の形式張ったやり取りを嫌う。

 執務室では、効率を優先することは側の者達にとっては常識だ。


「隣の都市が壊滅しました。

 大型の黒い雫が小型の多数の黒い雫と共に都市の中心に落ちたとのことです」


 カチャン


 手に持っていたカップを皿の上に落とす、かろうじて平静を保つ。


「で、今の状況は?」


「生き残りは王都に向かって避難中です。

 また、守衛と冒険者が中心になって、追撃してきている魔物を討伐しています。

 今の所は中位種と低位種のみだそうです。

 上位種は、都市から動いていません、また、大型の黒い雫は、報告では消えずに残っていて、低位種を吐き出し続けているそうです」


 最悪だ、何人になる? 一都市分の避難民を受け入れられる余裕があるのか?

 それに、魔物を討伐する必要がある。


 だが、王都の兵士に魔物との戦闘経験は無い。

 やらなければならない、王領の都市が魔物に占拠されているなどという状況を許しては、各領主に侮られる。


「南方師団と王国師団から、魔物討伐の為の軍を編成する。

 各師団長を呼び出せ、冒険者どもも使う。

 使える物は全て使うぞ」


 側近に命じて、カップの残りを一気に煽る。


「国王にも報告は行っているな?

 了解を得て御前会議の準備を行え」


 宰相に命じる。

 御前会議は国王の命によって開催される。


「緊急の報告です!」


 扉をノックもせずに近衛兵が入ってくる。

 このような不躾な行為に、第一王子トアスが苛立つ。


「不躾であるぞ!」


「お叱りは受けます、ですが至急です!

 王都に、黒い雫が落ちてきています!

 小さいですが数は判りません大量にです!」


 トアスは椅子を立つと、直ぐに窓に駆け寄って外を見る。

 宰相も側近も窓による。






 空一面を覆い尽くす黒い雫の玉が王都に向かってゆっくりと落ちてきていた。

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