第139話 戦「帰路」

 目が覚める。

 まだ日が昇っていないみたい。


 隣のベッドにはシーテさんが静かな寝息を立てている。

 起こさないように注意しながら、身支度をする。

 一通り終わったら、ベッドに座って装備の確認だ。


 今日は、念のため北の村の中を探索する、その後はコウの町へ戻る。

 日が落ちる前には到着する予定。


 装備は全く使用していないので、十分。

 体調も問題ない。


 んー


 背伸びをする。

 窓の隙間から光が入ってくる。日の出ももう少し。


 少ない時間だけど、時空魔術の訓練をしようかな。

 遠隔視覚を行使しよう。


 試したいのは、背後を見る。

 2つ有る、自分を起点として取り出し位置に設定して後ろを見る。

 次に、背後の離れた場所に起点を設定してそこから周囲を見る。


 自分を起点とする場合、動きながらも後ろを見ることが出来る可能性がある。

 まだ視覚と遠隔視覚の共存をすることが出来ないけど、今後の課題かな。


 背後の離れた位置を起点として設定する。

 遠隔取り出しは、場所を意識できれば目で見る必要はないはず。

 普段は目で見て取り出し位置の起点を設定しているのでやったことが無い。


 やってみよう。検証しよう。


 自分を起点にしてみる。

 目を閉じて、後ろを収納空間経由で見る。


 シーテさんの寝ている背中が見えた。


 あれ? 映像が2重になって見える。

 1つは遠隔視覚の映像だね、もう一つは自分が収納空間から外を視覚したときの感じだ、軽く頭を振ってみるけど自分が目で見ているのと変わらない。

 収納空間から外を視覚したときは、常に見続けることが出来る。


 うん、これは使えそうだ。

 遠隔視覚の欠点に、遠隔視覚では見た瞬間の状況を見ることしか出来ない。

 理由としては、収納空間に光属性の魔術で平面状に映し出す、それを収納空間内を確認する手順で見るから。

 その都合上、常に見続ける為には光属性の魔術を使い続ける必要がある。

 魔力の消費と並列して行使する負担を考えると現実的では無かった。


 だけど、自分自身を起点とした場合は、収納空間内から光属性の魔術で映し出す工程が省けた。

 起点位置が自分自身だからかな?


 さて、次だ。

 一応、起点となる場所は認識できる範囲であり、遠隔取り出しが可能な範囲であれば問題ない。

 後ろ方向の適当な場所に起点を設定してみる。

 目を閉じて、遠隔視覚を行使する。


 うん、これは今まで使っている遠隔視覚と変わらない。

 静止画になってしまうのも同じだ。


 シーテさんの正面が見える。

 あ、シーテさん、目を開けてこっちを伺っている。

 私が何をしているのか気になっているのかな?


 自分自身を起点にした遠隔視覚に切り替える。


「シーテさん、起きているのはバレていますよ」


 ビクッと体を震わせた。


「え、気が付いていたの?」


 シーテさんがこちらを向く。

 私は背を向けたままだ。


「ついさっきですけどね」


 シーテさんが起き上がる、うん、なんで起き上がるだけで色っぽいんだろうなぁ。


「マイちゃん、座ってソワソワしたりジッとしたりしていたから気になったんだけど、なにをしているのかな?」


「収納空間内の整理ですよ、ある程度は整理しておかないと、取り出す時に探すのが面倒なので」


 これは嘘。

 収納空間内の整理は常に行っている、瞬時に必要な物を取り出すためには必要なことだからね。

 遠隔視覚に関してはまだ知られていないはず、使う機会も無かったから。


 うん、ちょっと脅かそうと思ったけど、早まったかもしれない。

 どうも、ギムさん達にはつい気を許してしまうなぁ。



「さて、私も着替えるわ」


 シーテさんが着替え始める。

 私は背を向けているけど、うん、ばっちり見てます。

 遠隔視覚の行使を止めて、ベッドから立って窓をすこし開けて外を見る。

 2階の窓からは、雲混りの青空が見える、今日は晴れそうだね。



■■■■



 午前中に行った北の村の中の探索は特に問題なく終わった、元々守衛の人達が確認しているので本当に念のためだったし、魔物の活動している反応は全く見つからなかった。

 ただ、魔物の死体はそれなりに有った。全て低位種のゴブリンだった。


 午前中のうちに北の村を出発した。


 馬での移動中、みんな適度に警戒している、私も探索魔術を行使して確認しているけど、気になるのはやっぱり空の迷宮だ。

 つい見上げてしまう。


 1度、遠隔視覚で、起点を空の迷宮に向けて行使したことがある。

 だけど、距離が遠すぎるのか反応が無く、設定できたのかどうかも判らなかった。

 判りきったことだけどね、コウの町から見える北東側の山の山頂に対して行った時も、同じで起点を設定することは出来なかったし。

 今の所は、時空転移の限界の約50メートル超くらいが限界みたい。


 昼食と馬を休めるための休憩を取る。

 見覚えが有る場所だ、前回の北の村で魔術を使いすぎて気を失った後に目を覚ました場所だね。


 私が収納していた調理器具や食材を出すと、ハリスさん中心に見事な手さばきで料理を作っていく。

 私は、シーテさんと食事の準備をするのが精一杯だよ。


 食事は美味しかったです。はい。


 程なくして、コウの町の北側の平原部分に出てコウの町が見えてくる。

 帰ってきた、なんだかそう思えるようになった。


 街道を馬の速度を落としてノンビリと移動する。

 まだ十分明るい。


 温かくなったのか、街道沿いの緑が濃い、遊水池や川から流れる風が涼しくて気持ちいい。


 北の門が見えてくる。

 戦いの後がまだ至る所に残っている。

 それを依頼を受けたのか、冒険者の人達が片付けている。


 馬に乗りながらその様子を見る。

 私達一団に気が付いた人がこちらを見るけど特に何もしない。


 一応、馬を下りてから北の門の守衛さんに挨拶する。

 他の皆も馬を下りている。


「うむ。 北の村から戻った、馬車の用意は出来ているか?」


「お疲れ様です、馬車の用意は出来ています何時でも出れます」


 ギムさんが代表して対応する、顔見知りの人だったので軽く会釈するけど、気が付いていないかな?

 乗ってきた馬はここで預かって貰って、町中は馬車移動か、私は歩きだろうか。


「マイちゃんこっち、こっち」


 シーテさんが呼ぶ、ん?

 私も馬車に乗るの、小走りで近寄ると2台の馬車が用意されていた。


「あれ、シーテさん私もですか?」


「うん、私とハリス、マイちゃんは先に宿に帰るよ。

 ギムとジョムとブラウンは、報告に行くわ」


 うん、今回は本当に何も無かった無事に指名依頼を完了させることが出来たかな。


「判りました、お邪魔します」


 馬車に乗り込むと、2番目の塀の外側をぐるりと整備されている大きな道、大型の馬車が町を横断するのに使用する道を移動する。

 ギムさん達の馬車は、そのまま町の中に入っていった。


 コウの町の2番目の塀。

 本当は、最外部の塀と2番目の間にはもう1つ塀があったらしい、今は解体されて町中の建物の建材に再利用されている、その塀の跡がコウの町をぐるりと回る道として再整備されている。



 2番目の塀の西側の門が見えてきた。

 正確には、2番目の門には東西南北以外にさらに4つあるけど、町の一部の人しか使わない。

 1番目の塀と2番目の塀の間にある畑や牛や馬を放牧する場所、上下水道施設に行く人が主に使っている。

 私もほとんど使ったことが無い。


「今回は順調に済んで良かったわね。

 北の村も被害が少なかったようだし」


「ええ、毎回こんな調子なら良いですね」


 本当にそう思う。

 毎回なにか有るのは正直ごめんだよ。





 馬車が宿屋タナヤの馬車置き場に入る。

 宿からフミが出てきた。


「おかえり、マイ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る