第133話 氾濫「コウの町防衛戦2」
コウの町では、冒険者と守衛に総動員がかけられた。
北の村からの避難民を受け入れて、北の平原部分に簡易陣地を組む。
大勢の冒険者と守衛が荷馬車に部材を積んで北の門から出て行く。
外出禁止令も発令された。
町の住民も、ただ事で無い事が判る。
資材を運ぶ荷馬車の音や、冒険者と守衛の大きな声が響く。
宿屋タナヤでは、居間に家族が集まり、息を潜めている。
「ねえ、父さん。 マイ、北の村の黒い雫を破壊しに行くって。
それ以上、何も言わなかったけど、凄い危険なことをしようとしてる」
「そうか」
「そうか、って、なんでマイばかり危険な目に遭わないといけないの?」
「マイは、その理由を言っていなかったか?」
「戦う術があるから、って。 変だよ、時空魔術師だよ戦うのは変だよ!」
「戦う理由が有るんだろ、俺たちは信じて待つしか出来ない」
「マイの帰ってこれる場所を作ってやるのが、あたいらの仕事だよ、辛気くさい顔をすんじゃないよ」
「うん」
いつの間にか、騒がしかった外の音が無くなっていた。
■■■■
早朝。
私達は、北の村を見下ろせる丘に居る。
村の外れ、遊水池に近い場所に、大きな黒い雫が1粒、遠目で視認できる。
そして、上位種の5メートル近いオーガ種が3体、低位種のゴブリンとコボルドが数十匹。
黒い雫は、時折 魔物を生み、周囲の動植物は全て喰われ地面がむき出しになっている。
「状況は良くないですね、隠れる所がないので、各個撃破が難しいです」
「うむ。 遠距離攻撃が無いのも辛いな、が無いからと文句も言えない。
この状況での最善を尽くそう」
ブラウンさんとギムさんが話し合う。
コウの町に小型の破城槌は無かった、大型の槍を5本持ってくるのが精一杯だった。
私は、斥候の監視していた人と交代の人に馬を預ける。
斥候の人は基本、風属性の魔法で移動速度を上げているけど、ここへの移動は馬を使っている。
その馬に、荷物を取り出して積み込んでいく。
野営に必要な装備や、食料、水。 この戦いの後、私が時空魔術で物を出したりできるか判らないから、今のうちに出しておく。
「戦闘が始まるまで、監視はいったん止めて下さい。
接近するときにバレる危険を可能な限り排除したいので。
監視は戦いの音が聞こえてからです。
戦いの結果を、一人が報告して下さい」
私は、斥候の2人に説明していく。
「戦闘が上手く終われば、コウの町に向かっている魔物の群れを背後から挟撃します。
なので、次に斥候で来る人はその事も考慮して来て下さい」
「マイちゃん、最終の打ち合わせするわ、来て」
シーテさんに呼ばれて移動する。
斥候の2人は、馬たちを連れて農道を移動する、馬の声を木々で隠すためだ。
「黒い雫は大きいのが1粒、その周囲半径20メートルくらいが、むき出しの地面になっている。
見通しが良いので、気が付かれずに接近できるのは25~30メートルが限界かな。
5メートル近いオーガ種が3匹、あと低位種のゴブリンとコボルドが数十匹。
それ以外は、コウの町へ向かっていると思われるよ」
ブラウンさんが見てきたことを説明してくれる。
「うむ。 不意打ちは困難だろう。
我々でオーガ種を抑えるしかあるまい。
マイはその間に黒い雫への収納爆発、黒い雫を潰すまで頼む」
状況は良くない、オーガ種は黒い雫を護衛している、それなりに知能があると見て良い。
そうなると、力押しでは不利になってしまう。
決めていた事だ、仕方が無い。
「いえギムさん、私に案があります」
皆が私を見る。
「ギムさんの作戦だと損耗が前提です、今後を考えると避けるべきです。
まず、私が黒い雫に接近して収納爆発を行います。
オーガが私に注意を向けた時に、ギムさん達が接近して不意打ちを仕掛けて下さい」
「無理よ、マイちゃんが一人で接近する方法ってあるの?」
「はい、あります」
シーテさんが反対するけど、私一人なら接近する方法はある。
30メートル、距離とするとかなり負荷が大きいが出来ない距離じゃ無い。
「黒い雫がどの程度で潰れるのか判りませんが、オーガの注意を引くことは可能です。
その間に接近して、各個撃破を」
「むぅ。 危険だが良いのか?
俺とシーテ、ジョムとハリスで攻撃、ブラウンは中低位種を近づけさせるな。
マイは、オーガが接近したら、黒い雫の破壊は中止して距離を取れ」
「判りました」
「ね、マイちゃん。 どうやって接近するの?」
「……転移します」
「「「は?」」」
皆が驚く。
当然だろう。 転移を使える魔術師は現在確認されていない。
「伝説の転移ですか、それが本当なら凄いことだが、なぜ今まで隠していたのかな?」
ジョムさんが聞いてくる。
「収納爆発と同じで、制限が多くて未完成なんですよ。
何度も使えないですし、距離も30メートルはかなりギリギリです」
「うむ。 ならばマイの作戦で行く。
聞きたいことは有るだろうが、生き残ってからだ、かならず全員生き残れ」
「「「はっ」」」
■■■■
コウの町の北の平原。
簡易陣地を構築して、守衛が避難民を誘導している。
しかし、着の身着のままの人は兎も角、家財道具を抱えている人達は遅い。
追ってきた魔物に追いつかれてしまっている。
それでも、家財道具を離そうとしない、これを失ったら、生き残っても生活する術が無くなるから。
冒険者達が魔物を駆逐していく。
低位種だ、対応を間違えなければ問題ない。
だが、数が多い。
北の村の方面から無数の魔物が向かってくる。
中位種か? 小型のリザード種も見える。
「こりゃ、簡易陣地じゃ止めれないぞ」
誰かがぼやく。
「兎に角 手を動かせ、無限に涌いているわけじゃないだろ」
そう言って、また1匹のゴブリンを切り落とす。
■■■■
黒い雫とオーガから約30メートル、目視できる草むらに私達は潜んでいる。
たっぷりと時間をかけて慎重に接近した、気が付かれている様子は無い。
私は、ギムさん達に頷く。
ギムさんが頷き返す。
視線を宙に浮く黒い雫の近くに向けて、取り出し位置を固定する。
時空転移を発動させた。
シュ
小さい音がして、私の目前に黒い雫がある。
ゾン、と大量の魔力が一気に消費され、頭痛が起きるが無視する。
そのまま滑り込むように黒い雫の下に入る。 ここなら、収納爆発を連発できる。
オーガはまだ気が付いていない。
何発で破壊できるのか?
収納爆発を発動させる。
ドゴン!
大きな音とがするが、黒い雫の中に衝撃は全て吸い込まれる。
私の体が地面に押し付けられるが、気にしてられない。
オーガが接近する前に潰す。
ドゴン! ドゴン!
連発する。
体が地面にめり込む感じがする。
ドゴン!
4発目。
パキャ
玉子の殻が割れるような軽い音がしたと思ったら、黒い雫がシャボン玉の泡のように、あっけなく弾けた。
そして、その向こうには接近してくるオーガが3匹。
恐怖を押さえ込んで、オーガの顔の位置を確認。
遠隔攻撃で、オーガの顔に向けて鉄串の束を投擲する。
頭痛が酷い。 頭を殴られているようだ。
正確な制御が難しいので、数を打つ。
何本かは顔に刺さるが効果は薄い。
一番近くのオーガが大きな腕を振り上げる。
その瞬間、そこに炎の矢が飛んでくる。
ゴオオオオ!
ガァァァァ!
シーテさんの複合魔術の炎がオーガの頭を包み込む。
痛覚が有るのだろうか? 声を上げて苦しむ。
他の2匹がそれに気を取られている隙に、私は2番目に近いオーガの後ろに回り込んで収納爆発を行使する。
ドゴン!
大きく打ち出されて転がっていく。
私も反動でオーガから離れる。 よし。
「おおりゃぁぁぁ!」
ギムさんの叫び声と共に、槍が投擲されて、炎でもがくオーガの胸を貫く、魔石が押し出されるように飛び出し砕け散る。
動きを止め、ゆっくりと倒れていく。
「ギムさん!」
私は、遠隔取り出しでギムさんの近くに槍を取り出す。
「助かる!」
ギムさんが槍を掴む。
もう1匹にハリスさんの浄化魔法が行使されている、苦しみからか全身を暴れさせて近づけない。
そこにシーテさんの2回目の複合魔術が当たる。
ギャァァァァ
オーガが苦しんで膝を折る、頭が低い位置に来た。
すかさずジョムさんとギムさんが同時に槍を打ち込む。
あっけなく首が飛ぶ。
収納爆発で飛ばされたオーガが、ようやく戻ってきたが、足が砕けているのだろうか、動きは緩慢だ。
私は、痛む頭に無理をして、オーガを背にする。
接近してくる低位種のゴブリンやコボルドを風の魔術で切り落とし、遠隔攻撃でトドメを刺していく。
私の近くで、ブラウンさんもショートソードと弓を使い分けて、低位種を刈っていっている。
程なくして、最後のオーガも倒し、周辺の低位種も討伐した。
上位種のオーガ3匹とはいえ、視察団の不意打ちで各個撃破が行われた時点で戦いは決していた。
「マイちゃん、大丈夫?」
返事が出来ない。 頭痛が酷い気持ち悪い、耳鳴りでシーテさんの声がよく聞こえない。
時空転移で大量の魔力の急激な消費と、その後の収納爆発の連発、そして風の魔術と遠隔攻撃。
予想以上に魔力的な負荷が掛かっていたか。
立っていられなくなった私をシーテさんが支えて座らせてくれる。
「ハリス、余裕が有ったらマイちゃんに回復できない?」
「酷い顔色ですね、苦痛を取り除く程度なら何とか」
ハリスさんの聖属性魔法が行使される。
「ありがとうございます。 大分楽になりました。
急激な魔力消費が原因なので、休めば治ります」
正直、気休め程度だったけどそれでも、不快感が無くなった。
「マイちゃん、魔術師がそんな危険な魔術の使い方をしちゃ駄目でしょ」
「か、確認は十分していますよ」
遠目に、斥候の2人が馬を連れてやってくるのが見えた。
脂汗が止まらない、視界が狭くなっていく。
私の意識はそこまでだった。
■■■■
コウの町の戦いは、籠城戦になっていた。
多くの冒険者と守衛は疲労して動けない、なんとか外壁で止めている。
が、幸い、死者だけは出ていない。
日が暮れても魔物が押し寄せてくるのに対応出来なかったのも有る。
「終わりが見えねえのがキツいな」
クルキが苦々しく呟く。 士気が落ち込んでいるのを肌で感じる。
見下ろす壁の下には低位種がうごめいている。
「嬢ちゃんたち次第というのも情けねぇ」
その時、冒険者ギルトの職員がやってきた。
「連絡だ! 北の村の黒い雫と上位種オーガ3匹が討伐された。
もうこれ以上、魔物は増えない! あともう少しだ!」
嬢ちゃん達がやったのか!
■■■■
野営をしている?
私が目を覚ますと、火を囲んで皆が食事をしていた。
「あ、マイちゃん起きた? 気分はどう?」
「シーテさん、大丈夫です。 だいぶ良くなりました」
私が体を起こすと、少し頭がふらつく。
シーテさんは私の側で様子を見て居てくれたようだ。 今も頭を撫でられてたりする。
ここは何処だろ?
「マイが気を失っている間に移動したよ。
ここはコウの町の北の平原に近い場所だね」
ブラウンさんが、スープとパンを持ってやってきた。
コウの町の様子が知りたい。
「町はどうなっていますか?」
「斥候の人からだと、籠城戦になっているけど、被害は少ないそうだね。
黒い雫と上位種が居ないから、もう大丈夫だと思う。
ここに来る間も低位種が少し居ただけだしね」
スープとパンを受け取って、食べる。
よかった、町の方は大丈夫だったんだ。
生き残れた、だけど、奥の手の一つ、時空転移を見せてしまった。
それに、遠隔攻撃も遠隔取り出しも、ギムさんのチームでは情報共有されている。
不安がある。 ギムさん達は兎も角、この情報を知った支配階級の人達がどう動くだろうか?
今は魔物の騒ぎで大丈夫かもしれないけど、その後が判らない。
「うむ。 マイ君。
今回も、マイ君の力が無かったら、無傷で勝てたかは判らなかった、あらためて礼を言う。
ここだけの話だが、マイ君の魔術については領主様に報告していない。
情報を知ってるのは、このチーム内だけだ。
マイ君の意思を尊重したいと思っている」
え?
それって報告義務違反になるよね、バレたら重罪だよ?
「だ、大丈夫なんですか?」
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