第129話 氾濫「王都混乱」

「もしかして、各領と王国が対立しはじめてる?」


 私は、暖かい陽気の中において、寒気を感じ震えながらシーテさんに聞いた。


「そこまで気が付いちゃうか。 やっぱり。

 対立までは行っていないけど、ちょっと危ういかな?

 空の迷宮と黒い雫の件がどう落ち着くかで変わると思う」



 この国、トサホウ王国は約500年前の魔物の氾濫の際に、それ以前に覇を競って対立していた多くの国が、滅亡を目の前にして団結して対処した時に建国された国だ。

 つまり、各領は元は独立した国で少なからず独立心を持っている。


 そういう各領に対しての牽制や領軍の規模を抑える意味もあって、辺境師団が組織されている。

 辺境師団はその強力な軍事力を元に国の問題や領で対処が難しい問題に対処してきた。

 その辺境師団でも抑えが効かなくなってきているのか?


 辺境師団は4つ、それと王都直轄の師団を含めて全部で5つ有る。 これが王国軍。

 私が居たのは、北方辺境師団で山脈群にある唯一の北の帝国との道を守っている。

 辺境の砦の取り合いをしている以外は暇で、東と西の応援を行っていた。


 南方辺境師団は、王都と近い位置にあり、海に面していて国の唯一の海軍が主力。

 海だけじゃなく、河川を使った物流の警備を行うなど、機動力は国内一だ。


 東方辺境師団は、東の重工連合国と対して居るけど、一応友好的な国交は保てているはず。

 ただ、国境を隔てる大河を渡って侵入してくる野盗が無駄に装備が充実していて苦労しているらしい。


 西方辺境師団は、西に広がる広い砂漠と平野に住む騎馬民族との抗争が絶えず、北方辺境師団がよく応援の要請を受けていた。

 特定の国の主が居ない為、まともな国交を築けていない。


 そして、王都師団、強力な魔術師と騎士によって王を守っている。

 唯一の魔術師だけによる部隊があるのが王都師団の特長だ。



 少なくても、国が分かれて戦が起きるような事は起きるとは思えない。

 どの辺境師団も複数の領軍を圧倒できる力が有る。

 各領の軍事力は抑えられているので独立を維持出来るほどの力は無い。

 だから、簡単には反旗を起こすことは無い。

 だとすると、距離を取って関わらない方向に動くのかな。


 なにより、空の迷宮と黒い雫の問題か。

 以前の言葉を思い出す、改良されたダンジョンコアが魔物の氾濫の原因かもしれない。

 かもしれない、だ、発生する理由が判らないとなんとも言えない。


 なんで、500年前に魔物の氾濫が起きたんだろう?



「シーテさん、魔物の氾濫が起きた原因は何か知っていますか?」


 視察団だったら何か知っているかも。


「ごめん、情報は無いわ。 不自然なほどにね」


 そうか、やっぱり、になるのかな?

 魔法学校でも、辺境師団でも、魔物の氾濫があった事は記録されているけど、その時の様子や原因に関しての資料は全く無かった。



「マイちゃん、今は黒い雫への対応を考えましょ。

 原因がどうあれ、私達がどうにか出来る問題ではないからね」


「そうですね。

 今回の戦いで、強力な攻撃力を持つ人が必要なのが明確になりました。

 そして、人員不足も。

 たぶん、コウの町は恵まれている方なんだと思いますが」


 改良されたダンジョンコアや、王都の対応、各領の動き、気になるけど、個人がどうにか出来る問題じゃ無い。

 気になるけど、後回しにするしか無いのか。 歯がゆい。



■■■■



 トサホウ王国の王都、今、静かな混乱が起きている。


 王城の前庭に置かれた、改良されたダンジョンコアから発せられる光で空高い場所に空の迷宮が発生して居る。

 その光が、王都を淡く照らしている。

 今では、その光は日中でも見ることが出来る。


 表面的には平穏だけど、周辺の領から入ってくる情報は不穏な物ばかりだった。


 空の迷宮からは黒い雫と呼ばれる物が落ちてきて、魔物が発生する。

 なぜか、王都では発生して居ない。


 そして、王都から有力な領の領主が自ら指揮をとるために自分の領に戻り、最低限の人員のみになっている。

 豪華な馬車が何台も王都を出て行くのを見ると不安にもなる。

 それと同時に、連絡だろう、早馬が頻繁に出入りしていて、何か起きていることが王都の住民でも、否が応でもわからされる。


 王都に持ち込まれる物流も少なくなっていく。

 今は何事も無いが、漫然とした不安が漂っている。

 とはいえ、王や貴族に不満を言うことは出来ない、この国では支配階級の権力は絶大なのだから。

 出来る事は、その支配階級から管理を任されている、区長に相談する位だ。

 でも、区長のような管理を委託されている層に、支配階級の情報が伝わることは希だ。

 ただ『問題ない、通常通り勤めを果たすこと』との指示が来ているだけ、一緒に困惑するしかない。


 王都の中では、ごく普通の日常を送っているように、振る舞っている。

 商人や旅をしている人達は、その様子を外の領に伝えることで、王都へ行こうとする者が少なくなる。 悪循環が広まっている。



 王城では、宰相が不愉快とばかりに、執務室の中を歩き回っている。


「王は、なぜ改良されたダンジョンコアをそのままにしておるのだ。

 空の迷宮の原因であることは見て判るだろうに。

 各領主からの問い合わせも増える一方だ」


 王の改良されたダンジョンコアへの執着は度を超していた。

 調査するために触れることさえ、制限されていて原因の究明が遅れている。

 王へ進言した家臣も何人か役職を解かれ、誰も言えなくなってしまった。


 トントン


 ドアを叩く音と供に、文官が入ってくる。

 手には書類の束がある。

 ようやく期待していた報告が届いた。 宰相は喰い気味に文官ににじり寄る。


「おお、改良されたダンジョンコアが何か判ったか!?」


「残念ですが、何なのかは判っておりません。

 ですが、判ったことがあります。 止める方法です。

 日の当たらない地下に収納することで徐々に力を失うとのこと。

 また、壊すことでも止まります」


 満足できる報告が出来なかったのか、萎縮している文官。

 一瞬、報告に文句を言いかけたが、止める方法が判っただけでも良かったとするべきか。

 深く息をして、気を取り直して指示を出す。


「了解した、しかし王に改良されたダンジョンコアを地下に収納するのを了承して頂くためには、まだ情報が足りていない。

 少なくても納得して貰える情報が必要だ、引き続き調査を進めよ」


「はっ」


 文官は丁寧な会釈をすると、執務室を出て行った。






「何とかしなければこの国は、500年より前のようにバラバラになってしまう」

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