第124話 氾濫「黒い雫2」

 カンカンカンカン!


 昼前の時間、役場の鐘楼からけたたましい鐘の音が鳴り響く。


 その音を私は、宿屋タナヤで店員としての仕事、2階の部屋の掃除と整頓をしていて耳にした。

 動きを止めて鐘の音に耳を傾ける。


 最初の鐘の連打は、空に異常があった事を示す。

 次に方角、西だ。

 そして距離、町の中心からどの程度離れているのか、短いと町中となってしまう。

 幸い、外壁の外側のようだ。

 そして規模、中程度らしい。けど目安にしかならない。


 鐘の音が、再び連打し同じ内容を繰り返し始めた。



 今の私は、準待機、規模が大きいか要請があれば出動する。

 平時は、何時でも移動して戦闘可能な待機、状況に応じて応援する準待機、緊急時を除いて体を休める休暇、の3つに分けている。


 町では中心と東西南北の4カ所を含む5カ所の守衛の詰め所を利用して、日中 冒険者チームが常駐するようになっている。

 とはいえ、コウの町で戦闘が出来る冒険者チームの数は少ない、常駐するだけで依頼料が入るのでそこそこ人気があるが、24時間体制を組めるだけの数が揃っていない。



 西側が見える窓へ駆け寄り、身を乗り出すように空を見る。

 空の迷宮が、雲より高い場所に迷路のような図形を映している。

 よく見ると、確かに遠くの空に、謎の模様が現れているように見える。


 周りに誰も居ない事を確認して、遠隔視覚、離れた場所の収納を利用して、収納空間を経由して離れた場所から見る時空魔術を行使する。


 西の空の方向を見て座標を固定、目を閉じて固定した座標から収納空間に投影された外の様子を確認する。

 静止画という制限があるが映像の拡大縮小も可能だ。


 空の迷宮に謎の模様が現れている、そしてそこから滲み出るように黒い雫が現れた。

 大きさは、そんなに大きくはないが、安心できる訳じゃない。


 地面の方を見る、クルキさんの冒険者チームが走っているのが見える。

 クルキさんのチームは、コウの町の中でも強い戦闘能力を持っている2組のうちの1つだ。

 他に、守衛と冒険者も数人走っている。

 クルキさん、2人目の孫が生まれたばかりなのに、無理しないでよ。


 西の方角、宿屋タナヤはコウの町の西側にある、私が行く事も可能だ、悩む。

 いや、悩んでいる時じゃない、行こう。


 私は、階段を下り自室に入ると、靴と最低限の防具、そしてマントを羽織る。



「応援に行ってきます!」


「無茶するんじゃないよ!」


 オリウさんが私に釘を刺してくる、何度も心配をかけてしまっている、申し訳ない気持ちになるが、守れなくて後悔はしたくない。

 タナヤさんとフミが仕入れで出かけていて助かった、フミが居たらまた心配をかけてしまうかもしれない。

 私は、居間で手仕事をしていたオリウさんに告げると、宿屋タナヤを出た。



 町の中を走り、2番目の壁を抜けて、建物が少なくなり外壁が見える開けた場所に出る。

 西の門から町へ逃げる人と、危機感が無く普通にしている人が居る、おそらく魔物を見たか危険性を聞かされた人は逃げているのだろうけど、そうじゃ無い人にとっては未だよく判らない物だ。


 私は、風属性の魔術を自分にかけて移動速度を上げようとする、ある程度の範囲が風に包まれるので人が多い所では使い難いんだ。


「マイ!」


 魔術を行使する前に、私を呼ぶ声が聞こえた。


「シーテさん!」


 シーテさんだ、町娘の服装の私と違い、冒険者らしい装備をしている。

 でも、他のメンバーは?


「シーテさん! 他の人は?」


「冒険者への訓練で分かれているのよ、多分、皆こっちへ向かっているわ」


「風属性の魔術を行使します、合わせて下さい」


 私は、発動直前で止めていた魔術を実行する。

 私とシーテさんが風に包まれ、背後から押されるように風が当たる。


 シーテさんも心得た物で、一歩が十数メートルになるがバランスを崩さず安定して走る。



「シーテさん、クルキさんのチームと数名の冒険者と守衛が向かっているらしいです。

 黒い雫、どう見ますか?」


「私も実物を見るのは始めてよ。 落下速度は遅い感じね、先行している人達は間に合いそう。

 あとは、どれだけの魔物が生まれるのか、判らないのがね、大きくないから大丈夫だとは思うのだけど」


「同意します、多少は過剰戦力でも構わないと思います。

 なにより、被害が出ないようにすることを優先するべきですね」


「ええ、同じ考えのようね。

 私も風の魔術を使った方が良い?」


「いえ、シーテさんは魔力を温存して下さい、戦闘に使える魔術を使えるのは、実質シーテさんだけですから」


 私の魔術では、強力な効果を持つ使い勝手の良い魔術は無い、シーテさんを万全な状態で運ぶ方を優先した方が良いだろう。


 あっという間に、外壁までたどり着く。

 門を走り抜ける、守衛の人は私達を見て道を空けてくれた。


「頼んだぞ、嬢ちゃん!」


「はい!」


 私は、軽く握りこぶしを作って、答える。

 そして、空を見上げて、少し後悔する。


「シーテさん、あれ、不味いですよね」


「ええ、ギムたち早く来てくれると嬉しいなぁ」






 空の迷宮から、ゆっくり落ちてくる黒い雫は全部で5粒になっていた。

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