第121話 氾濫「黒い雫」
冒険者ギルトの窓口は以外と空いていた。
依頼票が掲示されているはずの掲示板も、依頼票が1つも無い。
私が窓口に行く様子は、依頼を受けられずに依頼票が張り出されてるのを待っている冒険者たちに見られている。
仕方が無いとはいえ、慣れないな。
「こんにちは、職員さん」
私の担当をしてくれている職員のジェシカさんが、空いていた窓口の席に着いてくれる。
「こんにちは、マイさん。 今日の要件は何でしょうか?」
「薬草採取の依頼の状況を知りたくてきました」
「はい、薬草採取の依頼ですね、現在は備蓄量も十分ですし、依頼を受けて採取に行かれている冒険者の方々もいます。
なので、今は薬草採取の依頼はありません」
これは茶番だ。
私に対しての特別扱いがされていない事をアピールするため、事前に決めていた事だったりする。
「それに旅商人の護衛も待ちの人が多いですね、マイさんは時空魔法が使えるので、指名依頼が来るかもしれませんね」
町や村との物資の移動は、今では魔物のため危険度が跳ね上がっている。
そのため、どの商人も護衛を雇っているが、町では雇うために必要な依頼料の一部を補助している。
このおかげで、商人は今までと変わらない負担で荷物を運んで商売が出来、流通が滞ることがない。
正直、予算的にはかなり辛いと思う。
町は町民に対して職を与える義務がある、本来 仕事待ちをしている人が出ることは避けなくてはいけないが、その仕事が不足している。
護衛の他にも、定期的に常設依頼を出したりしているけど、町への収入にはなっていない気がする。
「うーん、収納容量が少ないので、指名依頼が来る可能性は少ないですね。
他の時空魔法が使える人の方が容量は大きいですし。
暫くは、宿屋タナヤの店員を続ける事にします」
私の時空魔術は、時空魔法よりも遙かに精度や安定性が良い。 魔法は魔力を使える方法を知っている人であるのに対して、魔術は魔力を使う技術と知識を身に付けている。
けど容量に関しては大樽3つ分と過少申告している。
時空魔術師であれば、倉庫1つ分以上はあるのが普通だ、けど私は容量が少ない。
その代わり、収納するために必要な代償が無い、使い勝手が良いのが特徴かな。
時空魔法を使うと、大抵は体重が増えたり、収納に常に魔法を消費したり、動きが遅くなったり、という代償が起きる事が多い。
この辺は、秘密では無いけど、公開する必要も無い。
さて、周囲の反応は。
予定通りかな? 私に対して興味を失った人が多く居るようだ。
ジェシカさんが、そっと小さく折り畳んだ紙を差し出してくる。
私は、それを、マントに隠して胸元のポケットにしまう。
「では、また様子をうかがいに来ますね」
「はい、お待ちしております」
私は、ジェシカさんに挨拶すると、掲示板を見て何も無いのに、ため息をついて冒険者ギルトを出た。
冒険者ギルト、役場、町長の館が面している大きな広場の一角に移動する。
座って休む、そして胸元のポケットにしまった紙を取り出して、中を読む。
『明日、朝の鐘の音の後、町長の館の部屋に来て下さい』
短い一文が記されていた。
直ぐに折り畳んで、ポケットにしまう。
これは、打合せの連絡だ、今までは定期的に行っていたけど、業務が忙しくて調整が難しくなり、不定期に開催されるようになった。
■■■■
翌日、町長の館の一室に関係者が集まった。
町長のコウさん。
役所、担当のコシンさん。
冒険者ギルト、ギルドマスターのゴシュさん。
冒険者ギルト、担当のジェシカさん。
領軍 視察団のリーダー、ギムさん。
そして、ただの冒険者の私、マイ。
うん、何だか私が居る意味って何だろう?
最初の案件から何となく関わってきているけど、規模が領や国規模に拡大している今、ただの冒険者に過ぎない私はそろそろ外れるべきでは?
「あの、始まる前に確認というか提案なんですが、私が関わる意味が無くなっていると思います。
重要な情報に関しては、私を外すのも良いかと思うのですが?」
私が、打合せが始まる前に、片手を上げて、提案する。
全員が、キョトンとした顔をして少し考え込む。
「確かにマイさんは一冒険者ですが、マイさんが居なければコウの町はどうなっていたか判りません。
個人的には、居て欲しいですね」
コウさんが、考え込みながら言う。
うーん、私の力で何とかなったとは思えない、確かに関わったし少しは貢献しているとは思うけど、それだけだ。
「いや。 マイ君にはこのまま関わって貰いたい。
北方辺境師団の実戦部隊に居た経験と知識は、我を上回るものだと考える。
町長の言うとおり、マイ君が居たおかげで、コウの町の被害はほぼ最小限に抑えられているといってもいい。
むろん、居なくても何とかなったとは思う、が、被害は出ていただろう」
ギムさんが、凄い過大評価してくる。
うん、正直、ここまで評価されると困る。
「俺も同様だ、マイの提供してくれた情報のおかげで、冒険者の損耗率が低く抑えられている。
冒険者の中でやりにくい面もあると思うが、済まないがこのまま居てくれないか?」
ギルドマスターは、私が一人娘のアンさんに関わった事からか、どうもひいき目に私を見ている気がする。
「わたしも、マイさんが居る事に異議はありません、というか居て欲しいです」
「同じく、私もマイさんのお力をまだお借りしたいと考えております」
ジェシカさん、コシンさんまでも、私を必要としてくれている。
「判りました、私の力が必要な限り、少ないですが助力したいと思います」
ペコリと頭を下げる。
これ以上、固辞するのは余計かな。
「うむ。 では、最新の情報を共有しよう。
『黒い雫』と名付けた現象が発生している」
黒い雫?
「魔物が発生する、黒い何かと関係があるのでしょうか?」
私が、ギムさんに聞く。
「その通りだ。
上空の迷路、『空の迷宮』の模様の一部に、例の謎の模様が現れる。
そこから、黒い雫が落ちる、で、地表に落ちると、そこから魔物が発生する。
今の所は、ゴブリンを含む低位種が中心だが、予断は出来ない」
『空の迷宮』と呼ばれるようになった、空の迷路は、次第に町の人の話題に出なくなってきた。
これは、日常生活に影響が無いのと、不安から目を逸らすのと二つの意味があると思う。
私も、空の迷宮に関しては、原因が判らないので対応しようがくて困っているんだよなぁ。
「コウの町としても、守衛に空の迷宮を確認する指示を出しています。
空の迷宮が発生して以来、謎の模様の発生は起きていませんが、そちらの監視も行っています」
黒い雫、空中に滲み出る黒い何か、何か引っかかる。
この現象は、元々なんだったんだ?
そうだ、魔物は元々とダンジョンから発生している。
ん、何か見落としてないかな?
「あの、そもそもですが、この黒い雫と空中に滲み出る黒い何かは、同一の物と考えてですね。
ダンジョンで発生する魔物との関係はどうなんでしょうか?
ダンジョンで、魔物の発生する所は観測されていますか?」
「むぅ。 マイ君、そのダンジョンでの魔物の発生する現象を観測した者は居ない。
記録にも無いな。
しかし、今何でそのことを気にしているのかな?」
「可能性だけです、空の迷宮がダンジョンだとして、それの原因がコウの町の北の村で見つかった謎の塊がダンジョンコアの様な物だとする。
そうすると、魔物の発生について辻褄が合うかもしれません」
そうだ、魔物の発生がダンジョンに起因するのであれば、ダンジョンの中心はダンジョンコアだ。
そのダンジョンコアが、謎の塊だとして、その影響でコウの町や領都、王都で影響が出ているという仮説は成り立つ。
収納空間の中にある間は、影響が出ていないと考えるのが良いのかな。
「突拍子が過ぎないでしょうか?
謎の塊が仮にダンジョンコアだったとしても、既に踏破された後と見て良いかと?
魔物の発生に付いては、なんとも言えないですが」
ジェシカさんの指摘が来た、当然かな。
私も、現状に合わせて辻褄を合わせただけで確証は全く無いし。
「領主様からの非公開の情報になります。
王都に運ばれた謎の塊は”改良されたダンジョンコア”との鑑定が成されています。
そして、王都の前庭に置かれたそれは、光を発するようなりました、その頃から空の迷宮が観測されるようになったようです」
コウさんが言う。
かなり言い難そうだったので、かなりの極秘情報なのかな。
ギムさんは知っていたようだけど、他の皆は驚いている。
しかし改良されたダンジョンコア?
なにそれ、ただのダンジョンコアじゃないの? それに、あの大きさと改良されたという意味。
王都の鑑定士や鑑定魔術師は何をしているのだろう?
いや、魔導師様だっているはずなのに、何故?
色々な事が頭の中を渦巻いて、考えがまとまらない。
それは、私だけじゃ無い、ここに居る全員が混乱している。
みんな考え込んで、独り言を言ったり、頭を抱えている。
「では、魔物の氾濫というのは一体?」
コシンさんが呟く。
全員がコシンさんを見る。
私は、言わずには居られなかった。
「まさか、500年前の魔物の氾濫の原因は、改良されたダンジョンコアにあった?」
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