第10章 氾濫

第120話 氾濫「変わる日常」

 空に迷路のような模様が出来てから1ヶ月が過ぎた。


 この間に、いろいろな事が起きていた。

 正直、この変化に未だ慣れていない。

 それは、コウの町の住民と周辺の村々の人々にとっても同じだと思う。


 空に迷路のような模様が出来た日。

 町中が、いや、おそらくその模様に気が付いた人々、全員が混乱したと思う。

 私も混乱した。


 空の雲より高い場所に描かれた迷路、一体何なのか?

 領主の直轄の部隊である視察団リーダーのギムさんでも知らない事態だった。

 つまり、このコウシャン領において知っている可能性があるのは、領主とその一部しかないが、知っている可能性も少ない。


 トサホウ王国としてはどうだろう?

 王国の情報はただの町民の私が知る事は出来ない。

 王国軍 辺境師団の上官なら知っているかもしれないけど、それを教えて貰える可能性はほぼ無い。


 当然、伝が全く無い町の人達は、何が起きているのか予想する事も出来ず不安の中に居る。


 周辺の村々も同様だ。

 結果として、コウの町の住民の数がほぼ1.5倍に増えた、これは、いままで町に吸収することを拒んでいた村が手のひらを返して町の守りの中に入ったからだ。


 他にもコウの町の周辺で町の規模に近い4つの村にも小さい村が集まり、混乱が起きている。

 コウの町と周辺の村々を統括している町長、それと役場の人達は対策に追われている。


 宿屋タナヤも比較的 裕福な人が他の宿に泊まれずに流れてきている状況だ。



 宿屋タナヤの店員を兼任している、私マイは時空魔術師として冒険者をしている。

 コウの町で、この混乱の最初の事例になるダンジョンの発見から始まって、魔獣・魔物の討伐も含め関わってきている。

 正直、まともに戦う力も無い私に何が出来るのか判らないけど、コウの町、いや私が大切にしたいと思う人達だけは守りたい。



 冒険者ギルトは、冒険者が増えて対応が追いついていない。


 村々の人達がコウの町へ来たけども、色々問題が有った。

 住む場所、これは幸い最初の吸収の提案があった時から準備が進められていたため、受け入れ自体は問題なかった。

 食事、これは当面配給が行われる事になっている。

 そして職、コウの町の周辺の農地や放牧地、村から連れてきた牛や山羊の畜産、これもギリギリまで使っても人があぶれた。

 そのあぶれた人が冒険者に登録した。


 結果として、潤沢に人員の確保が出来たが、まともな冒険者としての活動をしていない人が増えために、元々居た冒険者との軋轢も起きている。

 それはそうだ、ろくに森の中での配慮も知らないのが入って、森を荒らしている。

 町の中の仕事も安く請け負い、適当な仕事で信頼を落とす。


 なにより問題は、治安の低下だ。

 仕事や依頼にありつけない人達が、少ない配給だけで、ただ何もせずにいる、不満もつのりそれを爆発させる事は容易に想像できて、そしてそれは町民と村人との間に溝を作りつつある。


 守衛が町中で見かける機会が増えている。

 治安維持だけど、その守衛の顔色も冴えない。

 それもそうだ守衛は簡単には増員できない、一人前に育てるのに一定の期間が必要だから。



「マイじゃないか?」


 冒険者ギルトには、町娘の服で訪れるのは控える事にした。

 それは、侮られることだけでなく冒険者として登録しても依頼を受けられず鬱憤が溜まっている人にとって、定期的に仕事を請け負っていた私は、何か優遇されているように受け取られると思う。

 当然、フミも一緒に来る事はない。


 今日も、冒険者ギルトで薬草採取の依頼の相談と今後の対応について相談しようと冒険者ギルトに来た所で、声を掛けられた。


 えっと、顔に見覚えがある、が雰囲気がちょっと違う。


「マイト、ですか?」


 そう、コウの町の管理下にある村の一つにある村で冒険者をしているチーム紅牙のリーダーのマイトだ。

 自分の中の正義を疑う事を知らず、他者の言葉を軽んじて、目先の事しか考えない人。

 ただ、目の前に居るマイトは、浮ついた軽薄な雰囲気から、落ち着いた雰囲気に変わっていた。

 一瞬 別人かと思ったほどだ。


「ああ、俺たちの村もコウの町に吸収されることになってね、紅牙もコウの町の冒険者として活動を始めた所なんだ。

 というわけで、以前は色々と迷惑を掛けたけど、よろしくお願いします」


 実直というのか、真面目なマイトは、深々と頭を下げる。

 この数ヶ月の間に何があったのか判らないけど、一皮むけた感じだ。


「うん、こちらこそよろしく。

 で、他のカイとハルは?」


「ああ、向こうの席に居るよ、是非会って居てってくれないか?」


 ああ、マイトは変わったのかな。

 私は、了承して席に向かう。


「カイ、ハル。 マイが居たよ」


 席に座って、飲み物を飲んでいた。


「マイ、久しぶり」


「あ、マイさん」


 ん?

 二人の様子も少し違う。

 二人とも、私に向かって姿勢を正して挨拶をしてきた。

 カイは、軽薄な雰囲気が変わり、鋭いが落ち居ている。

 そして、ハルも、私を見下していたような感じが無くなり、やはり落ち着いた感じが出ている。


 何があったのだろうか?

 きっと色々な経験をしたのだろうな。


「久しぶり。 元気そうだね」


 私は、片手を上げて挨拶する。

 薦められるので、席に着いた。


「マイさんの活躍は聞いています。

 凄いですね」


 私の活動について聞いているのか、ということは、コウの町と周辺で起きた事は知っていると思って良いかな?

 では、こちらは周辺の情報を収集しようかな。


「私は、周りの人達に助けられて、偶然いい位置に居ただけですよ。

 それと、村では何かありましたか?」


「うん、魔物は無し。 魔獣も、群れウサギの中に風属性のが1匹居ただけだよ、すばしっこくて苦労したけど危険な事は無かった」


 マイトが教えてくれた。

 うん、この辺の情報は役所のコシンさんから入手した情報の一つと同じかな?

 周辺の村での魔物の発生は、北の村で上位種の弱い種族が発生したことが確認されている。

 対応策が公布されていたが、数人の死者が出たそうだ。


 マイト達の村は南側なので影響は少なかったのだろう。


「ねえ、マイ。

 これからどうなるの? 空の模様は何か知ってる?」


 ハルが聞いてきた、ハルは勘が鋭い、私が今回の異変の中で情報を知っている可能性が高いと確信している。


「いえ、判らない事だらけです。

 この領の中でも、情報を知っている人はたぶん居ませんね」


 事実だ。

 そして、この情報は公開されている。

 私がそれを改めて言ったことを信じるかは判らないけど。


 ハルが私をのぞき込むように見る。

 真偽を判別しているのかな。


「そうかー、マイも知らないのか。

 本当にどうしよう?」


 私の言った事を信じたようだ、うーん、私の顔は読みやすいのだろうか?


「ここだけの話にしてくれよな。

 マイはちょっと目立ってる。

 ソロで、コウの町での大型の魔獣・魔物の討伐に関わってる、それに視察団とも親しい。

 魔術師というのもあって、領主か何かから使命をうけてコウの町に来ていると。

 まぁ、冒険者の中だけだけどね」


 カイが私の状況を話す。

 これも、知っている。

 仕方が無い、10メートルを超える熊の魔獣、そして、コウの町の中に生まれた上位種の魔物の対応、どれも多くの冒険者と守衛に見られてしまっている。

 特別というように見られるのも判る。


「買い被りですよ。 私はただの時空魔術師です。

 兵士としての知識を貸しただけで、実際に戦ったのは他の冒険者の皆さんです」


「うーん、その兵士としての知識が凄いと思うんだけどなぁ」


 ハルがぼやくが無視する。


 この辺は、微妙かな。

 私の兵士としての知識と経験は、上官や同僚から学んだ物だ、後から知ったが士官に育てるためで、通常の兵士とは違う教育をしていたらしい。 なので、指揮官としての知識も有る。


 そして、私の時空魔法は少し特殊だ、この辺は本当の事は誰にも話していない。

 公開しているのは、収納爆発と名付けた強力な爆発を起こす魔術だ。

 威力は凄まじいけど、ゼロ距離でないと威力が出ないという、魔術師が近接戦闘を行う必要がある欠陥魔術。


 他に隠しているのは、自分の収納空間に出入りできる、遠隔収納とそれを応用した時空転移と遠隔攻撃、そして最近、遠隔収納と収納空間を応用した遠隔視覚。

 うん、随分と沢山の隠し事が出来ているなぁ。

 どれも従来の時空魔術師の常識から外れる魔法で、私の切り札でもある。


 一時、この成果を利用して魔導師になれないか検討した事が会ったけど、今の所は私しか使えない魔術だと、可能性は低くは無いが、囲われて使い潰される可能性が高い。

 魔導師になって、少しでも自由を得たいという私の希望からは外れてしまう。



「さて、私も依頼の確認をしてきます。

 最近は、森の浅い所は荒らされてしまって薬草採取の依頼が少なくてどうしようかと思っているんですよ」


 あまり雑談している訳にはいかない。

 最近は、2泊3日でも森の深い所に移動するようにしているので、採取が大変になっている。

 今回は、依頼が受けられない、ということに事前に決めている。


「じゃ、また」


「また一緒に依頼うけよう、マイ」

「じゃ、またな」

「時間を取らせてしまった、ありがとう」


 私は、紅牙のメンバーに挨拶すると、席を立つ。


 周囲の冒険者がこちらの話に聞き耳を立てているのが判る。

 ほとんどが顔を知らない、依頼を受けられていない、外の村から来た冒険者かな。






 はぁ、いろいろ面倒くさいなぁ。

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