第118話 前兆「空の迷宮」

 目の前に、磨き上げられたような断面の薪が転がっている。

 おそるおそる、拾い上げる。


 薪の束に残っている、もう一方の切れた薪も持つ。


 何が起きた?

 情報をまとめて検証しよう。


 3メートル先の薪の束から飛び出ていた、1本の薪が切れて落ちた。

 うん、何でだろう?

 その向こう側、壁の方を見る。

 壁には何も無い。

 地面にも天井にも何も痕跡は残っていない。


 1本の薪だけが、切れて落ちた。


 私が切った? どうやって?


 情報が足りない。

 でも、可能性を抽出してみよう。


 1つ、薪は元々切れていて、たまたま落ちた。 うんあり得ない。

 2つ、私が何かした。 可能性はあるけど、魔力を消費した感じは無い。

 3つ、ギムさんから貰った蒼いショートソードに特別な力が有った。 この可能性は高い。

 4つ、それ以外の何か。

 抽出した可能性だけと限定するのは危険だ、見落としがあると思っていないといけない。


 少し考える。

 たぶん、3つめか3つめと2つめの合わせた感じの可能性が高い。

 蒼いシーョトソードに何らかの力が有り、私の魔力をほとんど消費せずに薪を切った。


 疑問が出てくる。

 なぜ、薪が1本だけ?

 どういう切っ掛けで、切った?


 判らないなら、試してみるしかないかな?


 薪を数本 置いて、離れた所から蒼いショートソードを振る。

 何の変化も無い。

 意図的に蒼いショートソードに何の属性も付けていない魔力を注ぎ込む感じで振ってみる。

 何の変化も無い。

 何にも考えずに振ってみる。

 何の変化も無い。


 ????


 何か起きるかと思っていたけど、何も起きない。

 何かを見落としている?

 そうだ、なんか色々考えながら振っていた。

 何を漫然と考えていたのだろう、思い出せない。



 色々試したけど、薪が切れることは無かった。



 翌日、小屋を出て森の中で、蒼いシーョトソードで素振りをしてみた、漫然と考え事をしながら振ってみた。


 何の変化も無い。


 うー、気になる。

 すっごい、気になる。


 ものすごく検証したい、でも、そろそろコウの町へ戻らないと、山小屋からだと遅くなってしまう。


 後ろ髪が引かれるが、今は諦めよう。

 でも、何が起きたのかは、絶対に突き止める。


 クフフフフフフ


 未知の現象に出会えて、検証する機会がある。

 楽しい。

 思わず、手で口を押さえてしまうほど、怪しい笑い声が出てくる。



■■■■



 東の門からコウの町へ帰ってきた。


「おっ、嬢ちゃんお帰り。 森の様子はどうだったかい?」


 すっかり顔なじみ、というか敬意を込められてきているのは気のせいだろうか?


「薬草は新芽が出揃って、そろそろ終わりですか、そこそこ取れましたよ。

 という話ではないですよね。

 森の中は、異常は無かったです」


「ああ、ありがとよ。

 俺たち守衛も街道沿いだけじゃなくて、森の浅い所も警邏することになりそうなんだよ。

 森がいつも通りなのはありがたいよ」


 守衛は基本的に町の守りと、街道沿いの安全確保をしている。

 森の方は、野生の動物が入ってこないように、平原部分を管理というか、演習みたいな事をして、 人と自然の境界を作っているのが仕事になってる。

 なので、コウの町と森の間には、まばらに木が生えているだけで林もない牧草地と草原地帯がある。


 森の中は、狩人と冒険者の領域だ。


 守衛の任務が更にもう一歩、森の中まで広がるのか。

 大変だと思う、守衛の装備は基本的に町中や平原などで、対人を想定した戦いに特化している。

 森の中に入るには、取り回しが難しくなる。


 今も持っている、短めの槍と、ロングソードは両方とも、距離の優位を取るためだけど、森の中はその長さが邪魔になってしまう。


「そうですか、大変ですね」


 愛想笑いをする。

 と、突然、守衛さんがうつむく。 ん?


「なあ、あんたは何で、あんなバケモノと戦えるんだ?

 俺は、あの時、魔物が出ても何も出来ないで見ていることしか出来なかった。

 あの割れ目の中から出てこようとしてきたバケモノを見て体が震えて動けなかったんだよ」


 守衛の人に向き合う。 手が震えているのが、ハッキリと判る。

 あの場所に居たのか。



「怖かったです」


 私は、ゆっくりと話す。


「魔物もあのバケモノが怖かったです。

 でも、そのバケモノに大切な人が殺されると思うと、その恐怖の方が大きかったです。

 そして、私達には戦う力があります。 なら、やるべき事は決まっています」


 伝わるだろうか?

 王国軍の補給部隊に居た時、みんな国の中にある自分の大切な物のために戦っていた。

 死んでいった人達が沢山居る、補給部隊の私達を守る為に。

 私達を守ることで、国の、彼らの中で守りたい何かを守れると信じて。

 私は、仲間のおかげで今生きている。


「私は、この町に来て日が浅いですが、それでも死んで欲しくない人達が出来ました。

 だから、戦います。 後で後悔しないように」


 だけど本音は違う。

 私は怖いんだ。流れ着いて偶然手に入れた帰れる場所、無くなった故郷の代わりになった新しい大切な場所が失われるのが。

 私は、強いから戦えるのじゃ無い、恐怖から逃れるために戦っているんだ。


「……ありがとよ。

 嬢ちゃんたちのおかげで、俺たちは助けられた、今度は俺たちの番だな」


「死に急がないで下さいよ。

 帰ってきた時に、話す楽しみが無くなるのは嫌ですから」


 決意を決めた人は、時に自分の命を軽んじてしまう事がある。

 そうならないように、釘だけは刺しておく。


「ああ、おれも嬢ちゃんと話せなくなるのは嫌だからな」


 お互いに笑う。



 フォン



 何かの音? が聞こえた気がした。


 辺りを見渡す。

 反射的に探索魔術を行使するが、何の反応も無い。


 何だろう?


「嬢ちゃん、空が」


「っ!」


 守衛さんが上を見ながら唖然としている。

 私も見上げて、唖然となる。

 空の上、雲の更に上の空全体に模様が浮かんでいる。







 魔物が発生した時の模様とは違う、まるで迷路のような模様だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る