第117話 前兆「疑心暗鬼」

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 町中での魔物との戦いの話は、あっいう間に町中に広がった。


 役場のコシンさんから聞いた情報では、町民の動揺は酷い物だった。

 特に北側の実際に魔物を見た人達は、暫く家を出れない人が続出したほどとのことだ。

 状況としては最悪だ、町中に魔物が発生することは可能性として検討はされていた。

 だけど、町民の混乱を懸念して、伏せられていたが、それが起きてしまった。



 今回は、本当に危なかった。

 ゴブリンの数が多かったし、なにより、上位種が3匹だ。

 ハリスさんが来てくれなかったら、弱体化出来なかった。

 完全な状態で出てこられたら、どうなっていたのか判らない。


 それに、その上位種を上回る何か、あれは何だ?

 判らない、ギムさん達も見たことも資料にも無い魔物だそうだ。

 戦いを避けることが出来て良かった。

 勝てる可能性が全く思いつかなかった。


 ブルッ


 体が震える。

 今は、宿屋タナヤの私の部屋の中だ。


 今回ばかりは隠しようが無かったので、宿屋タナヤの皆には詳しく話した。

 フミが泣いて抱きついてきた。

 それを宥めるのに一苦労した。

 そろそろ私も我慢も限界かな?



「マイ、起きてる?」


 フミが寝間着で来た。

 出来れば一人にして欲しい所だけど、断れない。

 部屋に入れる。


「フミ、どうかしたの?」


「……」


「フミ?」


 フミはヘッドの私の隣に座ると何も言わない。

 少し震えているのが判る。


「マイは、怖くないの?」


 ブルッ


 また、体が震える。

 でも、フミが居るまだ何時もの私で居ないと。


「怖いですよ、でも怖がって泣いていても、戦場では何の役にも立ちません。

 なので、それは全部後回しにするんです」


「戦場で戦う兵士はみんなそうです、戦っている時は必要なこと以外は何も考えないですし感じません。

 みんな、泥のように眠りながら泣くんです」


 フミに笑いかける、けど、その顔が引きつっているのが自分でも判る。

 フミが私を抱きしめてきた。


「助けてくれてありがと」


「うっ、その、当然の事をしただけで、えっと」


 考えがまとまらなくなっていく、フミの背に手を回す。

 もうダメだ。

 体の震えが止まらない、涙があふれ出す。


「うぁぁ、あああああ」


 言葉に出来ない、フミの肩に顔を埋めて、ただ子供のように泣いた。



■■■■



 町中での魔物発生で、町の雰囲気が一変した。

 みんな疑心暗鬼になっている。


 森の中でしか発生しないと思われていた魔物が、自分たちの住む塀で囲まれた安全なはずの町の中に現れた。

 安全な場所が判らない。


 裕福の人の一部は別の町に移動している。

 ただ、その町が安全な保証は何処にも無いんだけど。


 魔獣・魔物への対策も混乱している。

 後手なのだ。 今の所、発生してから対応するしか無い。

 魔獣はまだましだ、森の中に住んでいる獣の中からしか生まれない。

 でも、魔物は違う、前兆も空に模様が浮かび上がる事で判るが、それも発生直前だ、初動を少し早くできるが、そこまでになる。


 今は、町中の安全を強化しようとする動きが大きい。

 でも、町の防衛を担う守衛は魔物への対応が全く期待できない。

 そうなると冒険者に回ってくるのだけど、その冒険者も今回の騒動で戦えない人の活動が激減した。

 結局、専業冒険者として登録された人への期待というか負担が大きい。


 冒険者も町中での戦闘なんて出来る人は居ない。

 町長もギルドマスターも随分と悩んでいるみたいだ。


 ギムさんの視察団も領都への早馬を出して、指示を仰いでいる。



■■■■



「はぁぁぁぁ、どうしたものかなぁ?」


 今は、東の森の中だ、何時もの薬草採取の依頼中です。

 何だろう、今は一人で森の中に居る方が落ち着く。


 森に入る冒険者が減ったので、薬草採取の依頼が増えていて、結果として私が森に入る理由が出来てしまっている。

 今回も2泊3日で来ているけど、周囲に人の気配が無いので、遠隔収納と時空転移を併用して大量に採取している。



 時空魔術の検証も進んでいない。

 今は、通常魔法の精度を上げたり、基礎魔法の付加で武器の切れ味を上げたり、基本的な訓練を中心に行っている。



 東の森の山小屋で休息する。

 木の枝を、鋭利化したナイフで切る。

 刃先に魔力の刃を付加するのだけど、確かに切れ味は上がるが、劇的に上がるわけじゃ無いし、元々切れ味が良い刃物では逆に鈍くなってしまう事もある。


 魔法の付加は、物に対して特定の性質を変化させる感じだ。

 だけど、性能が高い物に対しては逆に能力を下げてしまいかねない。

 実際、相手の武器に対して低い性質を付加させて壊れやすくする、なんて事も出来る。

 ただ、付加にはそれなりに時間が掛かる。

 ナイフにごく短時間だけ弱い鋭利化させるなら大した時間は掛からないけど、それなりの時間や鋭い先鋭化を持たせるためには、集中して時間を掛けて魔法を付加する必要がある。

 戦闘には余り向かない。

 魔法の付加が得意な魔術師なら別だけど、私だと使い勝手が悪い。


 ままならない物だなぁ。


 戦う手数が増えてはいるけど、決め手に欠ける。

 魔獣に使った収納爆発は、強力な打撃を与えることは出来る。

 強力だけど、それだけだ。

 相手に接近しないといけない。

 収納爆発が上手くいっているのは、周りの人たちのお膳立てが上手くいって、良い条件で使えただけで、使い所は限られている。


 もっと汎用性が高い中長距離の攻撃手段が欲しい。


「はぁぁぁぁ」


 大きくため息をつく。


 気分を変えよう。

 ギムさんから貰った蒼い輝きを持つショートソードを取り出す。

 何度見ても綺麗だ。

 見る角度によっては、刃の中に星のような輝きが見える。


 蒼いショートソードを何となく振る。

 蒼い星々が煌めくように尾を引くように見える。


 刃に魔力を付加してそれを飛ばす、そんな技がある。

 魔法使いの中でも、剣の才能がある人は、何となく習得している。

 魔術でも再現は出来るけど、普通に魔術を行使した方が簡単で強力なので余り使われない。


 漠然と色々考えながら、蒼いショートソードを振る。


 コトン





 奥の薪が切れて落ちた。

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