第115話 前兆「空の異変」

 久しぶりの、打合せを行う事になった。


 元々は、内密にダンジョンの探索を行う事だったけど、魔獣・魔物の増加が公示されたことでその役割が変わった。

 探索は冒険者の通常依頼となり、私の役目は冒険者の探索の様子を観察すること、魔物が発生した時のダンジョンを探索だ。

 そのせいで打合せを行う機会が減ってた。


 町長の館の一室に、冒険者ギルトのジェシカさん、役所のコシンさん、さらに視察団からはブラウンさんが、そして私が集まっています。



「久しぶりの打合せになりますが、現状のすりあわせから始めましょう」


 ジェシカさんが切り出す。


「冒険者ギルトでは、ゴブリンが何度か出ていますが、ダンジョンは見つからず。

 また、黒い何かは確認されていません。

 発生場所は、北の森の西側に集中していますね。

 それと、天気の予報を行っている人に、雲の様子の観察をお願いしていますが、特に報告は無いです」


「役所ですが、領都からの情報は無いです。 こちらの状況を報告しているだけです。

 村の吸収ですが、進んでいませんね。

 町の治安が若干悪化しています、守衛の巡回を増やしています」


「視察団からは、領内で魔物の発生がありダンジョンが無い事が報告されています。

 また、上位種の発生も何件か有りますね。

 この情報は非公開でお願いします」


 ジェシカさん、コシンさん、ブラウンさんからそれぞれ情報が出てくる。


「私の方は、ゴブリンの討伐後の確認を私かシーテさんが戦える冒険者と行っています。

 ゴブリンの発生した場所の近くの空中にダンジョンのような反応の残滓が残っていることが判っています。

 冒険者の方々も、ゴブリンの特性を理解して対処しているので、ゴブリンなら問題ない感じです。

 冒険者全体に、また緊張感が抜けてきている感じです」


 最後に私の方からの報告をする。



「ブラウンさん、上位種の発生は増えていますか?」


 懸念している所としては、上位種だ。

 上位種の相手を出来る冒険者も守衛も少ない、完全にこちら側に出てこられた場合は、相応の準備をしないと、被害が増えるだけだ。


「マイさん、現状では発生数が少ないので断定は出来ないです。 残念ながら」


「上位種の戦い方の方は、確立できていますか?」


「いえ、今の所は力押しですね」


 上位種の発生が少ないのはありがたい、あんなのとは戦いたくない。

 その反面、戦い方が確立できていないのは不安要素だ。

 私と、クルキさんチームが戦ったオーガも、結局の所、手足を切り落として動けなくして止めを刺す力押ししか出来なかった。


「マイさん、何を心配しているんですか?」


 ジェシカさんが聞いてきた。


「上位種が発生した時の対応に不安があります、優位に立てる戦い方が出来ないと消耗戦になりかねません。

 現状、複数の冒険者チームの連携も難しいですし」


「熊の魔獣を想定して、戦闘訓練とかはどうでしょうか?」


 コシンさんが提案してくれた。

 うん、熊の魔獣を想定して、複数の冒険者チームや守衛での連携なら名目として申し分ないかな。


「いいですね。 視察団から魔獣対応の戦術指導をすれば、それなりにはなると思いますよ」


 ブラウンさん、視察団チームは元冒険者といっても領軍としての経験もあるのかな、私は指導方法が判らないので、指導者がいるのは助かる。


「では、冒険者チームには指名依頼で調整してみます。

 守衛の方はコシンさんお願いできますか?」


 ジェシカさんがコシンさんさんに確認を取る。

 少し難しそうな顔をしている、ダメなのかな?


「町長に了解を取ります、私の一存では決められないので」


「それは勿論です」



 その後、色々話していたら、お昼を過ぎてしまった。


「みなさん、お昼どうしますか?

 冒険者ギルトの裏の食堂へ行きますか、今の時間なら空いていると思いますよ」


 ジェシカさんが食事のお誘いをしてきてくれた。

 けど、冒険者とギルド職員が親しくするのは基本的には避けられている。

 これは公平性の確保の為だけど、まぁ、それでも同じ町の中だ、親しくなったり結婚しちゃったりはあるらしい。


 冒険者ギルトの中には、待ち合わせ用の場所があり軽食と飲み物(アルコール禁止)の飲食が出来る。

 本格的に食事をしたり、飲んだり騒いだりしたい人向けに、冒険者ギルトの裏隣の建物がギルド経営の食堂になっている。

 一仕事終わった冒険者は大抵、そこで騒いだりするらしい。 私は昼間に食事で何度か使った程度で夜の騒ぎは知らない。


「食堂の2階には、個室があるんですよ、打合せとか用ですね、正面からじゃなくて冒険者ギルトから直接行ける通路もあるんです。

 そちらからなら、見られないので問題ないですよ」


 皆さん、特に問題ないようで、連れだって冒険者ギルトの方に向かう。


 現状の状況は、細かい問題は置いといて、何とか回っている。

 普段通りの気軽い感じで雑談をしながら移動した。



「あれは何でしょう?」


 コシンさんが、町の北側を向いて、何気なく口にする。

 何?

 全員が其方を見る。


 ゾワッ


 背筋が凍る。

 とっさに索敵魔術を行使、通常反応とダンジョン、それに魔物の反応を連続して発動させる、距離が遠いがかすかに反応があった。

 ダンジョンのような反応が出た。 通常は反応が多すぎて無視、魔物はない。


 町の北側、2番目の壁の内側、その町中の空に不思議な模様が現れている。

 私は腰を落として、それを凝視する。


「あれが、魔物が現れた時に出た模様です、ダンジョンのような反応も有ります!」


 私の言葉に、全員が反応する。


「直ぐに、ギルドに待機している冒険者を向かわせます」


「私も、守衛の出動をかけます」


 ジェシカさんとコシンさんが直ぐに動き出す。

 事前に対応を決めていた、だけど町中での発生は最悪条件として戦える冒険者にも伝えていない。


「ブラウンさん、私と先行しましょう。

 ギムさん達は?」


「視察団は今日は休日でバラバラだ、くそっ」


「ブラウンさん、武器は?」


「ナイフだけだ、マイは?」


「私はフル装備を収納しています。 あと、弓と剣です、安物ですけど受け取って下さい」


 私は、走りながら収納から、一般兵用の弓と矢、それと片手剣を渡す。

 ブラウンさんが、それを走りながら器用に身に付けていく。


「助かる」


 私も、町娘の服の上にショートソードを身に付け、あとは手袋を付けるだけ。

 あの黒い何かが出てる前に到着したい。


「風魔術で後押しします、合わせて下さい」


 風魔術を使い、私とブラウンさんに追い風を作る、町中なので障害物が多くて強く出来ない、もどかしい。

 必死に走る。



■■■■



 コウの町の北側は大雑把にいうと、大きな道沿いに畜産農業の販売や加工品を売っている店と飲食店、その裏側には住宅街が広がっている。


 昼を回っていて、人出はそれなりに多い。

 露店で食事を取っている人や、売れ残りを安く買おうとする人が集まる時間だ。



 私、フミは宿屋タナヤの一人娘で、後を継ぐ予定で修行中。

 今日も、お父さんのタナヤと、目利きや買う時の交渉、それにお父さんの顔なじみのお店に顔を覚えて貰うために一緒に買い付けに来ている。


 うちの宿屋は、町では中規模で比較的 宿泊費は安めのお店なので、村人や少数の旅商人が利用している。

 当然だけど、仕入れは良い物を出来るだけ安く買いたい。

 だから、買い付けも商品が多い時間から、売り切るのための安売りをする時間まで、粘ることが多い。


 今も背中に食材を色々背負って見て回っている。


「えーっと、この野菜の鮮度は切り口を見ると、あと、この野菜は太い方が甘くて細いと食感が良い、んだっけかな?」


「お嬢ちゃん、よく知ってるね」


 お店のお姉さんと、話す。

 会話も信頼を得るための大切な事だ。


「どれも美味しそうですね。

 お父さん、必要なのある?」


「いや、一通り買い終わっている。

 そうだな、1~2種類買って、まかないを作ってみるか?」


「うん、やらせて」


 宿屋タナヤは、宿泊客向けの食事が美味しいことで、それなりに有名になっている。

 また、一般向けに食堂を用意して開放していない珍しい形態だ。

 これは、宿泊客に良い料理を作るため、あえて食堂を用意していない。


 その分、宿泊客の食事への期待は大きい。

 お父さんのタナヤは、本当か知らないけど、周辺の町でも名前を知っている人が居るくらい料理の腕が評価されているそうだ。

 誇らしい反面、それを受け継ぐ決意をしたけど追いつけるのか、不安も多い。


 お店の陳列棚を見る。

 この時間だと、種類が少なくなっている。

 どうしようかなぁ?


「ん、あれなにかな?」


 お店のお姉さんが、空を見上げて呟く。

 私とお父さんが振り返って見上げると、空に不思議な模様が浮かんでいる。

 不思議な色が変化していって、見ようによっては綺麗なのか不気味なのか判らない。


 私達以外にも、空の異変に気が付いて見上げる人が増えてくる。


 私は不安になって、父さんの腕を取る。


「父さん、何かな?」


「判らん、初めて見る」






 見ていると、その模様の下に黒い何かが滲み出てきた。

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