第114話 前兆「異質性」

「俺は、お前が成人したら士官として正式に教育させるつもりでいたんだよ」


「はぁ?」



 いや、確かに、自分の異質性についてコウの町の冒険者になった時に感じたことがあった。


 それは、単に兵士としての経験から来るものだと、納得させていた。

 兵士としての心構えや実戦経験からくる意識と、兼業で冒険者をしている人の意識の差は、確かにあった。


 だけど、ベテランの冒険者の意識は、兵士としての意識に劣るものではなかった。

 いや、冒険者の中には元兵士も居た、その人達とも違ったいた。


 ひいて、私はどうなのか。

 一介の輸送部隊の階級もない兵士が、戦闘指揮の経験なんて積めるわけがない。


 思い返してみる。


 冒険者チーム紅牙へ躊躇なく指揮をしたのだろう?

 熊の魔獣の戦いの時、なぜ作戦の提案なんて出来たのだろうか。

 黒い何かから魔物が現れた時も、何故か私が指揮するのが当然になっていた。


 上官、いや元上官か。 彼の言ったことを思い出す。

 私を士官にするための教育をしていた?

 全く考えてもいなかった事だ。 クラクラしてきた。

 でも、色々納得はできることだ。

 しかし。


「いやいや、上官は私の目標知っているでしょう」


「だから黙っていたんだがな」


「だからって、もうちょっと何かやりようはなかったんですか?」


「マイは知っているか?

 軍で評価された魔術師は魔導師への推挙することも出来るんだぞ」


 !


 知らない。

 徴用兵だった私は、軍の規律に関して必要なものしか教えて貰っていない。

 それに魔導師になるだけ評価される成果を時空魔術師が出せるだろうか?

 無理だろうな、どんなに成果を出しても、それは荷物の輸送だけだ。


「知りませんでした。 けど、時空魔術師が推挙される可能性はほぼ無いのでは」


「まあな、だが除隊した後に魔導師になるのはもっと難しいのではないかな」


「退役扱いです。 確かに今の状況で魔導師への道筋は見つかっていません。

 それと……」


 私は、控えている上官の部下の方をチラリと見て、ハァと息を吐く。

 地面に目を落とす。 言ってしまった方が良いだろう。


「私の生まれた村ですが、反乱し殲滅されていました。

 ここは故郷ではありません、流れ着いた感じですね。

 私は直接の関係はありませんが、反乱した村の血縁者なのです。

 軍に戻ることも魔導師になることも、今の私には無いと思われます」


 上官が、立ち上がりかけたのか、椅子の音が鳴る。


「そうか」


 一言。

 それから少しの間、沈黙が流れた。

 それから、私と元上官と、とりとめもなく雑談をした。



「上官。 また話す機会は設けて頂けるでしょうか?」


「いや、すまないが正規に会うことは出来ない。

 民間人と軍の士官だからな」


「そうでありますか。 そうですよね」


 ここに居る元上官は、この部隊の総指揮かそれに近い権限を持つ重要人物だ。

 そして、今の私はただの町民で冒険者にすぎない。

 元部下であっても、理由もなく会うことは出来ない。


 上官の部下の一人が、上官の耳元で何かを話し掛ける。

 気が付いたら、かなり話をしていた。 潮時なのだろう。


「呼び止めておいてなんだが、すまんが次の仕事がある」


「こちらこそ、貴重なお時間を割いて頂き感謝しております」


「ああ、マイが生きていて話す機会ができて良かった」


 私は、立ち上がると、王国軍式の敬礼をする。

 ちょっと目に涙が溜まっているのは、勘弁して貰いたい。

 元上官に次に会える可能性は、殆ど無い。


「マイ元王国軍兵士、お前の活躍を期待しておる、元気でな」


「はい、ジュド中尉におられましても、ご活躍を願っております」


 元上官がそれに答礼を返してくれる。

 その後、民間人らしく深く一礼して、テントを出る。

 上官の部下が、私を東の門の近くまで送ってくれた。


 私は、民間人として、感謝の言葉とお辞儀をする。

 上官の部下は、「こっちだ」「ではな」と必要最低限の言葉だけだった。



 少し歩いて、振り返る。

 私は、一礼して、町に向かった。



■■■■



 冒険者ギルトで、薬草の納入を済ませる。


 ジェシカさんは、相変わらず忙しそうだ。

 ここ最近は打合せをする機会が無い。



「よっ、嬢ちゃん。 なんだ心有らずな顔してるぞ」


「あ、おじさん。 今日はどうも調子が乗らなくてね」


 おじさん、クルキさんのチームともう一つのチームは専業冒険者として正職扱いになった。

 他にも、幾つかのチームが専業冒険者として登録されている。

 私も専業冒険者となった。

 これはかなり迷った、でも周囲のお願いと、副業を認めて貰ったので受けることにした。

 宿屋タナヤの手伝いが、今は副業になっている。


「体調が悪いなら早く休むことだな。

 無理をしないのが一番長生きするコツだ」


 おじさんが、ニカッと笑う。

 この人も元兵士だったそうだ、詳しいことは知らないし、触れないのが暗黙の了解になっている。


「はい、今日は早く寝ることにします」



 冒険者ギルトを出て、宿屋タナヤへ帰る。

 町の様子が少しだけ変わった、少ないけど村が吸収されたことで、町の人と村の人との習慣の違いか、ギクシャクした感じになっている。

 これは時間が解決することを期待したい所かな。



「ただいま」


「おかえりよ、マイ」


 宿屋タナヤに入る、オリウさんが迎えてくれた。


「ん、何か有ったのかい。

 調子が悪いなら休みな、冒険者の方が優先だからね」


「あ、いえ、昔の上官に会ったんです。 偶然。

 今、東の門の近くに国軍が駐留しているんですね」


 オリウさんの顔が、険しくなる。


「マイは、どうしたいんだい?

 それで悩んでいるんだったら、私らに気を遣う必要は無いよ、自分のやりたいことを選べば良い。

 無理矢理なら、逃げたって良いんだよ」


「誘われましたが、断りました。

 それに、上官は良い人ですよ、ちょっと脳筋ですけど」


 苦笑しながら答える。

 オリウさんには、本当に敵わない。 なんでも見通しているようだ。


「今日は、1組だけだし、宿の仕事はやらなくて良いよ、ゆっくり休みな」


「そうします。 ありがとうございます」



 その日の夕食では、昔の上官の事を話した、面白可笑しく話したおかげか、少し気分が晴れた気がする。






 2日後、王国軍は移動していった。

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