第113話 前兆「変わった日常」

 数日後、町長とギルドマスターからの公示で、魔物の上位種が発生したが発表された。

 コウの町であることは伏せられているが、勘の良い人達は、察しているようだった。


 無理もない。


 冒険者ギルトに所属する冒険者に、魔物の対応策が伝えられた事。

 黒い何かが発生した時の対応、上位種との戦闘は複数の冒険者チームで対応する事。

 魔物が発生する時、特徴的な空に煙りが上がる、という事。


 それらの情報が、具体的に広まったのだから気が付く人も多いのだろう。

 これは、コウの町で起きた事なんだと。



 それと同時に、領主より出された指示も公示される。


 周囲の村の幾つかを町に吸収する。

 コウの町は元は要塞都市の後を再利用した町だから、土地としては余裕がある。

 でも、普段交流のない人が入る事に対する抵抗感は多いようだ。


 次の、森に入るのに戦える人か護衛が必要な事。

 これは比較的 素直に受け入れられた。

 今も戦える人しか入れないことが理由だと思うな。


 最後の、専業冒険者を正職として認定する事。

 これも、ほとんどの町民に対しては関係ない、むしろ歓迎されているように感じた。



 その様子を、広場の端で見ていた。

 公示されたからと言って、直ぐに実施されるわけじゃない。

 特に、村の人を受け入れるためには、住居の準備とか必要な事が多い。

 多分、数ヶ月という単位になるのだろう。

 村への通達と町へ来るかどうかの判断も確認しないといけない。


 私は、事前にそのことを知っていたので冷静に見れているけど、一緒に居るフミは困惑していた。


「マイ、どうなっちゃうの?」


「フミ、出来る限りのことを、みんなやっています。

 今は、慌てないことが大切ですよ」


 私はフミの手を取り、握る。

 少しでも不安が解消出来るように。

 でも、私も判らないことだらけだ。

 一番の問題は、どうすれば解決するのかの道筋が見えないこと、情報が足りなすぎる。

 ギムさんの視察団が頑張ってくれているが、芳しくない。



 懸念されたとおり、町の人達の不安が増している。

 以外だったのが、ほとんどの村が町への吸収を拒否したことだ。

 理由としては、自衛が可能とのことで、そういう理由なら強制することは出来ない。

 強制的に吸収することで、コウの町の治安悪化を懸念しているのだろう。

 人は、住んでいる居場所を放棄するというのは、たとえ命の危険があっても抵抗があるのだろう。

 それを、とやかく言うことは出来ないと思う。


 コウの町では、働き手と仕事のバランスが崩れているので、役所やギルトはかなり忙しい状況が続いている。

 ギムさんの視察団も何か忙しく、なかなか話す機会を持つことが出来ていない。



 それでも、日常は続いていく。


 私はいつも通り、2泊3日での薬草採取に出かけた。

 つい、空を見上げてしまう。


 ハァ


 ため息をつく。

 時空魔術の検証も進んでいない。

 通常魔術の鍛錬は欠かしていないので、精度は上がっているが、どうしても自分一人では行き詰まってしまう。


 シーテさんに会いたいなぁ。

 やっぱり同じ魔術師と色々考えるのは楽しいし、為になる。

 なんだか、自分が弱くなった? 弱いことに気が付いたような、心細い感じになっている。



 魔物の上位種の発生や、魔獣・魔物の発生が増えているとはいっても、顕著に増えているわけじゃない。

 ここ数回の薬草採取の依頼をこなしていても、遭遇することは無かったし、他の冒険者が遭遇したという話も聞かない。



 私は今回の薬草採取の依頼分の薬草を予定通り採取し終わって、コウの町へと帰ることにした。



■■■■



 東の森から出て、コウの町の東の門に向かう、が、うん?

 門の内側に何やら随分と人が居る。


 王国軍だ。


 心がざわつく。

 私は、元々、王国軍 北方辺境師団 輸送部隊所属 徴用兵だった。

 今着ている服も、ベースは王国軍の一般兵の服を元にしている。

 マントの下を見られたら直ぐにバレるだろう。


 一団は、門の近くに居てノンビリしている。 テントも張っている。

 多分、移動途中なのかな。


 隊の構成を観察する。

 中隊規模の集団と輜重しちょう部隊かな輸送部隊も居る。


 逆だ。 私はよく知っている構成だ。輸送部隊とその護衛を行う部隊。

 私が居た輸送部隊の構成と同じだ。


 とはいえ、ここは国の東南方面になる、知り合いがいるとは思えない。

 兎に角、無関係に通り過ぎよう。



 私は、気にしないようにして、東の門をくぐる。

 守衛は国軍の対応で不在だったりして、良いのかなぁ。


 がたいの良い士官が部下を連れて一つのテントから出てくる。


 ん、見覚えがある。

 お互いに、門の前で立ち止まって、顔を見合わせる。


 少しの間。



「じょーうーかーんー!」


「お化けー!」



 二人して、指を指して叫ぶ。


「誰がお化けだぁ! っか、北方辺境師団がこんな所で何しているんですかぁ?」


「! 兎に角こっち来い、マイ」


 むんずと肩を掴まれて、士官用テントに引き込まれる。


 士官用の少し良いテントの中に、拉致された私は、上官の部下に挟まれて逃げられない。

 無作法者に対して不満がにじみ出ている。



「えっと、ジュド・オッペンハイマー中尉殿、なぜ東方にいらっしゃるのですか?」


 私は、丁寧な言葉で言い直す。

 その言葉に、部下の二人が驚いている雰囲気が伝わってくる。


「マイ時空魔術師、きみが生還したとは聞いていなかったが、再び会えたことは喜ばしい。

 どうやら、元気でやっているようで良かった」


「はっ、色々ありましたが、この町で今は平穏に生活しております」


 私は、昔の感覚に戻って返答する。


「あの、ジョド中尉殿、この少女は一体何者なのでしょうか?」


「お前達は知らないのは無理もない。

 私が以前 居た北方辺境師団の輸送部隊で時空魔術師として、徴用されていた者だ。

 私とは4年以上の付き合いになる。 多少の無礼は全く問題ない」


「はっ、了解いたしました」


 やり取りから、警戒する必要は無いと感じたのかな? 緊張感が溶けたようだ。



「以前、ということは今は違うのでありますか?」


 私は確認する。

 この人、一応、貴族の3男で貴族位も持っている、それなりに地位が高い。

 愚直な性格なせいで軍の上層部に物言いを何度も行って閑職に回された、要領の悪い人だ。

 でも、その人柄から部下からの信頼も厚い。 私も軍ではこの人の言葉を信じて付いてきた。


 私が徴用されて、色々な所を回され、結局は北方辺境師団の輸送部隊に長く居ることになった。

 この上官とはその時からの付き合いだった。


「ああ、今は東方辺境師団に居る。

 まぁ、なんだ、お前を死なせてしまったと言うことで飛ばされたんだ。

 役職が元に戻ったのは、マイが生きていことが判ったからか」


 ああ、ぶっちゃけてきたよこの人。

 士官と魔術師は、隊の中でも優先して守られる立場にある。

 その性で、一緒に居る時間が多かった。

 勤務中を除くと、近所のおじさんのように私を扱うので、私がすねている事を繰り返していた。


「私だって、生きて戻れるなんて思っていなかったんですよ。

 戻るのに丸2ヶ月以上掛かりましたから。

 上官も相変わらず元気そうで良かったです」


「お前も、元気そうで何よりだ。

 どうだ、俺の所に復帰する気はあるか? 歓迎するぞ」


「……いえ、有りがたいお言葉ですが、この町で腰を据えたいと思っています」


 意図的に丁寧な言葉を選んで答える。

 今は、この町が、宿屋タナヤが私の帰る場所だ。



「そうか、それは良いことなのかな。

 判っているとは思うが、我々が何をしているのかは話せない」


「それは当然というか、言っちゃいけませんよ。

 一応、今は民間人なんですから」


 お互い、笑う。


「しかし、残念だ。 が、教えた事は生きているか?」


 え、何のことだろう?

 教えられた、判らないことはない、北方辺境師団の輸送部隊に居た間、私の生活の全てだった。


 私が首を傾げていると、上官は苦笑した。


「周囲のことには気が付くくせに、相変わらず自分のことになると無頓着なのだな。

 思い出してみろ。

 戦闘の時に指揮所に置いて指揮の仕方を見せたり、兵士達に自衛のための知識や戦う技術を教え込ませたんだがな。

 あと、色々作戦のことについて話したろ。

 気が付かなかったか?」


 ガーン


 いや、確かに言われてみれば、時空魔術師に戦闘の指揮の場所に置く必要は無いし、同僚の兵士達が私を積極的に構ってくれるのはそういうものだと思っていたが、指示なら判る。

 雑談で、作戦の意味と理由を話してくれたりもしていた。






「俺は、お前が成人したら士官として正式に教育させるつもりでいたんだよ」


 全く知らなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る