第9章 前兆
第107話 前兆「温かい日」
熊の魔獣の襲来から数日が経った。
冒険者達には、未だに討伐の興奮が残っている。
10メートルを超える巨大な熊の魔獣を死者を出さずに討伐したのだ、興奮するのも当然だろう。
町に魔獣を引き寄せてしまった冒険者がどうなったか?
冒険者ギルトでジェシカさんに聞いたが、適切な処分がされたと濁されてしまった。
誰かも教えて貰えなかった。
その後 内緒で、おそらく町からの追放の可能性が高いと聞いた。
その冒険者と家族全員が。
生きているだけでも良かったと思う。
もし、1人でも死者が出ていたら、町の中への被害が出ていたら、その被害を受けた家族への補償として資産没収され死罪になっていたかもしれない。
残酷なようだけど、最悪な場合は熊の魔獣が町中で暴れて多くの死傷者が出ていたかもしれないのだから、仕方が無いとは思う。
家族は関係ないとはいえ、近親者が追放されたのだから、そのまま町で住み続けるのは難しいだろう。
白い目で見られて生活して行くには、そんなに大きい町ではないコウの町では辛い、もっと大きな町ならひっそりと生活することも可能かもしれないけど。
熊の魔獣を討伐したことで、町の住民は町の防衛に関してある程度の安心を得たのか、元に近い平穏な雰囲気が戻ってきた。
壊された西の門も、あと数日で元通りになる。
防壁は、門が直った後に撤収する予定とのこと。
倒した熊の魔獣の解体も進んで、今はもう骨だけだ。
魔獣といっても、魔法が使える獣なので、使える部分は満遍なく利用される。
そして今回の騒動の結果、私は冒険者の中で一躍 有名人になってしまった。
今までは、東の森の薬草採取をソロで行う変わり者として、一部の冒険者に認知されている程度だった。
最後の収納爆発は、目立ちすぎた。
多くの守衛と冒険者達に見られていたし、あの巨体を跳ね上げた威力は大きい。
実際には、多くの守衛と冒険者達が戦って消耗しきった所を狙ったので、美味しい所を横取りしたと思われるのかもしれないと危惧していたけど、杞憂だったようだ。
これは、討伐報酬が全員同一だったこともあると思う。
なお、怪我をした人に対しては、町から別途、無償治療が行われている。
対外的には、守衛と冒険者達による防衛戦が成功したことになっている。
トドメも、ギムさん率いる視察団チームが行ったという事になっている。 実際そうだしね。
私は、薬草採取の依頼をこなしながら、森の探索を再開する予定だ。
探索自体は、冒険者ギルトの依頼で探索に向いた技能を持っている複数の冒険者が請け負っているので、あくまでついでだったりする。
日差しが温かい日が増えてきた。
「マイ、野草摘みに行こう!」
「フミ、タナヤさんとオリウさんに伝えた?」
「うん、父さんも母さんも、北の森の手前までなら大丈夫だって。
お昼のお弁当も準備できてるよ」
今日は、宿泊客が居ないため、お休みだ。
宿泊客は定宿としてギムさん達が居るけど、魔獣の討伐後に東の町に行っている。
今の時期は、宿に来る村の人も作付けや家畜の出産とかで忙しく、少ない。
「うん、何を取りに行く?
フミが料理するんでしょ」
「えーっと、苦くないヤツ」
プッ
相変わらず野草の苦みが苦手なのか、苦くない野草を必死に考える顔に思わず噴き出してしまう。
「もー、マイ! 苦い野草で料理するよ」
「私は、苦いのも好きですよ」
「もー。 あはははは」
お互い、顔を見合わせながら笑う。
靴を森歩きが出来るしっかりした物に履き替えて、私とフミは、連れだって宿屋タナヤを出て行く。
「行ってきます」
「行ってきまーす」
「気を付けるんだよ」
「おう、遅くなるなよ」
私とフミの言葉に、オリウさんとタナヤさんが応える。
私は、浮かれていることを自覚していた。
魔獣の討伐で、宿屋タナヤの皆を守れたことが嬉しい。
フミが私の手を取って、引っ張る。
私も握り返しながら、小走りで北の門に向かう。
北の門の守衛は2人になっていた。
今までは1人だったが、報告係と対応を分担するため増員された。
「嬢ちゃん達、野草取りか、危ない情報は出ていないが、森に近づかないように気を付けてな」
「はい」
「うん、わかったよ」
その様子を、もう1人の守衛さんが笑いを堪えている。
あ、顔見知りの守衛さんだ。 なに笑っているんだ。
目が合って、不満を表すように、頬を膨らますと、口に手を当てて笑い出した。
うー、怒るよ。 もう。
「日が傾く前には戻ります」
私は、対応してくれた守衛さんに話すと、フミと一緒に北の森の方へ歩く。
さて、木の芽は苦みが少ないからフミに合うかな?
ゼンマイも若い芽は苦みが少ないかも。
探索魔法は、いつも通り定期的に欠かさずに。
■■■■
「おい、なに笑っているんだよ。 真面目にやれよ」
マイとフミに対応した守衛が、もう一人の守衛に不満げに話しかける。
笑っていた守衛は涙目で振り返る。
「ああすまん、で、誰に話し掛けているのか知らないのか」
「ん、宿屋タナヤの娘だろ、もう一人の小さい方は知らないが」
「ああ、その小さい方は宿屋タナヤの店員もしている、冒険者だ」
「そうか、でも非戦闘職だろ? あんな子供が冒険者ねぇ」
「くくっ。 熊の魔獣の戦闘の時にお前どこに居た?」
「へんなヤツだな。 西の門の入口で入ってきた魔獣を槍で突いてたよ、傷一つ付けられなかったがな」
「その魔獣が最後に大きく打ち上げられただろ」
「ああ、すげえ音がしたと思ったら、熊が真っ直ぐになってこっちに倒れてきたんで驚いたよ」
「その魔法を使ったのが、あの小さい嬢ちゃんだよ。
あと、今回の作戦もあの子が考えたとか噂がある」
「本当かよ、信じられないな。
みろよ、ただの仲の良い町娘2人にしか見えないぜ」
「信じるかどうかは別にして、小さい嬢ちゃんは、単独の冒険者で有名だし、視察団の連中ともタメ口で対応している。
冒険者としてもかなりの実力者だよ」
「見た目じゃ判らないもんだなぁ」
小さくなった2人の姿を見ながら呟く。
「まったくだ」
笑っていた守衛も、マイの事を思い出す。
コウの町へ来た当時は、表情が乏しく、淡々と依頼をこなしていた。
何処かから流れてきた者は、何かを諦めたような目をしている、マイもそうだった。
笑い顔を見た時は驚いた物だ、だが、娘と同じ年頃の子供が立ち直ったのは嬉しい。
きっと、宿屋タナヤが彼女を癒やしてくれたのだろう。
守衛達は、2人の姿が小さくなり見えなくなるまで眺めていた。
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