第105話 流転「町での戦い3」

「ギルドマスターの方へ移動します!」


 私は、守衛隊の指揮官に告げると、外壁の階段を大急ぎで下って行った。

 背後から、指揮官の指示が飛ぶ。


「魔獣へ攻撃を狙えない者は、壁を下りて入口に集結し突入時の攻撃に備えよ。

 今攻撃している者は出し惜しみするな!」


 ゴン!

 メキャ


 また門に体当たりする音が聞こえる、木が折れる音も聞こえる。 もう長くは持たないだろう。

 門の内側は、高さ5メートルの防壁が組まれていて、侵入しても囲い込んで攻撃できるようにはなっている。


 でも急ごしらえだ、周囲の石畳の石と土を固めたもので、何処まで持つのか判らない。

 乗り越えられる危険も大きい。


 一番の不安は、控えている守衛と冒険者達だ、何処まで戦えるのだろうか?


『大抵は、想定した最悪より悪いことが起きる物だ、そういうつもりで居ないと対応出来ない』


 この場合の最悪は侵入してきた魔獣に対して、守衛と冒険者達が恐れて戦えなくなってしまうことか?

 士気が高いと良いのだが。



 私が外壁を下りきった所で、門がついに崩れて、ゆっくりと熊の魔獣が侵入してくる。

 中の様子を探っているのか?

 背中に幾つもの槍と石槍が刺さっている。

 炎は薄いが未だまとってたままだ。


 ギルドマスターが叫ぶ!


「下付の者は槍を打て!」


 四足動物の弱点は、顔を除けば、お腹や喉の皮膚が柔らかい部分だ、これは魔獣でも変わらない。

 防壁の下の方に通路を設けて、下から攻撃出る穴がある。

 そこから槍や土属性の魔法での攻撃を行う。


 ガァァァァァァ!


 熊の魔獣が大きな叫びを上げて立ち上がる、そのお腹には幾つもの槍が刺さり、血が吹き出ている。

 炎が一瞬吹き出るが、直ぐに止まる、魔力が尽きている!


「今だ! 全力攻撃!」


 全方位からの攻撃が始まる。

 熊の魔獣もでたらめに腕を振り回して、防壁の上に居る冒険者を弾き飛ばす。


 私は、息を切らせながら、なんとかギルドマスターの所までたどり着く。

 私の目の前には、コウの町の2番目の壁がある。


「魔力を、はぁ、ほとんど削り切れました、はぁ、あとは大きな熊です、あともう一息です。はぁ」


「マイ、休んで構わないぞ」


「いえ、はぁ。

 手負いになった時が一番危険なんです、気を緩めないで下さい」


 ギルドマスターが、作戦通りに進んでいることで、気を緩めている気がする。


「判ってるとも」


 ズシン


 熊の魔獣が前に倒れ込む、周囲が歓声に涌く。

 まだだ、確実に死んでいることを確認するまでは、油断しちゃいけない!



 グオオオオオオオ!


 いきなり全身から炎を噴き出して、熊の魔獣が突進する、私とギルドマスターの居る方向、コウの町の方だ。


 ドゴォォ!


 一撃で防壁が一瞬膨らんで崩れていく、木で作った盾があっさり燃え出す。

 突進を受けた周囲の冒険者達が、暑さと恐怖で悲鳴を上げてちりぢりに逃げ出した。

 最悪より悪いことか。



「ギルドマスターは横にずれて隠れて下さい。

 魔獣を市街地へ入れるわけにはいかないです」


 冷徹な思考をしているはずなのに、心にあるのは宿屋タナヤの皆だ、私の背後にはフミたちが居る。

 通すわけには行かない。


 ギルドマスターを避難させる、石造りの倉庫が仮設の指揮所になってる、そこへ誘導する。

 私の周りにもギルドマスターを守る為の冒険者と守衛が居るが、腰が引けてしまっている。



 ここで戦えるのは私だけか。


 覚悟を決めよう。

 踏み出して、踏ん張る。


「まったく、マイちゃんは無茶しちゃダメって言ったよね?」


 え、横を向くと、シーテさんが私を見て少し怒っている。


「ふむ。 間に合ったようだな」


 ギムさんとチームが私を囲むように立っている。

 他にも、外壁の外に出ていた冒険者チームも居る。

 これも作戦通りだ。

 ギムさんのチームと実力のある冒険者チームは、熊の魔獣を罠に仕掛けたら、戦いを避けて防壁とコウの町の2番目の壁へ集合し、倒しきれなかった時に対応する手はずになっている。


 しかし、それは死に物狂いになった魔獣の前に立ち塞がるという、命を賭ける戦いになる。

 それでも、戻ってきてくれた。


「ええ、ありがとうございます」


「いや、作戦通りだから気にするなって」


 何時も私に話しかけてくる冒険者の おじさんが笑い返す。

 おじさん、実力者だったのね。


 目が少し潤む。

 が、気合いを入れろ、マイ、最後の踏ん張りどころだ。



「うむ。 マイ君、どう戦う、手足を削って動けなくするのが定石だが」


「はい、それで行きましょう。 それと、私を魔獣の所に届けて下さい」


「マイ君?」


「収納爆発を使います、接近しての全力のやつです」


「危険だぞ」


「危険で無い作戦はありませんよ」


「うむ。 判った」


 ぽん、ギムさんが私の頭に手を置く。


「ジョム、マイを確実に守って運べ。

 シーテ、ブラウン、他の冒険者と一緒に魔獣を攻撃する、隙を見て攻撃して離れる、相手の攻撃を絶対に受けるな!」


「「「おう」」」



 熊の魔獣は、最後の魔力を使い果たしたのだろう、全身から焼け焦げた煙が出ている。

 自分の魔力で自傷してしまう現象だ。


 それでも、その目には暴力的な怒りが漂っている。

 ゆっくりと、全身血まみれになりながらも進んでくる。

 ダメージがかなり蓄積しているのだろう。


 冒険者とギムさん達が、熊の魔獣へ向かう、3つに分かれて攻撃と離脱を行い、翻弄させている。

 流石に実力者達だ。


 私は、ジョムさんに止められて、まだ動いていない。


「そろそろ行きますよ、マイさん」


「はい、ジョムさん、よろしくお願いします」


 ジョムさんの大盾の影に隠れて私達はゆっくり接近する。


 熊の魔獣は、苛立ちと興奮で、攻撃している彼らへ腕を振り回しているが、どれも当たらない。

 ギムさんの剣が、熊の膝の後ろを切り裂く。

 踏ん張りが効かなくなった熊の魔獣は、そこで倒れ込む、お腹に刺さった槍が体重で更に深く刺さる。


 ガアァァァァァァ


 悲鳴のような咆哮が響く。

 前足2本と後ろ足1本で、無理矢理身体を起こす、その目の前にはジョムさんの大盾だ。


 熊の魔獣が一瞬ひるむ。


 私は、大盾の影から熊の魔獣の頭の下に潜り込む、死角になって見えないようにしてくれた。


 両腕を伸ばして、私の背より高い位置にある頭を狙う。


 収納爆発に使用する岩は、前回のイノシシの魔獣の時は10キロだったが、今回は30キロだ。

 しかも、準備も練度も完全な状態での収納爆発、破壊力は倍以上だぞ!

 収納爆発を行使する。



 これで決まれ!


 ドゴゴォォ!!!



 すさまじい音が響く。

 熊の魔獣は、つま先立ちするほど身体を浮かせ、そのまま後ろに向かって倒れていく。


 スローモーションのようにそれを、周りの冒険者達は見ていた。



 で、私は収納爆発の余波で盛大に吹き飛んで転がっていた。


「ぶべっ」


 ジョムさんの横を転がり抜けて、さらに数メートル転がった所で、うつ伏せになって止まる。


「マイちゃん!」


 シーテさんが駆け寄ってくる。

 私は身体を起こして、座り込んだ状態で、シーテさんに無事を知らせる。


「シーテさん、上手くいきましたか?」


「もう、コロコロ転がっていくから、ビックリしたわよ。

 魔獣の方は、今、ギムたちがトドメを刺している所」


 両手を見る。

 はめていた手袋は見事にはじけ飛んでしまったが、両手は無事だ、腕も少し痺れているけど問題ない。

 両手をぷらぷらさせて、感触を確認する。



「嬢ちゃん、すげえな」


 冒険者ギルトに何時も居るおじいちゃん、えーい、名前なんだっけ?


「マイって名前があります、おじさん」


 少し膨れて言う。


「はは、おれはクルキって呼んで欲しいな、いや、おじさんでいいや」


 クルキさんは頭に手を当てて、ガハハと盛大に笑う。


「熊の魔獣の討伐を確認したぞ!」


 ギムさんの大きな声が響く。


「「「おおおおおおおお!」」」






 守衛と冒険者達が一斉に雄叫びを上げる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る