第102話 流転「新たな魔獣」
町長の公示から、コウの町は騒がしくなった。
冒険者ギルトでは、コウの町と周辺の村で森や周囲の探索を行う冒険者へ依頼が出された。
コウの町で、露店をしている人も不安げだ。
とはいえ、詳細を話すことは出来ない。
出来ることは、今までは問題なかったのだから、急に何か変わることは無いと伝える位だ。
今、私は冒険者ギルトの会議室でジェシカさんと話をしている。
「町長から発表があったので、マイさんの役割も変わりますね」
「ええ、基本的にやることは変わりませんが、内容は別物ですからね」
この辺の情報共有は、ギムさんが来てからも続いている。
今回の公示の内容も、関係者には事前に通達されていた。
むろん、私の役割の変更も伝わっている。
「なら、マイさんは、むしろ元通りの薬草採取の依頼をこなしていく、で良いのですね」
「そうですね。
個人的には魔獣・魔物が見つからないことで、なあなあにならないかを危惧しています」
「そこは、こちらの仕事ですね。
いい加減な探索結果には直ぐに不可を出す予程になっています」
「なら、心配はないですか」
■■■■
それから、私の生活は見た目だけは元通りになった。
宿屋タナヤの店員として働いて、また、冒険者として薬草採取の依頼をこなしている。
冒険者チームも森の中の依頼を併せてこなしながら森の探索を行っているが、特に何も見つからずに続いている。
寒い冬が過ぎ、少しだけ温かい日が訪れるようになった時、その情報が入ってきた。
ゴブリンが発生した。
探索をしていた冒険者は幸いにして十分な実力があったようで、ゴブリンの討伐とダンジョンの踏破は無事に行われたとのことだ。
また、これは、気が緩み始めていた冒険者達にとっても刺激になったようで、冒険者ギルトの中の雰囲気に緩んだ様子は無い。
だけど、魔物のゴブリンの攻撃力が非常に低いことが伝わると、今度は魔物は大したことはないとの認識が広まり始めた。
「ジェシカさん、最近の冒険者達の魔物に対しての危機感が無いのが気になるのですけど」
「はい、マイさん。 発生したのはゴブリンだけダンジョンも浅いものでした。
早期に発見して処理できたのは嬉しいのですが、魔物そのものの理解はほとんどの人が無いですから、侮ってしまっているのは仕方が無いですね」
私も、ゴブリン以外の魔物を見たことが無い、正直、ゴブリン以外の魔物の強さが理解できないでいる。
「他の場所での状況は入ってきているのでしょうか?」
「ギムさんからの情報と似たり寄ったりですね。
ギムさん達も冒険者の気の緩みを気にしていました」
「正直言って、私も何処まで危機感を持てば良いのか、計りかねてます。
私も、ダンジョンを見つけられていませんし」
「でも、マイさんは昔のダンジョンコアを3つ見つけていますよね」
何度か森に入って探索している時に、土の中に埋もれているダンジョンコアを見つけている。
でも、どれも小さくて自然に消滅したのではないかとの見解が出ている物だ。
浅すぎるダンジョンは魔物は発生しない。
うーん、困ったなぁ。
「取り敢えず、今回の薬草です。
そろそろ温かくなってきた時に取れる薬草が出てきましたね」
「はい、確かに。
取れる薬草については探索依頼に合わせて随時お知らせしますね」
■■■■
「良いことじゃないの?」
フミがモップに顎を乗せて私に話しかけてきた。
今日は、宿屋タナヤで店員として働いています。
宿泊客は、ギムさん一行と、春先で必要になった物を買いに来ている村人が3組。
そのうち1組は今朝、村へ戻る為に出発しているので、今は2組だね。
今回の寒い時期は、結局、雪は降らなかった。
その分、何時もより冷え込んでいたとのこと。
確かに、水汲み場に氷が張る日はあった。
「このまま何事も無ければ、良いこととなだけとね」
今、空き部屋になった部屋の掃除をフミとしている。
特に危険なことが発生していない事で、フミも気が楽になっているようだね。
このまま何事も無ければ本当に良いのだけど。
「そんなことより、そろそろ春物の野菜が出回ってきたから、お父さんの料理も変わるよ。
マイも、野草摘みに行かない?」
畑以外でも、食べられる植物は多い。
特に、温かくなった来た時に出る食べられる野草は、独特の風味があって美味しいそうだ。
「良いですね、北の森の手前にある川岸とかなら色々採取できそうです」
思い浮かべる、土から芽を出す野草や、木の新芽とか、色々ある。
子供の頃は……今も成人していないけど、苦いのが苦手だった。
ふと思い出す。同僚だった兵士の言葉だ。
『子供の頃が一番舌が肥えているんだ、だから苦いとか辛いのは嫌いなんだよ。
でも、だんだん年を取って舌が衰えてくると、苦いとか辛いのが美味しく思えるようになるんだ』
誰の言葉だっけかな?
本当のことなんだろうか、でも、野草の青味や苦みが美味しく感じてきているのは確かだ。
いや、違うだろう。
人は学習する生き物だ、味を覚えていって、美味しく感じる範囲が広がったと考える方が私には納得できる。
「マイ? マイ? どうしたの」
「あ、いえ、今取れる野草は何か思い出そうとしていたいんだよ、土手に出てくる丸い草の芽は簡単に取れそうですね」
「うん、でも少し苦いのが苦手かな?
畑や牧草地の近くでも沢山出てくるから、取りに行く人も多いね」
フミの舌はお子様と。
いやいや、それはさっき私が否定した事だ。
まだ、あの風味を味わえるだけの経験をしていないということだろう。
私は苦笑する。
「食べ慣れていないだけですよ、タナヤさんなら食べやすく料理してくれるんじゃないですか」
「うー、私も何とか苦みを無くした料理方法を考えてみる」
「フミ、あの苦みが美味しいと言う人も居ます、無くしてしまうのは反対ですよ」
フミは、少しふてくされる。
膨れた頬をプニプニしたくなる、つついたら怒られるかな?
フミと私は、掃除を終わらせて、居間へ戻る。
オリウさんがお昼の準備をしている、ということは、宿泊客は皆さん外で食べるのかな?
「終わったかい、そろそろお昼にするから、少し待ってくれよ」
私とフミは、食器を机に並べていく。
タナヤさんが丁度、仕入れの食材を購入して帰ってきた。
カゴを見ると、春物の野菜もある。
楽しみだね。
バン
宿の扉が荒々しく開けられる。
音に驚いて、入口に一番近い私が様子を見に行く。
ブラウンさんだ。
「マイ、直ぐに冒険者ギルトへ来てくれ。
問題が起きた」
表情がキツイ、何があったのか。
「判りました、直ぐに行きま、フミ?」
フミが私の服を掴んでいる。
「フミ、問題を確認するだけです、私だけで対応するわけでは無いです」
「ああ、驚かせて済まない、だが急いで対応する必要があるんだ」
私はフミの手に手を重ねて、フミを見つめる。
手が離れる。
私はフミに頷くと、奥に居るタナヤさんとオリウさんにも頷く。
二人とも、頷き返してくれた。
冒険者ギルトへブラウンさんと走る。
「ブラウンさん何があったんですか?」
「魔獣が出たんだ」
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