第87話 探索「行方不明」

 それから数日。

 アンは、私の前に姿を現さなかった。

 ギルドマスターである父親ゴシュからちゃんと言われたのだと思う。

 彼女のことは、ほとんど忘れかけていた。



 私は、次の探索依頼を行うために、冒険者ギルトへ向かう。

 今日は、天候の予報を確認するため。


 なぜか、フミまで付いてくる。

 うーん、まぁ、いいか。


 冒険者ギルドも基本的には、朝の鐘の音から夜の鐘の音までの時間が開いている時間だ。

 ただ、特別な依頼や緊急時に対応出来るように、常駐の職員が居る。

 主立ったギルドのメンバーも町のどこに住んでいるのか判っているので、緊急時には呼び出しが掛かることがあるらしい。

 らしい、というのは、コウの町では少なくても10年の間に冒険者を呼び出すような事態は発生していないから判らないとのこと。


 そして、朝の鐘の音と共に、依頼の掲示板に依頼票が張り出され、争奪戦になる。

 依頼票を窓口に出して受注になるけど、その冒険者が依頼内容に必要な能力を持っていないと判断されると、保留や受注拒否される。

 なので、争奪戦といっても、依頼内容を確認してから依頼票を取るので、静かな戦いになる。

 と、ジェシカさんから教えて貰った。


 私は、基本的に薬草採取や物の運搬など比較的 人気の無い依頼を受けるので、わざわざ争奪戦に加わる理由が無い。


 というわけで、朝の争奪戦が終わった頃にノンビリと依頼状況を確認したりしている。

 窓口にジェシカさんが居ないのも理由だ。


 依頼票を見ている私にフミが問い掛けてきた。


「マイ、次の依頼って決めているの?」


「フミ、私はいつも通り薬草採取の依頼を受けるつもりで居るよ。

 今は、ついでに受注できる依頼がないか見ている感じだね」


「ふーん、危ないことは禁止」


 フミが私の腕を取って、注意してくる。


「判ってるよ、私も危ないのはイヤだからね」


 フミの機嫌が良い。

 今日も、この後は打ち合わせ場所で、飲みの物を飲んで、帰りがけに買い物をする予定だ。


 あ、ジェシカさんが来た。

 目線で合図して、私は窓口に向かう。

 フミも付いてくる。


「こんにちは職員さん、天気の予報と、必要な野草の情報があれば下さい」


「マイさん、こんにちは。 何時も仲良しですね。

 天気ですが、数日は酷く冷え込む予報です、弱いですが雨が降るかもしれません。

 前回と同じく『東の森での薬草採取』をお願いします。

 備蓄量が若干減っているとの事なので。

 お願いしたい薬草はこれになります」


「判りました。 では、明日から『いつもの2泊3日』で薬草採取に行きます」


 ジェシカさんから、2種の薬草の特徴が書かれた紙が手渡される。

 薬草採取の依頼もちゃんとこなしたいから助かります。


「あと、大丈夫かと思いますが、山犬の目撃がありました。

 北の森の東側なので、今回の東の森の西側と近いですね」


 フミが私の腕を掴む。


「フミ、山犬は対応を間違えなければ安全ですよ。

 具体的には、相手にしなければ、向こうもこちらには何もしません」


「そうなの?

 安全なら良いんだけど」


「帰ったら詳しく話しますね、山犬の話は一杯あります」


 私が、楽しそうに話しているのを見て、フミも緊張を解く。



 オオカミと山犬の違いだけど、同じオオカミだったりする。ただ種類が違うので分けている。


 オオカミは、大型で成犬で2メートル、大きい物だと3メートル以上にもなる。

 肉食で攻撃性が強い。 一家族で群れを作り活動している。

 基本的に森の奥で活動している。 そして頭も良い。

 人間も襲われるので、森の浅い場所に現れた場合は討伐対象になる。


 山犬もオオカミの一種だけど、小型で成犬で1メートル程度、大きい個体はほぼ居ない。

 雑食で攻撃性は弱い。 複数の家族の群れで活動している。

 基本的に森の中域から浅い所で活動している。 そして頭も良い。

 山犬は、人間を敵や獲物として見ていないらしく、何もしなければ近くをウロウロしていることも多い。

 おそらく自分より大きな生き物を狩りの対象としてみていないのだろうとのこと。

 人間側も、狩ってもお金にならないので、基本放置だ。


 山犬の子供を飼育して猟犬とする猟師もいる、人に慣れやすい。

 オオカミが人に慣れることは希だ。


 輸送部隊に居た頃、野営していたら、山犬の群れが野営している私達の側で寝ていた、なんてこともある。

 山犬としては、安全な場所であり、私達としては魔獣が現れたら直ぐに知らせてくれる優れた監視役になる。 緩い協力関係を構築出来ている。


 私も、若い山犬をモフッた事がある、あれは良い物だ。

 ただ、清潔では無いのでその後しっかり手を洗わされたけど。


 王国の一部では、山犬を飼い慣らして、番犬にしたり愛でたりしていたりするそうだ。

 そういうのは、家犬と言って区別している。

 清潔な中で育てるので、モフッりまくりらしい、うらやましい限りだ。


 話が逸れた。 あとでフミに話そう。



「ではフミ、打ち合わせ場所で作戦会議です」


「だね、マイ、今度こそぎゃふんと言わせないと」


「あの、マイさん、フミさん、何のことですか?」


「あ、職員さん、大丈夫ですよ、フミがタナヤさんに料理勝負をする話なので」


 誤解を招く言い回しだったか、ジェシカさんすいません。

 ジェシカさんも理解したのか、破顔する。


「近いうちに、フミさんの料理が食べられるようになるのですね、楽しみです。

 あ、実は家でも時々、タナヤさんの所の料理をお持ち帰りしているんですよ」


「ぷぷ、プレッシャーを与えないで下さい」


 フミが慌ててる。カワイイ。

 クスクス笑ってしまう。ジェシカさんもニコニコだ。


 私達の後ろに足音の気配がしたので振り向くと、依頼票を持った冒険者が歩いてきた。

 この辺にしておこう。


「では、薬草採取は先ほどの予定通りで」


「はい、マイさんお気を付けて、お願いします」


 ジェシカさんのキリッとした職員スマイルで送り出してくれる。



 私達は、窓口を離れて、打合せ場所に行く。


 で、今回のフミの担当は、なんと主菜を担当するそうだ。

 といっても、肉の煮込み料理で、タナヤさんの作り方を踏襲するだけだけど、それだけの腕になっているということだ。


「では、今回は奇策は採らないんだね」


「うん、あくまでも宿屋タナヤの料理だね。 だけど、何か工夫はしたいなぁ」


「なら、食べる時に何か追加で味を加えるとか?」


「そうだね、料理自体を変えることは出来ないから、そうするしかないか。

 となると、香りの強い葉っぱを刻んで乗せようかな?

 あ、チーズを追加するもの良いかも」


 料理のことに夢中になるフミの顔は真剣でそれでいて楽しそうだ。

 今夜の料理が楽しみで仕方がない。



 そこに、ギルドマスターが冒険者ギルトのフロアへ駆け込んできた。

 息切れしている。


 私を見つけると、駆け寄ってくる。


「マイ、アンを見なかったか?」


「いえ、ギルドマスター、前回の薬草採取で戻ってきた時から、見たことはありません」


「そうか、ああ、どうしよう」


 私の前で膝から崩れ落ちてしまう。

 冒険者ギルトの職員さんが慌ててギルドマスターを介抱する。


「どうしたんですか、ギルドマスター?」


「ああ、アンが行方不明なんだ」






 あのお騒がせ娘、今度は何をしでかした?

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