第86話 探索「ギルドマスター」
「マイ、あなた特別な依頼を受けているそうね、私も一緒に受けるわ!」
どこから漏れた? って、ギルドマスターからしかないのだろう。
娘に甘いギルドマスターが、私について説明している時に指名依頼の事を特別な依頼と表現したのかな?
もし、領主からの指名依頼の件が漏れれば、ギルドマスターとはいえ免職される可能性が高い。
内容まで漏れてしかも、口外して回れば、たぶん物理的に首が飛ぶ。
アンは、そんなことも理解していない。
本当にどうしよう。
「答える必要性を感じませんが。
私の質問に何も答えない人に対して特に」
「うっ、とにかく連れてってよ、面白そうじゃない」
アンは、町に戻ってから やけに強気になっている。
ギルドマスターの娘という後ろ盾があるからなのだろう。
「連れて行くも何も、終わった依頼にどうしようもないですね」
「どういうことよ?」
「質問ばかりする人ですね。
薬草が足りないから、儲けにならないけど採取を特別に依頼されたんです。
特別な依頼を受けたければ、窓口で儲けにならない薬草採取だけど特別に依頼を受ける、と言えば受注できますよ」
表向きな理由、受注されにくい薬草の採取を依頼されて受ける、を話す。
「うー、そんなんじゃなくて、もっと凄いの!」
「他を当たって下さい」
凄いって、何を言っているのか。 アンは、苛ついたように地面を何度か踏む。
戦う力どころか、一人で生きていく方法も知らないのに、何を考えているのだろう。
兎も角、この件はギルドマスターに対処して貰うしか無いかな。
アンは、不機嫌を身体全体で表しながら、何処かに帰って行った。
「はあ~」
帰ろう。
私は、宿屋タナヤに帰る。
暖かい出迎えを受けて、アンのことはすっかり忘れてしまった。
■■■■
翌日、冒険者ギルトに町娘の服装で行く。
ジェシカさんが気が付いて窓口に着いて貰ったが、申し訳なさそうにしている。
「用があって、ってその様子だと、伝わっていますか」
「はい、ギルドマスターが お会いしたいそうです」
「仕方が無いですね」
少し豪華な応接室に案内された。
ジェシカさんがお茶を用意してくれる。
で、私の横に座る。
ギルドマスターが入ってくる。
ジェシカさんが立って出迎えるが、私は座ったままだ、いわゆる怒っていると言うことだ。
「ギルドマスターをしているゴシュという、娘が世話を掛けた」
いきなりの挨拶からの謝罪、予想外に腰が低い。
「改めて、時空魔術師のマイです。
指名依頼の件は、危険です、遠回しでも不用意に話さないで下さい」
「どういうことですか? ギルドマスター。
私は、マイさんとチームを組みたいとアンさんが言ってきたので、穏便に諦めさせて欲しいと聞いていますが」
「ジェシカさん、どうやら私はギルドから特別な依頼を受けていると思われているようです。
特別な依頼で何か楽しそうだから一緒に活動したいという事なんでしょう」
「特別な依頼って、下手に指名依頼の件が漏れたら、それこそ関係者全員に何らかの影響がありますよ!
ギルドマスターだって免職どころか処刑の可能性だってあるのに、何しているのですか!」
ジェシカさんが、ギルドマスターに詰め寄る。
「すまない、マイの事をしつこく聞かれてしまって、つい」
「つい、で済む問題じゃ無いんですが」
ジェシカさんが、片手で頭を抱えてうなる。
私も同じ気持ちですよ。
「表向きは、特別な薬草採取の依頼だろう、安全な依頼じゃないか。
何とかならならない物かな?」
両手の指を編ませてモゾモゾしている。
まだ、アンの希望を叶えてあげたいと思っている。
そんな甘い話じゃ無いんだ、判らないのかな。
「本当に、その程度の感覚で居るのなら、この指名依頼に関わるのを止めた方が良いですよ。
本来の指名依頼は、ダンジョン、魔獣・魔物の痕跡を探すものです、つまり、生きているダンジョンや魔獣・魔物に遭遇する可能性が高いとも言えます。
痕跡が見つからず、遭遇することもなければ、良かったねで済むかもしれません。
おそらく、多くの探索ではそうなるでしょう。
でも、そうじゃない時、私は自分の安全を最優先しますよ、情報を持ち帰るために」
ギルドマスターを見つめて、問う。
「それでも、私と一緒に行動させたいと。
私は、彼女を守る気は全く無いですよ」
「守ってはくれないのか?」
「私は時空魔術師です、戦闘向きの魔術師では無いです。
私が関係者になっているのは、最初のダンジョンから関わっているからで、それ以上の理由は多分無いです」
「でも、君はイノシシの魔獣を倒したんじゃないか。
その力で、守ることは出来ないのか」
しつこい。
「二つ勘違いしています。
イノシシの魔獣は視察団のチームが討伐しました。
私は巻き込まれて負傷しただけです。
それと、戦うのと守るのは根本的に違います。
技術も異なりますが、単純に戦うより守る方が数倍の力量が要ると言われています」
それでも、納得というか諦めきれない様子のギルドマスター、親馬鹿もここまで来ると害悪だ。
「ギルドマスター、アンさんの件は、町長へ連絡済みです。
探索の最後の時に一緒に行動したので、当然です。
そして、付きまとおうとする事も、今後の探索に支障が出る可能性と共に指摘が出ています」
「ジェシカ君。 君から報告したのかね」
「私は事実を伝えただけです、危惧しているのは町長の判断ですね」
応接室を少しの間、静寂が包む。
「わかった、アンには今後 冒険者活動をしないように申しつける。
また、マイに関わることも止めさせる」
ギルドマスターが、苦渋の表情で言う。
妥当な判断をしてくれて助かる。
もっとも、アンが本当に諦めてくれるのかは不明だけど。
ギルドの応接室を出て、何となく依頼が張り出されている掲示板を見る。
雨が続いたためなのか、乾いた薪の依頼が多い。
「おや、嬢ちゃん。 なにしかめっ面しているんだ、カワイイ顔が台無しだぞ」
何時もの冒険者のおじさんが話しかけてくる。
今日も、若い男女の冒険者と話をしているようだ。
「あー、アンって冒険者? のことですね。
付き纏われて迷惑しています。
何かいい手はないですかね」
「あの娘か、森に入れるほどの技量も知識も無いのに付いてこられたのか?」
「山小屋にろくな装備も無くて居る所に、居合わせてしまったんです。
で、面白そうだからと」
「嬢ちゃんが連れて帰ってくれたから、甘えてるのか。
ほっとけば勝手に死ぬな。
覚えておけよ、技術と知識、それを生かす経験が伴わないと森じゃ直ぐに死ぬぞ。
特に他人に依存するヤツに関わると、足を引っ張られて死が近くなる」
「はい。
でも、森に入って稼がないといけないので、できるだけ早く身に付けるようにします。
それに他人に依存するような者に成りたくはありません」
私との会話から、若い二人に話が移った。
私は、手で挨拶だけして、宿屋タナヤに帰ることにした。
漠然とした不安が心を覆う。
アンのあの根拠の無い自信と、無鉄砲な行動力はどこから来るのだろう?
何も起きなければ良いけどなぁ。
その懸念は、悪い方向で現実となった。
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