第84話 探索「狩人?」

 収納空間の中で目が覚める。

 今日は移動距離が長い、街道を歩くので時間が掛からない予程だったけど、ぬかるんだ道の移動速度は思った以上に遅くなることが判っている。

 早めに寝たのが結果として正解だ。


 身支度をして、現実空間の周囲を確認する。



 誰か居る。



 慎重に確認する、女性の、弓があるから狩人かな? が小屋の隅で寝ている。

 隅で寝ているのも謎だが、火を付けていない、寒くないのか。

 推測すると、夜、私が自分を収納した後に入ってきて直ぐに寝たのかな。


 今なら気が付かれずに出ることは可能か?

 室内から出て行こうとするのに気が付かれると不自然すぎる。

 言い訳を考える。


 無理。

 とはいえ、この女性が出て行くのを待つ時間は無い。


 どうしよう?

 あ、小屋の中に居るんじゃ無くて、小屋に入ってくるということにすれば良いんだ。


 方針を決めた。


 昨日、私は小屋に来たが、まだ明るいので外に出た。

 でも、戻る前に暗くなってしまったので、森の中で一夜を過ごし、小屋に戻って身体を温めようとしている。


 うん、矛盾はないよね。

 彼女が起きる前に実行しよう。


 いかにも外を歩いてきたような服装にする。フードを深く被る。

 現実空間に自身を取り出す。


 そおっと入口に行くと、入ってくるを装って、ドアを開ける。


「だれ?」


 彼女が、ドアの明ける音と流れ込んでくる冷気で目を覚まして、聞いてくる。

 くるまったマントの下でゴソゴソしているのはナイフを手に取っているのかな?

 余りに反応が鈍い。


「あれ、誰か居たんですか?」


 私は素知らぬふりをして、答える。

 フードを取り、自分も女性であることを示す。


「あ、女の子だ」


 彼女の警戒が少し緩む。

 私は、彼女を無視して、小屋の中央に進み、火を起こす。

 そして、お湯を沸かしながら、朝食に昨日の残りの煮物をスープに作り直す。


 お湯に茶葉を入れて、飲む。

 その間、無言だ。


「あの、ちょっと。 何か言ってよ」


 彼女が痺れを切らせて声を掛けてくる。

 こういう時は、自分から名のるものでしょう。


「ふはーっ、生き返る」


 私は、お茶を飲んで暖まったのを大げさに振る舞う。


「私は、マイ。 冒険者で薬草採取に来ています。

 貴女は?」


「え、あ、私はアン。 冒険者、だよ。

 シカを狩りに来たの」


 アンは、もぞもぞと火に当たりにやってくる。

 自分の装備を置いたままだ、初心者でもやらないぞ。

 身長は私より高いが、顔つきは幼い。年齢は同じ位か?

 長い髪を後ろで縛っている。

 余りに不自然すぎる。



「何で火を起こしていないんですか?」


 普通は、室内とはいえ、体力の消費を抑え凍死しないように火を付けておく。

 おかしい。


「えっと、火を起こす方法が判らなくて。

 寒くてなかな眠れなかったよ」


 ヘラヘラ笑いながら、言う。

 おかしすぎる。

 狩をする人がそんな基礎を知らないはずが無い。

 知らないのなら、ベテランが付いているはずだ。


 私は、疑いの目で見るが、必要以上に関わる必要は無い。


 朝食にする、パンとスープだ。 念のため、時空魔法は使わず背嚢から取り出す。

 それを、ジーッと眺めるアン。


「何しているんですか。

 自分の食事をしたらどうです?」


 動かない、私のスープに視線が釘付けだ。

 まさかね。


「あの、食事を分けてくれない?

 昨日から何も食べてないの」


 アンは、とんでもないことを言い出した。

 食料を持ち歩かないで森に入る人がいるはずが無い。

 狩人や冒険者 同士で食べ物を融通することは無くは無い、が普通は対価として何かを提供するものだ。 たとえ形だけでも。


 それを、単純に、相手の善意を期待しているし、それが当然と思っている。

 個人的に、凄く嫌いなタイプだ。


「なんで、そんなことを言うのですか?

 貴女の食料がそんなに少ないのですか」


「お腹が空いているのだから、分けてくれるの当然じゃ無い?」


 イラッとする。


「貴女が何者か、何の理由でここに居るのか、が判らないと少なくても食事を分けることはありません。

 隠し事をする人に差し伸べる手は無いですね」


 アンが黙り込む。

 驚いているようだ。


「なんで判ったの?」


「質問に質問で返すのは不快ですね」


 こういう類いの人は、質問をすれば答えて貰えるのが当然。

 でも、質問されても答えないのも当然と思い込んでいる。


 私は、それから無言を貫く。

 少しでも関われば、際限なく頼られるだろう。それが当然と思っているだろうから。

 だから、関わらない。


 グスッ


 泣き出した。

 これも、私の心を苛立たせる、泣けば何とかして貰える、そんな訳がない。


 私は、無言を貫いて食事を済ませる。

 片付けて、装備の確認をする。


 アンは、黙って私を見ている。

 優しくしない人が居ることを、信じられないのだろうか?



 準備を終わらせた。 出発が遅れている、先を急ぎたい。


「私は、直ぐに出て行きます。

 火を使いたいのなら後始末をしっかりして下さい」


「うん」


 火の後始末の仕方を知っているとは思えない。

 このまま放置して、どうなるのだろうか? 死なれるのも気分が悪い。


 はぁ、自分も甘いなぁ。

 アンの前に、携帯食を置く。


「えっ」


「携帯食です、貴女なら2食分はあるでしょう。

 あとは、なんとかして下さい」


 アンは、携帯食を握りしめると、何かを考えている。

 私は、形だけの背嚢を背負って、小屋を出て行こう立ち上がる。


「お願い、私も連れてって!」


 あー、そう来たか。 やっぱり頼ってきた。


「いい加減にして下さい。

 弱者のフリをして私に命令しないで下さい」


 予想外の言葉が来たのだろう、アンは硬直する。

 命令している積もりは無いのだろう、お願いすれば承諾してくるれのが当然と思っているから。



「私の質問にも答えず、ただ要求するだけの人間に関わる気はありません」


 今の自分の心は、冷え切っていると思う。

 怒りやイラつきが消え失せ、自分で何もしようとしない彼女の興味を全く失っている。


 私がドアに向かって歩くと、アンは自分の荷物を取りに走って、そのまま付いてこようとする。


「火の始末をしろと言った!」


「やり方なんて知らないモン!」


 ついに逆ギレし始めた。

 子供だ、自分の思い通りに行かないと癇癪を起こし、上手くいけば喜ぶだけの子供だ。



 火を始末しないと、火事の危険がある。

 やむを得ず、火の始末をしていると、入口の側で、アンが携帯食を食べて食べきっていた。

 2食分と言ったはずだが。

 私に頼れば幾らでも食べれると思い込んでいないか?

 包み紙も、足元にぞんざいに捨てている。


 携帯食を渡したのは失敗だった。

 たとえアンが死ぬことになったとしても、関わらない選択をするべきだった。


 今の彼女は、私の庇護下に入って安全が確保できていると思い込んでいるのだろう。

 ふざけるな、と思う。


 助けて欲しいのなら、その理由を説明し、助かった時には何が返せるのかを考えて説明するべきだ。

 善意を一方的要求して、受け取って生きていこうとするのは傲慢だ。



 私は徹底的に無視することにした。

 無言で、小屋を出る。

 アンは、私の後ろを付いてくる。


 今日は東方向への移動だ。

 視察団の一行と移動した場所よりやや北側の経路になる。

 途中で薬草の採取を行うが、アンが見ているので、遠隔収納が使えない。

 効率が悪い。


 探索をしながらなので、移動速度も遅い。

 息切れが聞こえて来るがアンは何とか付いて来れている。


 途中、アンが「狩りをしたい」とか「足が疲れた」とか言っているが全て無視だ。


 昼前には街道に出ることが出来た。

 早く戻りたいので、街道沿いで小休止の時に携帯食で昼を済ませる。

 アンが見ているが、無視する。


 街道は、思っていたより土は硬く、比較的 歩き易かった。




 まだ、明るいうちにコウの町へ戻れた、外壁が見える。

 東の門の守衛さんに挨拶する。


「戻りました、今回は収穫はダメですね」


「だろうな、で、後のはどうした?」


「知らない人です」


 かなり強い口調で言ってしまった。


「あー、またか、災難だったな嬢ちゃん」


「また?

 常習犯なですか、誰かに寄生して楽して依頼をこなそうとしているの」


「いや、依頼なんて受けていないと思うぞ、ただの家出だ」


「はぁ、最低限、他人に迷惑を掛けるなと言いたいです」


 離れた所で、顔を隠さないようにフードを被っている。

 守衛に顔を知られているのだろう。


「あの世間知らずは、誰の娘なんですか?」


「ああ、ギルドマスターの娘だ」






 嫌な予感がする。

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