第80話 探索「雨の日の夕食」

 私とフミは、冒険者ギルトの打合せ場所での会話を楽しんだ後、帰宅することにした。

 冬の冷たい雨は、相変わらず降り続いているが、気持ちは明るい。


 結局、夕食で作る品物は決まらなかった。

 雨の中、露店で何が売られているのか判らないら、今は、その露店を見て回ろうとしている所だけど、見事に誰も居ない。



「あー、マイ。 どうしよう」


「フミ。 これはちょっと予想外でした。

 あ、あそこは未だ販売しているようです」


 閑散とした露店の並びの1つで、まだ少ないが品物を並べている所があった、よかった。

 だけど、もう帰り支度をしているようだ、急がないと。


「あの、まだ良いですか?」


「こんにちは」


「あいよ」


 話しかけて、振り返った老婆は見覚えがあった。

 普段、タナヤさんとの買い付けで時々買い物をしている。

 町の外壁の近くで小さい畑を作っている方だ。

 フミも、顔見知りのようで、親しげに挨拶している」


「あれ、おばちゃん、なんでこんな雨の日にお店出しているの?

 腰、大丈夫?」


「そうですよ、身体冷えていませんか?」


「ありがとね、家に閉じこもっているのもなんなんで、お店を出してみたんだけどさっぱりだよ」


「立派な白菜ですね」


 老婆が売っていた品物、立派な白菜が3つ残っていた。

 いや、たぶん、3つ持ってくるのが精一杯だったとおもう、何度か腰を悪くしているそうだ。

 押し車でもこの雨の中では大変だろう。



 フミが、私を見て頷く。 私も同意の意味を込めて頷く。


「おばちゃん、白菜を3つ下さいな」


「あいよ、ありがとう。 こんな日だお代は良いよ」


「それはいけませんよ、ちゃんと売っているのですから、買わせて下さい」


「そうかい、じゃ、言葉に甘えちまうよ。

 ひ孫に何か買ってあげたいからね」


 ひ孫さんが居るのか。

 フミが、適正価格かな、普段タナヤさんが買うのと変わらないお金を渡している。


 私は、おばちゃんがお金を受け取ったのを確認して、白菜を収納する。


「おや、魔法は便利だねぇ」


 あ、そういえば、おばちゃんの所で大量に購入することは無いので、収納を見るのは始めてかも?


「さてと、私も帰るとするよ」


 おばちゃんが、小さい引き車(カートのような物)に、広げていたゴザを乗せて帰り支度を始めた。

 コートはかなり使い込まれている。

 雨よけにも使われていたのか、雨に濡れて重そうだ。


 少しだけだけど、良いかな。

 魔術を無償で使うのは余り良くは無いのだけど、一寸だけなら良いよね。


「この雨の中だと風邪引きそうですね。

 ちょこっとだけ、魔法を掛けますよ」


「へ、ああ、お願いしようかね」


 水属性の魔術を行使する。

 コートや服から水分を適度に取り除く、また、しばらくの間はコートが水を吸わないように反発する一時的な効果を付与する。


「これで、帰るまでは多少は良いと思います」


「ありがとね、服が軽くなったよ。

 今度 来た時にはオマケするから絶対においでよ」


「はい、寄らせて頂きます」


 老婆が、ペコペコ頭を下げながら、雨の中を帰って行く。



 普通の人には、魔法と魔術の区別は付かない。

 今回行った、水属性の魔術は、水を操作するだけの魔法とは大きく異なる。

 物の中から水分を取り除いたり、反発する効果を付与という、術式としてはそれなりに難しい物だ。


「マイ、ちょっと頑張った?」


「内緒ですよ、無償で魔術を使うのを知られると、後々問題になりやすいので」


「うん、お父さんの水魔法とは全然違う効果なんだもん、凄いね魔術って」


「うん、魔術を作り上げた人たちは本当に凄いよ」


 魔術を作り出した、魔導師達を思う。 どれだけの研鑽を重ねたのだろう。


 フミが、変な顔をして私を見る。

 何だろ?


「マイらしいね」


「フミ、何のことかな?」


「良いの。 さ、帰ろう」


 フミが、笑いながら私の手を取って引く。

 私は、石畳で足を滑らせないように慌てて、フミと足並みを合わせる。


 フミが私を見ながら、笑う。

 私もつられて、笑う。

 理由なんて無い。


 冬の雨なんて、不愉快と思っていたけど、全く気にならなかった。




 宿屋タナヤに帰る。


「ただいま」


「ただいまぁ~」


 裏口から入り、コートを脱いで、掛ける。

 なお、フミと私の衣服には水を弾く魔術を行使済みだ、乾かす必要は無い。



「おかえり、身体が冷えただろ、お茶飲みな」


 オリウさんが、私達にお茶を勧めてきてくれる。

 暖炉に掛けてあったお湯から、カップにお茶っ葉を落とすと、お湯を注いで出してくれた。


 フミと二人で、座ってお茶を飲んで暖まる。


「で、何を買ってきたんだい」


「白菜。 サラダと、芯の部分は塩で揉んで和え物かな?

 お父さんが、少し主菜に使うかもしれないけど」


「ふーん、良いんじゃないかね。

 シチューを作っているようだけど、そろそろ仕込みは終わっているんじゃないかね」


 あ、フミの予想通り、シチューだったか。



「台所に白菜を置いてきますね」


 私は、居間から台所に移動して、部屋の隅、暖房が効いていない所に白菜を置いていく。


「白菜を買ったのか」


 タナヤさんが、声を掛けてくる。

 シチューの仕込みが終わったのか、竈の火は落ちている。


「ええ、露店で売っていたのがこれしか無かったというのもありますが、良い白菜だと思います。

 で、フミに料理を作って貰うんですか?」


「ああ、サラダか添え物だな。

 白菜だと丁度良いな。

 シチューに緑が少なかったから、少し貰っても良いな」


「あ、フミに許可を貰って下さいよ。

 これはフミの食材なんですから」


 私は、悪戯っぽく言う。

 タナヤさんが私の頭に手を乗せる。

 何故に?


「ああ、判っているさ」



 フミが台所に入ってくる。


「フミ、何かおかずを作ってみるか?

 ブラウンシチューに合う物だ。

 俺は、一休みするから口も手もださんぞ」


「うん、やってみる」


「あと、シチューに緑が欲しかったから、外側の緑の濃い葉は3枚残しておいてくれ」


「判ったー」



 フミは、口調はいつも通りだけど、顔つきが真剣だ。

 私も手を出さない歩が良いな。


 私とタナヤさんは、台所を出て行く。



 夕食のブラウンシチューは、タナヤさん的にはまだ完成度が低いそうだ。

 十分美味しいのだけど、何が足りないのか判らない。

 フミも、少し首を傾げている。


 で、フミが作った料理は、白菜のサラダと芯の部分を使った和え物だったけど、味付けが変わっていた。

 ミカンの果汁? 皮? を混ぜたソースを掛けたサラダは、サッパリして美味しい。

 和え物もあえて筋を残すよう細長く斜めに切った白菜の芯をピリ辛の味付けにしている。

 甘く濃厚なシチューとサッパリとしたサラダに、アクセントを与えているのかな?

 フミの料理も美味しい。

 けど、タナヤさんからは、幾つか改善点を指摘されている。

 タナヤさんは、ダメとは言わない。 色々な選択肢を示して、今回の選択が良かったのか考えさせる教育方針だ。



 でも、最初の指摘を除けば、あとは楽しい食卓だ。

 冒険者ギルトの打合せエリアでの食事の提供方法とか、白菜を売っていた老婆にひ孫がいたとか、楽しく話した。


 そして、明後日から東の森で薬草採取を行うことも。






 明後日から、本格的に探索依頼を開始する。

 気を引き締めよう。

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