第79話 探索「雨の町」
5回目の打合せから3日間。 雨は降り続いた。
宿屋タナヤも、足止めされていた人が雨の中出発したので、今は宿泊客が居ない状況だ。
人伝に、近日、雨が止むらしいとの情報が、オリウさんから入った。
いや おばちゃんネットワーク凄いよ。
「ちょっとギルドに顔を出してこようかと思います」
「マイ、身体の方は大丈夫なのかい?」
外出の準備をして、居間に入る。
オリウさんが心配してくれているが、もう心配は無い。
「はい、もう問題ないです。
町長の館の依頼も終わりましたし、今日は依頼状況を確認するだけですね」
「ならいいんだけど、雨で身体を冷やすんじゃないよ」
服装も町娘スタイルだ。もうすっかり馴染んだ。
「はい、気を付けます。
あ、タナヤさん、何かお使いとかありますか?」
「いや、ない。 ん、夕食のおかずになりそうなのが売っていたら何か1つ買ってきてくれ」
「え、えーっと、今夜の主菜は何でしょうか?」
「何だろうな」
「お父さん何それ、じゃ私も行く」
これはついでに何か買い食いしてこい、という意味なんだけど、フミは真面目にタナヤさんからの無茶ぶりだと思っているようだ。
「外は雨で寒いよ、フミ」
「大丈夫、たまには歩かないと、なまっちゃうよ」
フミが立ち上がって私の腕を取り、一緒に行って良い? と見上げ……見下げてくる。
あと10センチ身長が欲しい。低身長が恨めしい。
「ああ、行ってこい。 期待しているぞ」
タナヤさんが煽る。これは、フミに対して夕食のおかずを1品作らせるつもりかな?
「じゃ、行こうか。 服は一枚多い方が良いと思うよ」
「うん、お出かけだね。 マイ」
少しして、フミの準備が終わると、冬用の厚手のマントを被り、ギルドへ向かって歩く。
一人だと考え事に没頭してしまうけど、フミが居るとただの移動も楽しい。
「フミ、タナヤさんのあれは、寄り道してきて良いという意味だったんだよ」
「そうなの、じゃ付いてきて正解だね。何食べていく?」
「ギルドが先です。 あと、フミには、1品おかずを作って貰うつもりで居ますよ、たぶん」
げっ、となって考え込むフミ。 あれこれ悩んでいるフミは本当に見ていて飽きない。
「今 考え込むより、売っている物を見て決めるのが良いかもしれないね」
「そうする。
主菜は多分、試作中のとろ身が付いたスープ、シチューだと思う。
だから、野菜で口直し出来るようなのが良いかなぁ?」
フミも、タナヤさんに付いて料理の勉強を、オリウさんに付いて経営の勉強を、本格的に始めている。
フミが本格的に宿を継ぐ意志を示したことで、二人はフミに踏み込んだ教育をしているようだ。
フミは、目標に一歩ずつ進んでいる。 うらやましい。
ギルドに着いて、入る。
冬の雨の日だ、居るのは情報交換の名目で暇つぶしに来た人と、書類整理に集中している職員さんたちだ。
私達が、窓口に行く。
ジェシカさんが気が付いて、空席になっていた窓口に座る。
「こんにちは、マイさん。今日は何のご用でしょうか。
チームの申請ですか?」
ニッコリと、職員ジョークを交えてくる。
職員と冒険者は一定の距離感が必要なんだから、やり過ぎないでよ。
「こんにちは、残念ながらソロで。
天候が回復するらしいと聞いたので、依頼状況の確認ですね」
「天気は……確かに明後日から暫く天候が回復する予報が出ていますね。
『東の森での薬草採取』を、可能でしたらお願いします。
雨続きで、入荷が減っているので」
「そうですね、では明後日から『いつもの2泊3日』で回りたいと思います。
身体がなまっているので、リハビリ代わりですね。
無理しない範囲なので量は期待しないで下さい」
「ええ、そこはお任せします。 薬草は常設依頼の種類なので、申請はいりませんよ」
ジェシカさんから特定の場所薬草採取のお願いをしてきた時は、探索依頼も行うことを示している、という約束にしている。 その返答も決めている。
つまり、今回の薬草採取は東の森の探索を行うという事だ。
ジェシカさんに手を振って窓口を離れる。
ついでに、依頼票が掲載されてる掲示板を確認する。
見事に、土木工事の仕事ばかりだ。
冬雨の中で、依頼料も少ないので、受注する人がいないのだろう。
「ふーん、こんな風に依頼を受けるんだね」
フミは興味深そうに、掲示板の内容を見ている。
「嬢ちゃん、天気が良くなるって本当かい?」
何時もの冒険者のおじさんが声を掛けてくる。 本当に何時もの事だね。
「そうらしいですって、て、天候は何時も気にしろと教えてくれたの忘れていませんよ」
「いや、ずっと雨だったんで、忘れちまってた」
「だめですよ。 ベテラン冒険者がそういう事すると、若い人が真似してしまいます」
「はいはい、気を付けるよ」
両手を挙げて、負けを認めるポーズを取る。
この人が天気の状況を確認していないはずがない、ここに来ているのだから。
一緒に話し相手になっている若い冒険者。 また知らない人だ、その人に色々話をしながら教えていたんだろう。
フミは、見てくれはちょっと怖そうなおじさんに気後れしたのか、私の後ろに居る。
大丈夫だよ、この人、孫まで居て、孫にベタ甘なお爺ちゃんだから。
「フミ、何か飲んでいきますか?
ここだと、軽食が頼めます。
打ち合わせや待ち合わせをしながら、軽く食事という感じですね。
飲んだり本格的に食べたりする人は、ギルドの裏手に大きなお店があるのでそっちに行っているようです」
私? タナヤさんの所があるから、使ったことは無いんだなぁ。
大きなお店の方も、一人では行くのは時間によっては余りよろしくないと、冒険者のおじさんも言っていたし。
「うーん、多分、マイが居ないとここに来ないから、何か頼んでみようかな?」
「そういう事なら、何か頼みましょう」
ギルドの受付や依頼のある掲示板の横のスペースには、机と椅子が並んでいる。
打合せや待ち合わせに使われる場所だ。
ついでに軽食と飲み物を出している。
人が多い時は給仕さんが出ているが、人が少ない今日はカウンターで注文して受け取る方式だ。
二人とも、暖かいココアを頼んで、比較的窓口に近い席に座る。
「ふーん、自分で注文をしに行って、カウンターで受け取るのね。
飲み終わったら、自分で返却するのか。
人が少なくても回せそう」
「今日は人が少ないのでそうですけど、人が多い時は給仕さんが居ますよ。
声を掛ければ対応してくれます。
フミは、宿屋に食堂を作りたいんですか?」
「ん、そのつもりは無いかな」
「ん、さて、では作戦会議としましょう」
「へっ? 何の?」
「フミ、忘れたんですか? タナヤさんからの挑戦を。
ぎゃふんと言わせるような一品を考えない?」
「フフ。 そうだね、うん何が良いかなぁ?」
ギルドの横の打合せ場所に、場違いな料理の話題に花を咲かせる私達がいた。
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