第77話 宿「エピローグ」
領主の館の別館。
その1室に塊が置かれていた。
「これが、国王が所望の塊ですかな」
王都から来た使者は、興味深そうに見つめる。
「そうだ、これが何なのかは判らないがな」
領主は、憮然として答える。
もう国王の所有物だと決めてかかっている使者に不快感を隠しきれない。
「だが、何か判らない物を献上するわけには行かない。
ここで、これより鑑定機を使用して鑑定する。
その結果を確認して頂きたい」
「はい、この目で確認できる機会を与えて頂き感謝します」
使者が大げさに頭を下げる。
「準備が出来ました」
鑑定機を使う技術者が、鑑定するための準備が整ったことを伝える。
「では、早速鑑定してくれ」
低い動作音から、高い音が混じった動作音が大きくなっていく。
操作盤の上に置かれた紙に、鑑定結果が書き込まれていく。
「改良されたダンジョンコア」
「はぁ?」
技術者がその場では相応しくない言葉を発して、すぐに失態に気が付いて頭を下げる。
「鑑定結果は出たのか?」
「はい、このように出ました」
領主が受け取る。
「『改良されたダンジョンコア』というのは何なんだ?」
「申し訳ありません、そのような物の記録はありません。
ダンジョンコアであることは確かですが、何が改良されているかは判りかねます」
測定結果を確認するために、大きな書物を広げていた書記官が答える。
「良いではないですか!」
使者が大きく手を広げて、芝居がかった言葉を繋げる。
「これほど大きいダンジョンコア、それだけでも十分なのに、改良されている。
まさに、国王様が所有するのに相応しい」
「そうで、あるな」
使者の言葉に、ぞんざいに答える領主。
「それで、御領主様! 一体何時国王様へ献上いたすのでしょうか?
私としては、早急にその事を伝えねばなりません」
領主は、口元を少しだけ吊り上げて笑う。
「何時とは言わず、使者殿と一緒に帰国されれば良かろう。
その為の準備も進めさせて頂く」
「おお、それは素晴らしい。
感謝いたしております。 御領主様!」
ああ、やっとこの鬱陶しい使者と塊を追い出せる。
改良されたダンジョンコアの周りをクルクル回る使者を見ながら、ようやく、どうでも良い事を処理できたことに安堵していた。
■■■■
領都から王都への旅は長い。
献上品を運ぶとなると、普通に荷馬車で運ぶだけでは無い、護衛やその護衛を維持するための補給も含めて、数台の荷馬車を含む部隊に、どうしてもなってしまう。
この辺は、貴族としての威厳のもあるので、仕方が無い。
今回は、領都から大きな塊を運ぶ。
既に内示が出されているので、とにかく先行して準備をしなくてはいけない。
正直、こんな塊の何処が良いのか判らないが、献上品であることには変わらない。
重量があるので、領軍の専属になっている時空魔術師が収納することになっているが、王都までその時空魔術師が担当したままにすることは出来ない。
可能なら次の領地に入ったら別の時空魔術師を用意したい所だ。
先触れで、王都から専属の時空魔術師が向かっているはずなので、合流した時点で交代予程だけど、何処で合流できるのかは判らない。
私達は、王都までの街道から離れた町で、補給物資の仕入れをしている。
同じ事をしいてる部隊が幾つか居る。
一カ所でまとめて購入すると、注目も浴びるし、そもそも大量に備蓄している所は少ない。
今、居るのは、コウの町。
酪農が主な産業としている幾つかの村を束ねる典型的な町だ。
ここで、乳製品で必要な物を購入する。
しかし、すでに作物の収穫が終わって冬に入っている、余剰品をまとめて売ってくれる所は少ない。
近隣の村々を移動して、少しずつ集める必要がある。
宿屋タナヤ、買い付けのために数日宿泊を決めた宿だ。
歴史は古いらしいが、事前情報ではそれだけだ、しかし、価格は良心的だし目立たなくて良い。
そう思っていた。
料理が美味しい。
食堂では無く部屋に運ばれてきて食べるスタイルなので、内密な話をしながら食事が出来る。
宿も、居心地が良くて快適である。
特に潤沢に水が使えるのも嬉しいところだ。 専属の時空魔法を使える者が居るらしい。
つい意地悪な注文をしたくなる。
翌日の夜の食事に魚料理を要望した。
この辺は、大きな川が無いので、養殖した魚を使用することになるが、泥抜きするのには数日かかる。
さて、どうするのかな?
たぶん、匂い消しのために香草を入れて濃い味付けにした煮魚だろう。
予想は、良い方向に裏切られた。
大きな葉に包まれたものを皿の上で開くと、葉の緑の匂いと共に魚の美味しそうな匂いが広がる。
下品だが、他の料理を配膳している中、少し取り分けて一口食べる。
旨い。 臭みも無く魚の香りと香草が、柔らかく蒸された身に合っている。
店主が、油壺を持ってくる。
何をするのかと思ったら、油を掛けた。
せっかく上品に蒸されているのに何をするのかとビックリすると、香ばしい音と共に魚の皮の部分が茶色く揚げられていく。
香ばしい香りに思わず、喉が鳴る。
ここは高級料理店では無いのだぞ。
取り分ける、今度は、皮がパリパリと小気味よい音を立てる。
一口食べる。
油で熱したことで、皮と身の間にあった、かすかな川魚特有の匂いさえもが消えてる。
皮の歯ごたえと、身が柔らかくほぐれていくのに、感動する。
買い付けをしている時に、料理が美味しいという評判を聞いていた。
確かに、この値段の宿にしては、かなり美味しいと思ってはいたが、これほどとは。
もっと高級な食材を使い、手間暇掛けたら一体どんな料理が出てくるのだろう。
いや、この宿だから、か。
宿屋タナヤは、宿屋にしては珍しく、食堂兼飲み屋が併設されていない。
食堂での売り上げは、魅力的なはずなのに。
それは、この料理の質を保つためなのだろう。
食事はあっという間に終わった。
余韻に浸る。
この辺で購入できるものは一通り買い集めて、荷馬車隊が進む町へ送っている。
この町も、あと数日だけか。
このまま立ち去るのが名残惜しい。
後もう1回、この魚料理を注文しよう。仲間も皆同意する。
他の町へ行った仲間達に自慢話が出来た。たっぷり自慢するとしよう。
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