第76話 宿「魚料理」
宿の裏庭では、魚のフキの葉包み、焼石による蒸し焼きが作られていた。
うん、朝に聞いていたよ。
どうも、意識的に危機感を上げていたので、過剰反応してしまった感じだ。
「煙が上がっていたので何事かと思ってしまいました」
私が釈明する。
タナヤさんとフミは私が駆け込んできたことの理由を聞いて、呆れているが、責めるようなことは無かった。
「でも、今から料理するほど長く時間の掛かる料理なんですか?」
今日は早めに打合せが終わったので、まだ夕食の準備には早いと思う。
それとも、蒸し焼きはゆっくり長時間掛ける料理なのかな?
「いや、これは試作だ。 1匹だけ料理している。
久しぶりの料理だから、いきなり本番は出来ないからな。
で、今はどうやって取り出そうか悩んでいるところだ」
「突き崩すと魚の身が壊れちゃいそうで、どうしようか困ってるの」
あ、試しに作っているんですね。
取り出しに困っているのは、中の料理が壊れてしまうのが困るからか。
「では、魔法で周囲の温度だけ冷やしますか?」
私が提案する。
「出来るの?」
フミが聞いてくる。
「ん、魔術師にとっては基礎技術ですね」
「魔法使いには、そんなの無いけどな。
出来るのならやってくれ」
そうでしょうね。魔法使いは魔力を使う方法を身に付けているだけだ。
「基礎魔法と呼ばれている、魔法を使う上で基盤となる技術ですね。
魔術師は、これが出来て始めて魔術を学びます」
「お父さんが使う魔法と何が違うの?」
フミが悩む、基礎魔法と言われてもピンと来ないのだろう。
「6属性の通常魔法を使う上で、基礎となる部分の技術だと思って下さい。
例えば、水属性で水を出す時、幾つもの基礎魔法が必要となります。
水の量、温度、範囲、形状、出し方、なんかですね。
使う時に、大抵は無意識にイメージしていますが、明確に指定することで効率が上がるんです。
その方法や技術については、教えられませんが」
例外魔法はまた別だ。基礎魔法も重要だけど、当てはまらないところが多い。
「ふむ、そういえば水を出す時も水量を気にする程度だったな」
タナヤさんが答える。この人も水と火の通常魔法が使える。
どの程度の使い手なのかは知らない。
「で、なんの属性を使うんだ?」
「今回の場合は、土属性ですね。石も含めて周りの土に対して行使します。
中の魚は魔法の影響範囲から除外します。
いきなり温度を下げると石が割れるかもしれないので、ゆっくり下げましょう」
まず、盛り土に対して探索魔術を行使する。
今回は内部の構造が簡単なので、中の空洞が直ぐに判る、温度や湿度などの情報も入手する。
影響範囲を指定し、現在の温度から冷やす速度を指定。
魔法が行使される。
「ゆっくり冷やすので、10分ぐらいでいいですか?」
「ああ、十分だ」
タナヤさんが了解してくれる。
フミが不思議そうに、手をかざして輻射熱を感じている。
「魔法と魔術って全然違うんだね。
私は、お父さんの魔法と、マイの時空魔術しかしらないから判らないけど」
「どちらが劣っているとか優れているとかでは無いんです。
魔力を使う方法、魔法を身につけいるのが魔法使い。
魔法をより効率よく精度良く最大限に使う為の、技術と知識を身に付けているのが魔術師ですね。
極端に言うと、技術と知識の差です。
なので、魔術師より上手に強い魔法を使える魔法使いは多いですよ」
「なんで、魔術師は少ないの?
技術と知識なら、頑張れば誰でもなれそうなのに」
フミの疑問は最もだ、魔法学校に入学して魔術師になれるのが約100人に1人というのは実際少ないと思う。
もっと効率よく身に付ける方法はないのかな?
「判りません。
魔法学校では、基礎魔法の知識と技術の習得が魔術師の入口なんですが、半分ぐらいの人はここで脱落してしまいます。
その後の、魔法を使う知識と技術の習得で、やはりかなりの人が諦めてしまいます。
そして、一定以上の知識と技術を身に付けた中から、魔術を行使するための実践で知識と技術を使いこなせるようになって、ようやく魔術師になれるのかの試験を受けることになりますね」
私の言葉に、黙り込んでしまうフミ。
「この町にも、魔法学校を中退して魔法使いをしているのがいる。
そいつらは、魔法学校の事は話さないし、なんで中退したのかも話さない。
聞かないのも暗黙の了解になっている。
……挫折したからなんだな」
「マイって、すごいんだね」
「すごいかどうかは、正直判りません。
ただ、夢中だっただけなので。
あ、冷えましたね」
本当に夢中だった。
ただ、時空魔法とは何か、そしてそれを突き詰めることで時空魔導師を本気で志していた。
一応、手袋をして土と岩を取り除いていく。
体温より少し温かい程度に下げたので、寒い外では丁度良いかな?
フキの葉に包まれた物が出てくる。
「試食してみるか」
タナヤさんが私達を誘って、宿の中に入る。
フキの葉が取り除かれる。
ふわっと、香草の香りがする。
流石だ、生臭い匂いが全くしない。
タナヤさんが、取り分けてくれた川魚を食べる。
うん、美味しい。
ホロホロと身が口の中でほどけていく。
白身の中に、なんだろ香辛料だけではない、野菜の甘さが溶け込んでいる。
当然、身に臭みも無い。
「すごいですね、こんなに美味しくなるとは思いませんでした」
私は絶賛する。
「でも、柔らかいだけで食感にアクセントが無いね、どうしよう?」
フミが感想を言う、これ以上美味しく出来るのかな?
「あ、熱い油でも掛けてみるとか。
昔、野営の時に、煮魚の生臭い匂いを消すのにやったら、皮がバリバリになってマシになった記憶があります。
ただ、臭みが無いので、やる必要は判りませんが?」
私が、昔食べたことのある料理を思い出して言ってみる。
その時に掛けたのは、水魔術で熱した油を生成したものだ。
その時は、液体なら大抵の物は作れる魔術師が居たので、上官がお願いしたんだっけ。
「うむ、試してみよう」
タナヤさんが早速、ネギ油を作って、少し冷えた川魚に掛ける。
ジュー、ジュー
皮目が揚げられていく音がする。
「あ、美味しそう」
フミが切り分ける。
食べると、皮がバリバリと音を立てる。
「うん、これなら良いな。
提供する時に、熱したネギ油を掛けるというのも面白いかな」
どうやら、今晩の宿泊客に出す料理が完成したらしい。
「マイ、よくそんなこと知っていたね。
出来上がった料理に油を掛けるなんて考えたことも無かったよ」
フミが感心するが、これは私の力では無い。
「私の居た輸送部隊には、国中から兵士が集まっていましたから、色々な料理を見たことがあるだけですね」
もっとも、移動中に作る料理だから、どれも荒削りな料理ばかりだったけと。
「そういう知らない知識があると、料理の幅が広がりそうだ。
これからも、気が付いたら言ってくれ」
「え、私自身、料理のことはよく判らないのに、本当にこんな事もあった程度ですよ」
「ああ、十分だ」
うん、宿屋タナヤに少しは貢献できただろうか。
新しい川魚料理は、魚料理を希望した宿泊客に絶賛された。
これからも、定期的に出すそうだ。
その為に、私の魔法に頼らない方法を模索するとのこと。
そして、どこから聞いたのか、周囲の奥様方からテイクアウトの希望が殺到したりした。
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